第45話 遺跡調査?
「あー、眠い……」
いきなり締まりがなくて申し訳ないが、あたしはミスティール王国の王都アスロック・シティに着いて発した最初の言葉はそれだった。
昨日の夜半過ぎにアストリア王国を発ち、慣れぬ長距離夜間飛行の末にここに到着したのは、今まさに太陽が昇ろうかという時刻だった。
「マール様、コーヒーです」
どこに持っていたのか、セシルがすかさずコーヒーが注がれた金属製のマグカップを渡してくれた。
「ありがとう……あつっ!?」
受け取った瞬間、あまりのカップの熱さに取り落としそうになった。
お陰で目が覚めたが……あーびっくりした。
「マール殿。お疲れのところ恐縮ですが、遺跡のようなものにご案内致します」
熱いコーヒーを一気飲みし、あたしがすっかり目が覚めた頃合いを見ていたのだろう。
エリーゼさんがそう声をかけてきた。
「はい、分かりました」
妙に急かすなぁと思いながら、あたしは素直にそう返した。
まあ、危険を承知で真夜中に魔道院を訪れるほどである。
エリーゼさんが急かすのは当然である。
「乗って下さい。ここらすぐ近くです」
そう言って、エリーゼさんは自分のウィンド・ドラゴンに乗った。
あたしとセシルも、無言で自分のウィンド・ドラゴンに乗る。
「では、行きます!!」
言うが早く、エリーゼさんは高く舞い上がった。
あたしたちもそれに続く。
復興がだいぶ進んだアスロック・シティを眼下に収め、やや起伏のある平原地帯を眼下に望む事しばし。
先を行くエリーゼさんが降下を開始した。
「お待たせしました。こちらです」
あたしたちが到着したのは、ちょっとした森林地帯の中に開けた小さな村だった。
「おー来たか。待ってたぞ」
到着したあたしたちを出迎えたのは、他でもないあたしのお師匠だった。
あまりの暢気さになんとなく一発殴ってやりたい衝動に駆られたが、それは何とか我慢した。
「待ってたぞじゃないですよ。一体どうしたんですか?」
ワール・ウィンドから降り、あたしはお師匠にそう言った。
「いや、たまたま見つけたんだが……あれどっかで見たヤツに似てないか?」
そう言って、お師匠の指差した場所にあったのは……
「「祭壇」……」
そう、見覚えがあるどころの話ではない。
あたしの眼前にあったのは、間違いなく『大結界』の「祭壇」だった。
ただし、『状態保存』はされていないようで、かなり朽ちかけていたが……。
「カリム、起きてる?」
あたしは反射的に無線のマイクを取り、そこにしゃべりかけた。
『おはようございます。起きております』
ちょっとの間を置いて、イヤホンから声が聞こえてきた。
「良かった。ちょっと聞きたいんだけど、『大結界』って各大陸に一つずつよね?」
あたしがそう問いかけると、カリムは即座に返してきた。
『はい、一つずつです。どうかされましたか?』
あたしの声で何かを察知したのだろう。
カリムがそう聞き返してきた。
「今ミスティール王国なんだけど、『大結界』っぽい遺跡がもう1つ見つかったのよ。手入れはされていないみたいだけど……」
『えっ、それはおかしいですね。少なくとも、僕は知りません』
カリムは本気で驚いたという感じで答えてきた。
……『大結界』の管理人たるカリムが知らないのであれば、あたしが知るわけない。
「分かった。ありがとう」
カリムに短く礼をいい、あたしはマイクを握り直した。
「エリナ、起きてる?」
あたしは今度はエリナに呼びかけた。
『起きてるも何もないわよ。もう三日徹夜で作業中よ』
酷く眠そうにエリナが答えてきた。
「疲れてるところ悪いんだけど、あのオーブを……」
『カリムとの話は聞いていたわ。そっちの『支店』に送るより直接持って行くわ。1時間待って』
あたしの声を遮って、エリナはそう言った。
「今からって、大丈夫なの?」
ちょっと心配になり、あたしはそう言った。
『大丈夫よ。ちょうど気分転換したかったしね』
「分かった。よろしく」
そう言って、あたしは背負っていた無線にマイクを戻す。
「お師匠、あと一時間でエリナが来ます。それまで待ちです」
あたしがそう言うと、お師匠は大きなあくびを一つした。
「分かった。じゃあ、それまで寝て待とう。遺跡探査に睡眠不足は禁物禁物……」
言葉の後半を呪文のようにつぶやきながら、お師匠は元は民家だったと思われる壊れた壁に寄りかかり、そのまま寝てしまった。
夜半にあたしを呼び出しておいてこれである。
まあ、お師匠がマイペースなのは、今に始まった事ではないが……。
「さて、セシル。あたしたちはご飯食べちゃいましょうか。エリーゼさんもよければ。この朽ち果てた遺跡について説明もしたいし……」
私は完全に置き去り状態の、エリーゼさんに声を掛けた。
「えっ、よろしいのですか?」
「はい、簡単なお弁当を用意してありますので、こちらへ……」
一体どこにそんな暇があったのか、セシルは虚空に開けた『穴』からサンドイッチやらなにやら色々取り出してくる。それも膨大な量……。
マリアといいセシルといい、食べ物については本当に抜かりないわね……。
そんな事を思いつつ、あたしたちは「祭壇」について適当に説明をしつつ、地面に座り食事を開始したのだった。
決して暇人ではないエリーゼさんが戻り、エリナが到着したのは、暇つぶしに攻撃魔法の練習をしていた時だった。
今やあたしの使える魔法レパートリーは飛躍的に増え、攻撃魔法に関しても三つくらいは使える。
まあ、それはさておき……。
「待たせたわね。なるほど、これは間違いなく『祭壇』ね」
到着するやいなや、さっそく「祭壇」のようなものを調べ始めたエリナが、簡単にそう言い切った。
「でも、おかしくない?カリムにも聞いたけど、『大結界』って各大陸に一つずつよね……」
あたしがそう言うと、エリナは頷いた。
「確かにそうなんだけど、アリスは『大結界』を張る前にお試しであちこちに『祭壇』を作っているの。これはその一つだと思うわ」
エリナがそう言うと、お師匠がため息をついた。
「なんだ、潜る前に結論が出ているなんてつまらんなぁ。なんていうか、ロマンが……」
「はいはい、お静かに」
ブツブツ言うお師匠を黙らせ、あたしはエリナに聞いた。
「じゃあ、ここは単なる『廃棄物』で中には何もないと……?」
すると、エリナは首を横に振った。
「アリスの事だから、なにかあるかもしれないわね。まあ、単なるガラクタかもしれないけどさ」
「つまり、潜ってみなきゃわからないと……」
あたしがそう言うと、エリナは首を縦に振った。
「そういうこと、さっそく行く?」
「僕はパス。面白くなくなったし」
即座に答えたのはお師匠だった。
「ファイア・ボール!!」
反射的に攻撃魔術でお師匠を吹き飛ばし、あたしはエリナに向き直った。
「もちろん行くわよ。セシルはどうする?」
「はい、いつも通りお供させて頂きます」
こうして、結局はいつものメンバーで遺跡に潜る事が決定した。
「あのさ、一応言っておくけど、クレスタがあっちでヤバそうなんだけど……」
一番先に「祭壇」の上に乗り、エリナがやれやれと言わんばかりに言ってきた。
「大丈夫よ。お師匠ならちょっと解けたぐらいじゃどうってことないし」
あたしはきっぱり断言し、「祭壇」に乗る。
お師匠は鉄柱で叩こうが剣で斬ろうがドラゴンに踏まれようが、次の瞬間には復活しているような人だ。
あたしのファイア・ボール程度でどうにかなるわけない。
「まあ、あたしじゃないからいいけど……。じゃあ、いくわよ」
エリナも分かっているらしく、それ以上はなにも言わずに「祭壇」の真ん中にある窪みにオーブを置く。
すると、さすがに整備されていないようで、ガタガタと激しい振動を伴いつつ「祭壇」が地中に沈んでいく。そして、ほどなく最下層に到着した。
「何もないわね……」
『光明』の魔術で照らしてみたが、光の届く範囲には何もない。
「とりあえず、ぐるっと回ってみますか……」
そう言って、あたしは『祭壇』から足を下ろそうとして……引っ込めた。
「ストップ!!」
「えっ!?」
……遅かった。
珍しくあたしの動きについていけなかったようで、セシルが祭壇から降りてしまっていた。
瞬間、床に巨大な魔方陣が描かれ、そこからせり出してくるように『何か』が現れてくる。
「あ、あの、も、ももも、申し訳ありません!!」
過去に見たことなかったくらい取り乱し、セシルが慌てて祭壇に登った。
……手遅れよ。言わないけど。
床を踏んだら発動する罠というのはそれこそ星の数ほど種類があるが、これはなかなかお目にかかれない『召喚系』だ。
「戦闘態勢。来るわよ!!」
エリナが叫ぶ。
「分かってる。セシル、あなたも落ち着いて!!」
「は、はい!!」
セシルは大丈夫かなぁと思いつつ、あたしは腰の銃を抜こうとして……。
「あっ、エリナ。あたしの銃どこやったの?」
すっかり忘れていたが、そういえばずっと貸し出ししたままだった。
「あっ、はいはい。これね。結構イジったから……」
そう言って、エリナは銃を放ってくる。
それを受け止めて見ると、弾丸を込めるシリンダーの部分がなにやら小さな四角い物体に入れ替わっている。
外観で分かるのはそのくらいだが……。
「撃ってみれば分かるわよ。自分で言うのもなんだけど、結構自信作よ」
そう言って、エリナはニヤリと笑う。
……なんか怖いんですけど。
とまあ、そうこうしているうちに、魔方陣から『何か』が完全に出現した。
こちらを睨みつつ派手に咆吼を上げる。
「うげっ、レッド・ドラゴン!!」
エリナが叫んだ。
魔術の『明かり』に照らされ真っ赤な全身を現したそれは、紛れもなくレッド・ドラゴンだった。
「知ってるだろうけど、並の攻撃は効かないわよ!!」
「分かってる!!」
言いながら、あたしはレッド・ドラゴンの目をめがけて銃を撃った。
ドン!!というおおよそ拳銃とは思えない衝撃と共に発射された青い魔力弾は、途中で若干進路を変更しつつレッド・ドラゴンの片目に命中した。
「なにこれ……」
あたしは思わず銃をマジマジと見つめながら呟いてしまった。
「使用者の意図通りに弾が飛ぶようにして威力はちょっとした大砲並み。まあ、これは使う人の魔力によるけどね。悪くないでしょ?」
自慢げに語るエリナは、その肩にまさしくちょっとした大砲のようなものを担いで……いや、構えていた。
「今度はあたしの番。ファイア!!」
ドコーンと派手な音がして、エリナの構えたごっつい武器から巨大な魔力弾が撃ち出された。
それはレッド・ドラゴンの残された片目をかすめ、部屋の奥で派手に爆発した。
「あっちゃー、外した!!」
エリナの声が聞こえた。
当たり前だが、すこぶる痛かったのだろう。
怒り狂うレッド・ドラゴンはその別名『炎竜』が示す通り口を大きく開け、こちらに向かって強烈なブレスをはき出してきた。
「メガ・ウォール!!」
その一瞬手前で、あたしは自身が使える最強の攻撃魔術と対をなす、最強の防御魔術を展開した。
純白の光を帯びた障壁が炎を完全ブロックするが、熱までは完全に遮ってくれない。
一気に室内の気温が上がり、あたしの全身から汗が噴き出した。
「水よ、我れらを護る壁となれ!!」
どうやら調子を取り戻したらしいセシルが防御魔術を使い、あたしたちの体に水の膜が出来上がった。これで、温度対策もバッチリである。さすがはセシルだ。
「さっさと片付けるわよ!!」
「どうやって?」
息巻くエリナにあたしは問いかける。
剣などの物理的な攻撃は、よほどの事がないとまず効かない。
かといって、これを吹っ飛ばせるほどの攻撃魔術を使えば、最悪の場合はこのなにもしなくても崩れそうなオンボロ遺跡が崩壊して、あたしたちは生き埋めになるだろう。
「セシル、アレの口の中から頭まで剣届く?」
落ち着いた口調でエリナがとんでもない事を言った。
「届くと思います。接近出来れば」
そう言って、セシルは剣を抜いた。
「マール、アレがブレス吐く寸前に『高速飛翔』でセシルをぶっ飛ばして!!」
「ちょっと待った。タイミングがずれたらセシルが黒焦げよ!?」
要はセシルを「弾丸」にしようというのだろうが……。
あえて控えめに言ったがレッド・ドラゴンのブレスなどまともに受けたら、黒焦げどころか瞬時に蒸発してしまうだろう。
「大丈夫です。マール様を信じます!!」
……ええぇぇぇぇ!?
「あ、あのねぇ、なんでそんな……」
「もう一発来るわよ!!」
瞬間、強烈な火炎が打ち付けられあたしが展開した障壁が消滅した。
「しのごの言ってる場合じゃないわ。次が勝負!!」
「あーもう、分かった!!」
そして、こちらに向けられたレッド・ドラゴンの口が開き……
『障壁!!』
『高速飛翔!!』
エリナとあたしの声が同時に響く。
瞬間、青い魔力の光に包まれたセシルが『転移』で移動したかと思うほどの速度でレッド・ドラゴンの口中に飛び、彼女が前方に向けて構えいた剣が深々と突き刺さる。
そして、派手な咆吼を上げながらのたうち回るレッド・ドラゴンだったが、すぐに動かなくなった。
『転移!!』
あたしは急いでセシルを回収した。
「ふぅ、かなりスリリングでした」
こちらに戻ってきたセシルが、まず発した言葉がそれだった。
「大丈夫。どっか怪我してない?」
急いで簡単な回復魔術を使いながら、あたしはセシルにそう言った。
「はい。大丈夫です。エリナさんが防御魔法を使ってくださったようで……」
「もちろん、あの速度で激突したらただじゃ済まないからねぇ」
ため息をついてから、エリナがそう言った。
「それにしても、マール様の『高速飛翔』は凄いです。私も『風』は使えますが、あそこまでは……」
「そこ今関心するところじゃないから!!」
あたしは思わずセシルにツッコミを入れてしまった。
……全く、冷や汗ものだったわ。
「エリナ、今思ったんだけど普通に銃で撃てば良かったんじゃないの?」
ふと思い至り、あたしはエリナにそう言った。
「銃じゃ不確定要素が多すぎたのよ。あんたが本気で使った『高速飛翔』の方が、確実でタイミング読みやすいしね」
「ふーん……」
エリナの事だから「かっこいいから」とか言いそうだったのだが、どうやら真面目に考えていたらしい。
「さて、室内を探索しましょうか」
そう言って、エリナは『祭壇』からおりた。
たまーに連続作動式の罠があるのだが、今回はセオリー通り一回限りだったらしい。
エリナに続きあたしは「祭壇」を降りる。
「本当に何もないわね……」
ここは造りは『大結界』のそれと同じだが広さがかなり違う。とにかく広い。
頼りない『明かり』の魔術で辺りを照らしながら、右手の壁に沿って進む事しばし。
ようやく部屋の反対側の壁に着いた。
「今のところ異常なしね」
そして、今度は左向け左してまたもや壁沿いにそって歩く。
なにせ、ご丁寧にレッド・ドラゴンまで用意していたのだ。
このまま何もないとは思えないのだが……。
「あっ、何かあるわね」
行く先に魔力の光が見えてきた。
程なくそこに到着すると、それはいかにも「お宝が入っていますよ~」と言わんばかりの古ぼけたチェストだった。
「……ベタね。間違いなくアリスの仕業よ」
と、エリナがため息交じりにそう言った。
「そうなの?」
あたしがそう言うと、エリナは半眼で頷いた。
「うん、あれはそういう人よ。こじゃれた事は出来ないの……」
あの、その人の記憶とかなんか色々引き継いじゃっているらしいんですけど。あたし……
「ま、まあ、いいわ。とりあえず、開けてみる?」
あたしがそう言うと、エリナは腕を組みながら1つ頷いた。
「ま、期待しない方がいいけど開けてみましょう」
はいはい、それでは……。
チェストは結界で護られている。これが魔力の光の正体だ。
まずはこれを解除っと……。
「……結構、面倒な結界よこれ」
結界に触れるか触れないかギリギリのところで手をかざし、あたしは魔力のパターンを読みながら呟く。
「まさか、解除出来ないなんて言わないでしょうね?」
エリナに問われ、あたしは思わずにやっとしてしまった。
「甘く見ないでよ。これでも結界はあたしの専門分野……っと、よし。解除!!」
あたしの声に合わせて、魔力の光が消える。
「はい、この通り。では、中身を拝むとしますか……」
あたしはチェストの鍵穴に細い棒を数本突っ込み鍵を開ける。
魔術でやってもいいのだが、それは最終手段。お師匠じゃないが、ここはロマンである。
「さてと……」
ガチャリと重い音がして、チェストの蓋が開く。
その中に入っていたのは、一冊の本だった。
「なにこれ?」
まあ、金銀財宝が入っているというベタ過ぎる展開は期待していなかったが、本というのは予想外だった。
「この下手くそな字は、間違いなくアリスね」
本の表紙に書かれていたのは、古代ロンザ語だった。
あたしはちゃんとそのタイトルを読んでみる。
「えーっと……『ルクト・バー・アンギラス』の倒し方についての考察……ええっ!?」
あたしの声が、暗闇に響いたのだった。
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