第2話 自己紹介?

 旅の準備といっても、あちこちの街を渡り歩いているあたしには、必要な最低限の持ち物しかない。……とかいいつつ、この宿のあたしの部屋には、なぜか壁に変なポスターが貼ってあったり、その他ごちゃごちゃと色々な物が床に転がっていたりするが、それは気にしないで頂きたい。

 ともあれ、旅には無用の有象無象のアイテムたちには目もくれず、街から出歩く時には必ず持ち歩いている、長年愛用の道具袋の中に、小振りなナイフやら夜間の必需品である小型ランプなどをきっちり収納し、あとは前金で購入した携帯食料などを放り込めばこれでほぼ準備完了である。

 残るは、自分の身に付ける装備類であるが、これこそ本気で質素なもので、普段着兼用の頑丈なだけが取り柄のローブの上に、護身用の短剣をベルトで腰に巻けば、「旅の魔道師」が完成する。

 ……えっ。いや、これであたし、実は魔道師なんッスよ。一応。

「ふぅ。疲れた……」

 一通りの準備を終えたあたしは、なんとも言えない疲労感に見舞われ、ため息混じりにつぶやきながら、いかにも寝心地が悪そうでいてやっぱり本当に寝心地が悪いベッドに腰を下ろした。……ったく、この程度動いただけで疲れるなんてねぇ。もう歳かしら。

 と、しみじみ胸中でつぶやいてみるが、実はあたし、まだ18才。

 もちろん、疲れやすいのは年齢云々の問題ではなく、ただの栄養不足である。

 いくら若くとも、さすがに数ヶ月食事らしい食事をしていないとなれば、やはりかなり辛いものがある。いくらこの辺りが安全な地域とはいえ、こんな状態で街の外に出るわけにもいかないだろう。

 ここは一つ、出発前に、経費の残りでなにか適当に食事するというのが、妥当な判断というものである。

「よし、行くか!!」

 と気合いを込めて独り事を言いながら、勢いよくベッドから立ち上がった瞬間、いきなり世界がぐるぐる回りだしてしまい、あまりの気持ち悪さにベッドから転がり落ちるようにして、床に伏せてしまった。

 ……ああ、あたしのバカ。こういう時に、急激な動きはダメだって。

 などと、独りツッコミを入れていると、ノックも無しに、いきなり部屋のドアが開かれる音がした。

「おい、喜べ。仕事がもう一つ……。って、お前、何してるんだ?」

 ムカつくぐらい元気な様子で、なにか言いかけたその声は、他でもないハングアップの図太いそれだった。

「……見りゃ分かる……でしょ。立ちくらみ……起こして、ぶっ倒れただけよ……」

 視界の中にぼんやり見えるハングアップの足に向かって、あたしは舌打ちしたい気持ちでそう返した。

 大体、女の子の部屋にノックもせずに入り込んでくるなんざ、本来なら即刻「武力行使」ものの所行である。

 まっ、このオヤジに、その辺りの心遣いを期待する方が、よっぽど無茶な注文ではあるが。

「おいおい、頼むからこの宿の中で死なないでくれよ……。まあ、いいや。もう一件やって欲しい仕事がある。生き返ったら下に来てくれ」

 と、それだけ言い残し、ハングアップのオヤジはさっさと部屋から出ていってしまった。

 ったく、一応はか弱い(あっ、なぜか鳥肌が)女の子が倒れてるというのにだよ、なかなか冷たい奴である。

 もっとも、あの暑苦しいオヤジに、変に心配されて介抱される方が、かなり不気味かつ嫌すぎる展開なので、むしろ有り難いのだが、なんというか、せめて仕事ではなくあたしを心配する言葉をかけてくれても、バチは当たらないだろう。まあ、それこそ「今さら」な話しではあるが……。

 ともあれ、そうこうしているうちに、気分もだいぶ良くなってきた。

 もう大丈夫と察したあたしは、今度はゆっくり慎重に立ち上がり、体に変な負担をかけないように注意を払いつつ、そっと部屋を出た。

 そのまま、歩くたびに、床が今にも穴が開きそうな音を立てる廊下を抜け、絶対近いうちに崩れると確信している階段を下り、1階の食堂兼酒場に降りると、さして広くもない店内の中央付近にあるテーブルに、見慣れぬ女の人が座っているのが見えた。

 頭の後ろで一つに束ね、豊かなシルバーブロンドがよく似合う、ちょっと育ちが良さそうな彼女だが、しかし、その身に纏った服装は一言で言って、どこにでもいる町人その1という、ちょっとアンバランスなものだった。

 少なくとも、この辺りでは見かけない顔である。

 街道筋にあるクランタの街は、旅人の姿もかなり見かけるが、この「ハングアップ亭」は、中心から外れた場所にあるので、地元の人以外はまず存在すら知らない宿である。

 ハッキリ言って、ここよりもっと目立つ場所に宿など何軒もあるし、普通の旅人ならそれらの宿に宿泊するだろう(現に、この宿の客はあたしだけだし)。

 つまり、「流れ」になにか仕事を依頼するにしても、ここよりは遙かに「玉数」が多いであろう、他の宿に足を運ぶのが通常の思考パターンだろう。

 しかし、それをあえてここまで足を運ぶとは、見かけによらず、なかなか常識はずれな人かもしれない。

「あっ、こんにちは」

 女の人が、テーブルに置いてあったティーカップを持ち上げた時に、ふとこちらと視線が合い、相手は軽く会釈しながら挨拶をしてきた。

「あっ、どうもこんにちは」

 と、あたしの方も、小さく笑みを浮かべながら挨拶を返す。

 なにしろ、街の外には警備の目が届かないことをいいことに、強盗団がうろついていたりして、これがなかなか物騒である。

 そのせいか、旅慣れた者の間では、街から出れば、例え相手が見知らぬ人でも、出会った人と気軽に挨拶を交わすというのが慣例になっている。

 こうすることで、お互いに要らぬ警戒をせずに済んだり、また、様々な情報交換をするきっかけにもなったりと、いわば必然によって生まれた習慣だが、彼女が挨拶してきたのも、この例に倣ってのことだろう。

 この辺りから、あたしと同様、彼女もそれなりにあちこち旅している人だと察しがついた。

「あの、酷く顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」

「え、ええ、大丈夫よ。これは生まれつきだから、気にしないで」

 不意に心配そうな表情を浮かべた女の人にそう問いかけられて、あたしは反射的にそんな答えを返してしまった。

 我ながら、なんだか妙な返事だとは思ったが、いくらなんでも、初対面の人、それも仕事の依頼者になるかも知れない人に、正直に「いや~、金無くてまともにメシ食ってないンすよ」とは言えない。

「そうですか。失礼しました」

 しかし、あたしの思いをよそに、相手はなぜか納得してしまったらしく、素直にそう言って軽く頭を下げてきた。……まあ、いいけど。

「あっ、私はエリス。エリス・ランサーっていいます。この街に、凄腕の魔道士がいると聞いて、『ポート・ケタス』からやってきたのですが、なにかご存じありませんか?」

「ブッ!! ポ、ポート・ケタスからですって!?」

 女の人……エリス・ランサーさんの口から飛び出したその言葉に、あたしは思わず吹き出してしまった。

 ……ポート・ケタス。人口2万とも3万とも言われる、世界有数の規模を誇る大都市の名である。そこからこのクランタの街に来るまでは、最短ルートを選んでも、大陸を2つほど横断し、さらに陸路を延々と北上してこなければならない。

 それこそ、どんなに順調に旅程を消化出来たとしても、一年や二年程度の時間はかかってしまうだろう。うーむ、凄すぎるぞ。このお方。

「あれっ、私変なこと言いました?」

 しかし、当の本人は、あたしの様子に逆に驚いてしまったらしく、きょとんとした表情でそう聞き返してきた。

「あっ、ごめんなさい。ただ、ポート・ケタスってずいぶん遠い場所だったから、ちょっと驚いちゃっただけです」

 一瞬、どう返していいか分からず、あたしはとりあえず適当にそう言っておくことにした。

 まあ、変と言えば確かに変ではあるが、そのニュアンスには、お互いの間で微妙な見解の相違がみられるようだし、その辺りを指摘して修正するのも面倒ではある。

「……そうですか。まあ、それはともかくとして、先ほどもお尋ねしましたが、この街に凄腕の魔道師がいるという話を聞きまして……。あの、これがその方の似顔絵なのですがご覧になっていただけますか?」

 一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたランサーさんだったが、それでも気を取り直したらしく、すぐにもう一度そう問いかけてきて、自分の傍らにおいてあった袋の中から、なにやら取り出してあたしに差し出して見せた。

「あっ、はい。……でも、あたしもこの街に来て数ヶ月になりますが、そんな優れた魔道師がいるなんて話は聞いたことないですよ」

 と、言いつつ、ランサーさんのテーブルのそばに歩み寄り、その手にある紙に視線をやった。瞬間、あたしは思わず硬直してしまった。


『氏名、マール・エスクード。年齢、18才。性別、女性。

 2年ほど前に、アストリア王国王立魔道院より、突如として出奔。以後、一切の消息不明。この者の所在に関する、有力な情報提供者には、クローネ金貨3万枚を支給するものとする。


アストリア王国王立魔道院 院長代行 マリア・コンフォート』


 その紙にはそんな文章と共に、どこかで見たことのある女の子の顔が、かなりリアルな質感すらもって描かれていた。

「どうでしょうか?見覚えがありませんか……って、あれっ? そういえば、あなた、この似顔絵にそっくりですね」

「……まあ、確かに似てるとは思いますが人違いですよ」

 胸中の動揺をなるべく表に出さないように心がけながら、あたしはそっと紙から視線を外した。

「あら、そうですか?」

 しかし、やはりというか、ランサーさんは思い切り疑いまくった様子で、そう言いながらあたしをじっと見つめてくれた。

「そうです。ほら、あたしも一応は魔道師ですが、王立魔道院なんてそんなとんでもない所に入れるほど優秀じゃないですし、あたしと似た顔の人なんて世の中にたくさんいるでしょうし。そうそう、あたしはマリー。マリー・カルタスっていいます。よろしく」

 なにか、値踏みでもするかのようなランサーさんの視線をひしひしと感じながらも、あたしは全く気にしていない風を装って、簡単な自己紹介と共にさっと右手を差し出した。

「……ふぅ、そうですね。ふらりと立ち寄った宿屋で、いきなりターゲットに遭遇できるなんて、出来すぎた話ですものね。失礼しました。こちらこそ、よろしくお願いします。えっと……」

「マリーでいいわよ。ランサーさん」

「はい、マリーさん。それじゃ、私はエリスでよろしくお願いします」

 そう言って、エリスは小さく笑みを浮かべたが、それでも、あたしが差し出した右手を握り返してはくれなかった。

 ……なるほど。そこそこ場数を踏んだ使い手は、無闇に自分の手を相手に預けたりしないものではあるが、どうやら、彼女の腰にぶら下がっている剣も、ダテというワケではないらしい。

 密かにその事を心に刻んだあたしは、差し出した右手をさりげなく引っ込めながら、ついでに小さく笑みを返しておいた。同時に、いつもの癖でそっと神経を集中させてみると、どう考えてもあまり友好的とは思えない気配が、えっと、およそ6つ程か。

 この宿の入り口の扉と周囲にある窓周辺から、微かにそのようなものを感じ取る事が出来る。やれやれ。どうやら、このエリスさん。ただの通りすがりの旅人というわけではなさそうね。

「ところで……」

 あたしの胸中など知らぬエリスさんが、フレンドリーな声でなにやら言いかけた時、実にお約束なパターンではあるが、いきなり宿入り口のドアが派手な音を立てて消し飛んだ。……おっと、攻撃魔術か!!

 などと毒づきながらも、あたしはすでに迎撃モードに入っていた。

「とりあえず、基本のファイアー・ボール!!」

 叫びながら、さっと右手を前方に差し出すと、酩酊感にも似た感覚が全身を走り抜け、右手の平から直径数十センチ程度の火球が高速発射された。

 その火球は、あたしの狙い通りに、ドアが消し飛ばされたばかりの入り口から、今まさにこちらに飛び込んでこようとしていた二つの人影の片方を直撃し、そして轟音と共に四散した。

 ……これで、まずは二人っと。

 胸中でつぶやきながら、ついで体ごと視線を左手に向けると、あたしが放った魔術の衝撃で砕けたか、はたまた自らうち砕いたのか、ガラスが無くなった窓から侵入してくる人影が、これまた二人分認められた。

 もう一度魔術をぶちかますべく、精神集中にかかったのだが、どうやらスタミナ不足が祟ったらしく、意識がぼんやりしてうまくいかない。

 ……ちっ、仕方ない。

 胸中で舌打ちしながら、あたしは右手をローブに設えてある隠しポケットに突っ込み、そして、かなりオーバーなリアクションでその手を引き抜いた。……と、端から見れば、ただそれだけように見えたかも知れないが、もちろん実際は違う。

 あたしの視界の端に、店内に差し込む外の光になにかがきらりと反射した次の瞬間、短い悲鳴を上げて、窓から侵入してきた人影の一つが床に倒れ伏した。

「なっ……!?」

 倒れた奴の傍らにいたもう1人が、仲間の異変に気づき声を上げたが、すぐに我を取り戻したようで、倒れた男を抱きかかえると、すぐさま手近な窓から逃げ去ってしまった。

「ふぅ。派手に登場してくれた割には、意外と根性無かったわね……」

 などと、ため息混じりに毒づきながらも、あたしは胸中でこっそり安堵のため息をついた。なにしろ、こっちは極めて体調不良なのだ。もし、ここで相手に粘られていたら、さすがにちょっと辛かっただろう。

 辺りに怪しい気配がない事を確認したあたしは、再び隠しポケットに突っ込んでいた右手をそっと抜いた。実を言うと、あたしの着ているローブは、見た目は市販のそれと大差ないが、色々と自分なりに改造した、一種の「戦闘服」とも呼べる逸品で、先の隠しポケットの中には頑丈な革で出来た鞘が縫いつけてあって、そこには小型の投擲用ナイフが数本収めてあるのだ。

 つまり、早い話、魔術が使えないと判断したあたしは、代わりにこのナイフを投げつけてやったというわけである。といっても、もちろん急所は外してあるので、あたしのナイフが命中したあの男も、いきなり死ぬということはないはずである。

「……正直、驚きました。かなりお強いのですね」

 不意に背後から声をかけられ、そちらを振り向くと、いつの間にかあたしが倒した連中が侵入してきた窓とは、反対側の壁にある窓近くに移動していたエリスさんが、ニッコリ笑みを浮かべながら剣を鞘に収めているところだった。彼女の足下を見ると、口から泡を吹いて倒れている男たちが二人。どうやら、こちらも首尾良く片が付いたらしい。

 しまったな。使えない魔道師を演じておくべきだった。

「まっ、田舎暮らしの嗜みってヤツかな。それより、こいつら誰なんです? 少なくとも、あたしの『お客さん』じゃなさそうですが?」

 今まで散々この手の連中を倒している。あたしを狙うなら、まずこの宿をぶっ飛ばす!! いや冗談ではなく、マジで。

 とりあえず、あたしがナイフで倒した連中の方に視線を戻すと、二人はくぐもった苦痛の声を上げながら、今まさに先ほど自らが店内に侵入した窓から脱出を図っているところだった。

 それにしても、よく見ると、二人ともかなり大柄の男である。その身なりもかなり立派なもので、それなりに値が張りそうな鎧を身につけているし、少なくとも、そこらをうろついているチンピラ連中ではなさそうだ。まっ、この辺りは、エリスさんの足下で情けなく伸びている連中を締め上げれば、自ずと答えは出てくるだろうけど……。

「そうですね。身に覚えがない……とは言いませんが、今回はちょっと分かりません。申し訳ないですけれど」

 と、なにやらモゴモゴと、歯切れ悪く答えてくるエリスさん。

 ……なるほど。この話題には、触れられたくないということか。

 まっ、世界には色々な人がいるし、あたしも無闇に他人事に介入するシュミはない。

 今回の事は、別にあたしが怪我したわけではないし、これ以上ツッコミを入れないことにしておくか。

「まっ、いいわ。それより、この惨状をどうにかしないとね……」

 と言いつつ、あたしはスッと精神を集中させ、とある魔術を使うべく準備を開始した。

 なにしろ、元々あまり手入れなどされていなかった店内だが、今はそれに輪をかけて滅茶苦茶になっている。

 ……やっぱ、いきなりど派手な攻撃魔術は失敗だったかしらね。

 このまま放っておくと、またぞろハングアップのオヤジからどやされること請け合いなので、ここはさっさと修復にかかるに限る。

「・・・全ての物は、あるべき姿へ」

 ささやくようにそう言って、あたしが『力』を開放すると、床に散らばっていたガラス片は、まるで時間が逆行しているかのように、自ら再び「窓ガラス」へと姿を変え、その他、散らばっていた椅子やひっくり返っていたテーブルも、音もなく静かに元あった場所へと戻っていった。

「へぇ、凄いですね」

 としきりに感心しまくるエリスさんの声に、ちょっぴり気分をよくしたあたしだったが、この魔術は便利なだけに、その術者にもそれなりの負担を強要してくる。

 ……しまった、また「デキる魔道師」を!!

 いや、それはいい。ただでさえフラフラしていたところに、さすがにこれはキツすぎた。

 あたしは、手近にあった椅子に腰を下ろし、少しでも体の回復に専念することにした。

「あっ、大丈夫ですか?」

 と、エリスさんが声をかけてくれるが、あたしは黙って右手を挙げ「大丈夫」と意思表示しながら、そっと目を閉じた。

 その途端、決して軽くはない疲労感が全身を襲い、程なくして睡魔が襲いかかってきた。

 ……ふぅ、こりゃ今日の出発は無理かも。

 などと、半分まどろみながらそう思った時、まるで落雷のような轟音があたしの鼓膜を揺さぶった。

「おい、マリー。あれほど俺の店で暴れるなっていっただろうが!!」

「うがぁ、黙ってろクソオヤジ!!」

 この轟音の正体は、言うまでもないがハングアップのオヤジである。

 椅子を蹴倒すようにして立ち上がったあたしは、カウンター席の奥にある厨房から顔を覗かせていた見慣れた暑苦しい顔をビシッと指さし、負けじと大声で怒鳴り返してやった。

「てめぇ、誰がクソオヤジだ……って、あれ。なんか、店の中ヤケに綺麗じゃねぇか?」

 あたしの物言いが癪に触ったのか、頭から湯気すら立ててもう一度怒鳴り返してきたハングアップだったが、すぐにキョトンとした表情を浮かべて、店のあちこちをきょろきょろ見回している。

「あったりまえでしょ。あたしの魔術をナメないで!!

 って、それよりも、ちょっと頼み事があるんだけど……」

 とりあえず、自慢すべき事はしっかり自慢しておいてから、あたしは口調を変えてそう言いつつ、エリスさんの足下で情けない姿をさらしている男、それぞれその一・その二をそっと指で指し示した。

「あっ? なんだぁ??」

 と、不審な様子でつぶやきながら、ハングアップは、その見た目からは想像できない身軽さで、カウンターを跳び越え、いそいそとこちらにやってきた。

 そして、あたしの指し示す先にあるその物体をちらりと一瞥すると、意味ありげな笑みをこちらに向けてきた。

「なるほどな。まっ、任せておけ。二日もあれば、昔の片思いの相手の名前からパンツのサイズまで、洗いざらいぶちまけてくれるだろうさ」

 そう言って、ハングアップはビシッと親指を立ててきた。

 ……ま、あたしの家に代々伝わる「格言集 第三巻」の一節を引用すれば、「餅は餅屋」というわけである。

 今でこそ、「流行っていない宿屋のオヤジ」と化したハングアップであるが、昔はなかなかコワイ商売をやっていたらしく、彼に掛かればどんな口の堅い奴も、たちまち泣きながら洗いざらい喋ってくれると、この界隈ではかなり有名な話である。

 エリスさんのプライベートに首を突っ込むつもりはないが、成り行きとはいえ、襲撃者に牙を剥いてしまった以上、せめて相手の素性ぐらいは知っておく必要がある。

 あたしは、ハングアップに向けた言動の中に、暗にそういうメッセージを込めておいたのだが、どうやら彼もそれは察してくれたらしい。

「OK。お礼はいつもの通りでいいわね。ふふふ、あまり非道いことしちゃダメよ」

「ああ、分かってるって。こいつらがブッ壊れない程度で、せいぜい楽しませてもらうさ」

 などと、いかにも「ソレ」っぽいセリフを交わし、最後に実にイヤな笑い声を上げるあたしとハングアップ。

「あの……なんだか凄く物騒な話みたいなんですけど」

 と、戸惑った様子でツッコミを入れてくるエリスさんの声が聞こえたような気もしたが、委細構わず、あたしたちはただひたすら、黒い含み笑いを続けたのだった。

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