第44話 またもや旅立ち
『ルクト・バー・アンギラス』戦から半年。
アストリア王国内の主な街の復興作業は、概ね順調に進んでいる。
そのため、ようやく国外へと人員を割く事が出来るようになり、最大で数十人規模ではあるが世界各国でアストリアの魔道師を見ない場所はないという状態になった。
そんなある日、あたしは『大結界』にいた。
「それはなんでしょうか?」
エリナが持ち込んだ機材をマジマジと見つめながらカリムが言う。
「これは、無線っていって、遠くと話出来る機械よ」
得意げにエリナがカリムに言う。
一体どういう技術革新があったのか、あの巨大な機械の塊だった無線が人が背負える程度の小型な物に進化している。
そうでなければ、ウィンド・ドラゴンで運ぶ事は不可能だった。
「これで、なにかあったらすぐに連絡出来るわ。使い方は……」
エリナがカリムに説明を開始した。
ちなみに、あたしたちも無線の機械を背負っている。
これで飛びながらお互いに会話が出来るようになったし、魔道院とも話しが出来るようになったのだがこれが結構重いのだ。
次はぜひとも軽量化にチャレンジして欲しいものだ。
『えっと、こちらカリムです。聞こえますか?』
どうやらレクチャーが終わったらしく、耳に差し込んだ小さな機械……イヤホンというらしい……からカリムの声が聞こえてきた。
「はい、こちらマール。よく聞こえるわよ」
手にした黒い小さな箱状の機械……マイクというらしい……に向けて、あたしはしゃべりかけた。
まあ、普通に喋っても聞こえる距離なので、イヤホンから聞こえる声と地声か両方聞こえて、なんとも不思議な感覚である。
『おお、凄いです。こんな機械があるなんて』
「あたしが作ったのよ。あたしが!!」
感激するカリムの声と胸を張るエリナが、まあ、なんというか……。
「それじゃ、今日はこれ届けに来ただけだから、引き続き監視お願いね」
あたしがそういうと、カリムは大きく頷いた。
「分かりました。なにかありましたら、すぐにこの機械で連絡します」
そのカリムの声に送られ、あたしたちは『祭壇』に乗った。
「さて、これで緊急連絡網が出来たわね」
祭壇がゆっくり地上に向かって行く中、エリナが満足そうにそう言った。
「それはいいんだけど、ずっと背負ってると肩に食い込んで痛いのよね。なんとかなんないの?」
とりあえず、エリナにクレームを出してみる。
「いやー、もっと小型で軽い試作品も開発したんだけど、肝心の通話距離が短すぎてねぇ……難しいのよ。これが」
エリナは笑った。
「そう言っておいて、あと二ヶ月もしないうちに作っちゃうからなぁ。エリナは……」
そのとき、ガコンと音がして『祭壇』が地上に着いた。
「さて、帰りますか」
祭壇の脇に待機させていたワール・ウィンドに乗り、あたしはマイクに向かってそう言った。
『あいよー』
『承知しました』
イヤホン越しにエリナとセシルの声が聞こえた。
ここから魔道院までは、最高速度で飛べば三十分と掛からないが、早く帰っても遅く帰ってもマリアに小言を言われることに変わりは無い。
あたしはワール・ウィンドが飛びたい速度に任せ、適当な高度でゆっくり帰る。
『皆さん聞こえますか?』
さっそくカリムの声が聞こえてきた。
「聞こえるわよ。どうしたの?」
あたしはマイクを持ってそう返す。
『いえ、ちょっと試してみたかったのですが……本当によく出来ていますね』
まあ、最初の声のトーンで分かっていたが、緊急事態ではないらしい。
そんな暢気なカリムの声に返したのはエリナだった。
『当たり前でしょ。あたしが作ったんだから』
あたしを先頭にして三角形を描くような隊形で飛んでいるため、ここからではエリナの姿は見えない。
しかし、胸を反らせるエリナの姿が容易に思い浮かぶ。
「エリナ、落っこちないでよ!!」
と言ってみたが、よほど変な体勢を取らなければ落ちないだろう。
というのも、これもエリナ作だが馬で言う鞍のような物を各ウィンド・ドラゴンに装備済みだからだ。
本物の竜騎士は裸馬ならぬ裸ドラゴンに乗り、そのまま戦うのだから凄い。
『あのねぇ、あたしが落っこちるよなヘマするわけないでしょ!!』
……はいはい。
時刻は夕暮れ。
この速度ならギリギリ日が落ちる前には魔道院に到着出来るだろう。
こうして、息抜きを兼ねた『大結界』への外出は終了した。
「はい、次の書類急いで!!」
「はい!!」
あたしの声とセシルの声が院長執務室に交錯する。
ただのサイン屋と言うなかれ。
院長というのは、これでなかなか忙しいのだ。
「マリア、そっちはどう?」
あたしは無線機のマイクに喋りかけた。
『第三十六、三十七隊が帰還しました。次の指示は?』
「即刻ミスティールに派遣。疲れてるところ悪いけど三日後に出発って言っておいて!!」
そう言って、あたしはマイクを放り出す。
あたしの仕事の一つに、国内のあちこちから作業を終えて帰還してくる人員整理というものがある。
アストリア王国国内の復旧作業はほぼ終わったので、手の空いた人員をまだ復旧の終わっていない他国に順次送り出しているという状況だ。
もちろん、定期的に他国を周り復旧状況の確認も怠ってはいないし、援助隊受け入れの可否も確認している。
つまり、とにかく忙しいのである。
「セシル、お茶ちょうだい!!」
ダーっと書類にサインをしながら、あたしはそう言った。
「はい、お茶です!!」
豪華なティーカップなど何のその。
ズゾゾゾゾーっと一気にお茶を吸い込み、あたしは再び書類作業に戻る。
ちなみに、あたしは猫舌ではない。
「あーもう、キリ無いわね……」
今にはじまったわけでないが、あたしは思わずそうぼやいてしまった。
ここ三日まともに寝ていないし、食事などほとんど忘れてしまっている。
「今日はあと書類二山です。頑張りましょう!!」
セシルがそう励ましてくれるが、逆にプレッシャーになり心の中でウゲーっと呟く。
窓の外はとうの昔にすっかり日が落ち、ペンタム山脈から吹き下ろしてくる風が時折ガタガタ窓枠を揺する。
『マール、お客さんよ』
唐突に無線からマリアの声が聞こえた。
「お客さん?」
マイクを掴み、あたしはそう言った。
部屋の隅にある時計を見ると、もう未明という時間である。
『いいから中庭にきて。残りの書類は私がやっておくから』
「分かったわ。今から行く」
そう言って、あたしは席を立った。
すかさずセシルが背後に付き、あたしたちは中庭に向かう。
魔道院の中を歩く事しばし。
あたしたちは、『光明』の魔術で中庭に到着した。
「あれ?」
そこにはウィンド・ドラゴンと、その傍らに立ちマリアと話しているエリーゼさんがいた。
「マール殿、夜分遅く申し訳ありません。急ぎの用件につき、何とぞご容赦ください」
そう言って、エリーゼさんは深く礼をした。
「いえいえ、どうしました?」
こんな時間にミスティール王国から飛んでくるなど、危険きわまりない行為である。
ただならぬ事に間違いはない。
「はい、実は復旧作業中に地中から、遺跡のようなものが発掘されたのですが……」
そこで一呼吸を置き、エリーゼさんはこちらを見た。
「現地で作業して頂いている魔道師殿が、早急にマール殿を呼ぶようおっしゃっておりまして……お忙しいところ恐縮ですが今すぐお越し頂けますか?」
「えっ、今から……ですか?」
あたしが思わず聞き返してしまうと、エリーゼさんは本当に申し訳ないという表情を浮かべた。
「はい……。フィアチャイルド・クレスタの名を出せば分かるとおっしゃっていました」
その瞬間、あたしはコケそうになった。
「マリア、ミスティールに派遣した魔道師の中にうちの師匠いた!?」
すると、マリアはニコリと笑みを浮かべた。
「はい、一ヶ月前に派遣した隊にいますよ」
……なんてこったい。
「なんでうちの師匠なんて、いかにも役に立たなそうな上に、面倒そうなの派遣するのよ!!」
あたしが抗議すると、マリアは一枚の紙を差し出してきた。
「あなたの署名入りの派遣命令書です」
その紙をひったくって見ると、派遣隊メンバーの中にちゃっかりうちの師匠の名前がある。
「ぬ、ぬかったぁぁぁ!!」
そして、夜の空にあたしの叫び声がこだましたのだった。
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