第47話 アリスの遺したもの後編
「……また無茶な事考えるわね」
本を読みながら、あたしは思わず呟いてしまった。
読んでいる本はもちろん『ルクト・バー・アンギラスの倒し方についての考察』だ。
「アリスから無茶を取ったら何も残らないわよ」
隣であたしの銃を弄りながら、エリナが気のない返事を寄越してきた。
「かなり緻密に考えているけど……。実行するにはリスクが大きすぎるわね」
曰く、『ルクト・バー・アンギラス』の体には一種の結界が張ってあり、あらゆる攻撃を受け付けない。
結界を解除するためには最上端にある『核』を潰すしかないが、一定時間で再生してしまう。
『ルクト・バー・アンギラス』は一定のダメージを受けると異界に戻ってしまうため、短時間で集中的な攻撃が必要である。
……とまあ、『ルクト・バー・アンギラス』の特徴について要約するとこんなところだ。
そして、肝心の倒し方についての考察だが……。
「1回こっちの世界に現出させて、『核』を潰したのちにこの魔法で真っ二つにしろ……乱暴すぎるわよ」
あたしの手にある本には、間違いなくそう書かれている。
そして本に長々と記された魔法の呪文だが……。
攻撃魔法ではなく結界魔法。それも、かなり強力なものだった。
「まあ、アリスの考える事だからね。乱暴でしょうね」
まだあたしの銃を弄り続けているエリナが、再び気のない返事をしてきた。
まあ、こっちはおいておくとして……アリスの考えは大体分かる。
要するに、結界魔法で『切断』しようというのである。『ルクト・バー・アンギラス』の体を。
実は結界魔術でも、そういう応用技がある。
魔力の無駄が半端ないのであまりやらないが、切断したい物を間に置いて結界壁を展開してやれば術式次第ではそこらの石くらいは簡単に切れる。
それをやろうというのだ。『ルクト・バー・アンギラス』相手に……。
「まあ、魔法自体は何とかなりそうだけど……。ちょっと現出しただけでこの被害よ。それをわざと呼び出すなんて……」
「不可能じゃないわよ。『大結界』を一時的に解除すれば、向こうから勝手に出てくるはず。あとは時間の問題ね。もたついたら失敗する」
銃をテーブルの上に置き、こちらを見ながらエリナが言ってきた。
「まさかとは思うけど、これ実行するつもり?」
あたしが聞くと、エリナは肩をすくめた。
「あたしはやれとも言わないし、やるなとも言わない。あなたが作り直した『大結界』が何年もつか分からないけど、つかの間の平和を味わうか、今のうちに根本から絶つか……。『異世界人』のあたしには決定権がないわ」
珍しく真面目に、エリナが言ってきた。
「あ、あのねぇ、こんな大事な選択、あたしが出来るわけないでしょ……」
「あたしだって一緒……。ただ、いちおうこの世界で五百六十年生きている身として言うけど、そうそう捨てた物じゃないわよ」
そう言って、エリナが小さく笑う。
「それって、やれって言ってるようなもんじゃないの……」
そう言って、あたしはため息をついた。
こんな話、誰にどうやって説明しろというのだ……。
「お話中失礼します」
ドアが開け放たれたままだった、部屋の出入り口から顔をのぞかせたのは、エリーゼさんだった。
「申し訳ありません。立ち聞きするつもりではなかったのですが……」
そう前置きしてから、エリーゼさんが室内に入ってくる。
「えーっと、気にしないで下さい。聞かれて困るような話ではないので……」
あたしはとりあえずそう返した。
「お話を大体聞いてしまいました。その『ルクト・バー・アンギラス』とやらが、我が国を……いえ、世界にこれだけの被害をもたらしたのですね?」
ピリッとした声で言うエリーゼさんに、思わずあたしは頷いてしまった。
「なれば、放置など論外。戦いましょう。我ら竜騎士百六十名、亡き国王陛下に剣を捧げた身なれど、今はマール殿の手足としてお使い下さい!!」
そう言って、剣を抜いて胸の前で捧げ騎士の正式な礼を取る。
「え、ええっと、これまだあくまでも『考察』であって、倒せるって保証は……」
「マール、もう手遅れよ……」
エリナがそう言って窓の外を指差す。
見ると、そこにはビシッと整列した竜騎士の面々が一様に同じ礼を取っていた。
……あちゃあ。
「わ、分かりました。では、作戦会議に入りましょう!!」
あたしだって、もうこうなったらヤケクソである。
「なるほど、それがあなたの『選択』か。血は争えないってね」
なにやら、意味深な事を呟くエリナの声が聞こえたような気がしたが、あたしはそれをあえて気にしないことにした。
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