終章:魔道師マール・エスクード
第43話 傷跡
『ルクト・バー・アンギラス』が去って一ヶ月。
世界中が壊滅的な被害に見舞われた中、このペンタム・シティは無傷で済んだ。
これは奇跡でも運が良かったわけでもなく、決死の覚悟で結界を張り続けた宮廷魔道師の尽力があっての事だ。実際、このアストリア王国内だけでも、他の街はほぼ壊滅と聞く。
そんな中で……。
「はい、こっちの書類出来たわよ。次持ってきて!!」
あたしはセシルにそう言った。
「はい、次はこちらです」
『浮遊』の魔術で浮かされた書類の山が、あたしの執務机の上にドンと置かれる。
そう、あたしは多忙を極めていた。
副院長のマリアは別件で忙しいので、こうした一般業務はあたしの担当なのだが……書類が多すぎる。
そのほとんどが、復旧復興作業のための魔道師派遣依頼なのだが、全く人手が足りない。
おかげで上級魔道師だけでは手が足りず、一般課程の魔道師にまで派遣要請を出す始末なのだが……。
「……足りないわね。圧倒的に人員が」
あたしはつぶやき椅子に背を預けた。
一般課程の魔道師を合わせれば、魔道院が擁する人員は数万人以上になるが、それでも全く人が足りない。
かといって、まだ魔術の魔の時も知らない初等科の人員を動員するわけにはいかず……頭が痛いところである。
ちなみに、魔法生物被害で先にプレセア王国に送ったメンバーには、そのまま復興要員として残ってもらっている。
まだ魔法生物被害の復興も終わっていないところに『ルクト・バー・アンギラス』である。帰ってこいと言えるはずがない。
部屋のドアがノックされた。
「入りますよ」
顔を見せたのはマリアだった。
「なに、手伝いにでも来てくれたの?」
あたしがそう言うと、マリアは小さく笑った。
「そんなわけないでしょう。あなたの留守中どれだけ処理したか……」
「あー、ごめんごめん。遊んでいたわけじゃないんだけどなぁ」
意地悪な笑みを浮かべるマリアにあたしはそう言った。
「今日はちょっとした報告です。例の『執行部』の連中ですが、上級魔道師証剥奪の上で国外追放という事でよろしいですか。もちろん、全員それぞれ違う国にです」
そう言って、マリアは一枚の紙を差し出してきた。
紙に書かれた内容は今さっきマリアが口で言った事と同じだが、その紙にサインしているメンバーが凄い。
いずれも国の重鎮たちばかりで、どうやって話を進めたのか、国王陛下の名前まである。
「よくまぁ、これだけ……」
どこか背中が寒くなる思いをしながら、あたしはそう呟いていた。
いかに狡猾な旧執行部員とはいえ、これでは手も足も出ないだろう。
「それはもう頑張りましたので。あとは、マールのサインで完成です」
マリアは敵に回したくないなと思いつつ、あたしは紙にサインした。
この瞬間、この紙は正式な効力を持つ書類となる。
「はい、確かに。ではさっそく、残りの仕事を片付けてきます」
そう言って、マリアは部屋から出て行った。
そして、またあたしは一りになる。
とりえず、今溜まっている書類に片っ端から目を通していくが、その全てが救援要請だった。
即決で決裁したいところだが、先も述べたとおりもう派遣出来る人材がない。
その全てを『保留』と書かれた箱に放り込んでいく。
溜まっていた書類を全部終えた時には、もうお昼の時間となっていた。
あたしが部屋を出ると、すぐそばに控えていたセシルが駆け寄ってきた。
「お昼ですか?」
そう尋ねてくるセシルに、あたしは一つうなずいた。
「昼ご飯でも食べないとやってられないわよ。一緒に行く?」
あたしがそう問いかけると、セシルはうなずいた。
「はい、喜んで」
人が出払っているため閑散とした魔道院の中を歩き、食堂へと向かう。
いちおう専用食堂もあるのだが、あたしは広い一般食堂の方が好きである。
「いやー、分かってはいたけどこの空き方は異常ね」
空席だらけの食堂をみて、あたしは思わず声を上げてしまった。
今魔道院にいるのは、魔道士の卵である初等科の面々と一部の幹部のみ。
幹部は基本的に専用食堂で食事するので、ここにいるのはあたしたちを除けば全員初等科のメンツである。
「さてと、なに食べようかな……」
などと言ってみたが、選ぶほどの物はない。
あちこちの港が破壊されたので、ペンタム・シティまであまり物資が届かないのだ。
魔道王国の魔道都市がもつ弱点である。
「じゃあ、食べちゃいましょうか」
「はい」
この日のメニューは簡単だった。
保存が利くパスタを適当に味付けしたものと、あまり具のないスープだけ。
まあ、これでも遺跡探査の食事よりはマシである。
食べられるだけでもありがたい。
「ごちそうさまでした」
遺跡探査で身につく能力は色々あるが、その一つが『早食い』である。
食べられるときに食べろは基本である。
「ごちそうさまでした」
とセシルも食事が終わったようだ。
「さて、散歩でもしますかね」
「散歩、ですか?」
あたしの言葉にセシルが疑問型で返す。
「書類仕事ばっかりでシンドイのよ。たまにはばーっと空飛びたいの」
あたしがそういうと、セシルは頷いた。
「分かりました。お供致します」
あたしの言いたいことを察してくれたらしく、セシルはそう言った。
「じゃあ行きますか」
「はい」
あたしたちは食堂を出て中庭に直行した。
「あれ、どうしたの?」
中庭に着くと、エリナがなにやら巨大な機械を弄っていた。
巨大ではあるが、一目で銃の一種というくらいは分かる。
「こ、こら、ここいちおう魔道院なんだから!!」
魔道師の間で銃は禁忌。
それなのに、事もあろうか魔道院の中庭で銃を弄るとは……。
「大丈夫よ。これ国王の依頼だから」
お気軽にそう言って、エリナは手をパタパタ振ってみせた。
「国王陛下が!?」
にわかに信じられず、あたしは声のトーンを跳ね上げてしまった。
「うん。よく分からないけど、王城に取り付けるんだって。こんなんで『ルクト・バー・アンギラス』対策になるとは思えないけどね」
そう言ってエリナは笑う。
「無駄って知っててやるんだ……」
あたしがそう言うと、エリナは笑った。
「だって、殿下直々の依頼だもん。結構小遣いもらえたし」
「あっそ……」
まあ、国王の依頼とあっては、なかなか断れないだろう。
人は時として無駄な事をする生き物だ。
「で、あんたたちどうしたの?」
エリナがそう聞いてきた。
「いや、書類作業で頭が煮えたっているから、空でも飛んで冷やそうかと思ってね」
そういうと、エリナは「ああ」という顔になった。
「ウィンド・ドラゴン用の厩舎なら少し改造しておいたわ。付いてきて……」
言うが早く、エリナはさっさと歩き始めた。
黙って付いていくことしばし。
中庭の片隅に急遽造られたウィンド・ドラゴンの厩舎に到着した。
「入って」
厩舎のドアを開け、エリナが言った。
中に入るとこれといった違和感はない。
「どこを改造したの?」
「まあ、乗っちゃって」
あたしが聞くと、エリナはそう言った。
怪訝に思いながらも、あたしはワール・ウィンドに乗った。
「いくわよ!!」
エリナが壁のスイッチを押す。
すると、一体どういう改造をしたのか、聞いたことのないやたらノリのいい音楽が聞こえ始め、厩舎の屋根が音もなく開いていく。
「やっぱ発進シーンはこれよね。ほら、もたもたしないで行く!!」
わけのわからないことを言うエリナに急かされ、あたしはワール・ウィンドを一気に上昇させた。
ちらりと後方を見ると、あたしからやや離れてセシルがしっかりと付いてきていた。
「さて、どこにいこうかしらね」
全速力で飛ばしながら、あたしは独り呟いた。
「……よし、あそこだ」
またもひとりつぶやき、あたしは一気に南を目指す。
気になるところはたくさんあるが、まずはここである。
程なくイライザ海峡が前方に見えてきた。
そう、向かう先はミスティール王国だ。
壊滅状態とは聞いているが、前にお世話になったエリーゼさんの事がふと気になったのだ。
さすがに全速力のワール・ウィンドは速い。
あっという間にイライザ海峡を越え、ミスティール王国上空に入る。
「……これは酷いわね」
あたしは1度来ているのでそこに王都があったと分かるが、そうと知らなければただの瓦礫の山にしか見えないだろう。
ずっと上空を旋回していると、一匹のウィンド・ドラゴンがこちらに向かってきた。
「ん、あれは……?」
こちらと平行して飛ぶウィンド・ドラゴンに乗っているのは、他ならぬエリーゼさんだった。
ホッとするのもつかの間、彼女は手で『着陸』のサインを出してきた。
あたしはワール・ウィンドを降下させた。
「お久しぶりです。マール殿」
着地すると同時にエリーゼさんが挨拶してきた。
「大丈夫だった?」
ワール・ウィンドから降り、あたしはエリーゼさんに声をかける。
「はい、私は大丈夫ですが……。この国はもう再興できないかもしれません」
そういうエリーゼさんの表情は暗い。
「……」
あたしは何も言えなかった。
「さて、せっかくお越し頂いたからには、どんな状況でもおもてなしするのが我が国の流儀です。こちらへお越し下さい」
あたしはセシルを連れて、エリーゼさんのあとに続く。
街は文字通り壊滅状態だった。
なんとかしたいが、あたしに出来ることは何もない。
「急作りであまり快適な場所ではありませんが、どうかお許しください」
エリーゼさんに連れられて到着したのは、元々王宮があった場所だった。
そこにはテントがいくつも並び、さながら大規模な遺跡調査のキャンプのようになっていた。
「国王陛下がご存命であれば、ご挨拶申し上げるところなのですが……」
暗い顔で言うエリーゼさんによれば、王都壊滅の際に国王や王族、主立った貴族などは命を落としてしまったそうで、いまやこの国の存続に関わる大問題となっているらしい。
「暗い話をしてしまい申し訳ありません。こちらにどうぞ」
並ぶテントの1つに案内され、そこに入ると竜騎士団の紋章が入った甲冑を着込んだ人たちでごった返していた。
「ここは竜騎士の残存部隊のテントです。手狭ですがご容赦下さい」
「いえ、いいのよ。それより、お邪魔しちゃっていいの?」
あたしが聞くと、エリーゼさんは頷いた。
「もちろんです。このような状況の時に、アストリアの魔道院院長殿がお見えになった事は皆の励みになるでしょう」
と、テントの入り口近くにいた竜騎士の一人があたしに気がついた。
それがあっという間にテント内の皆に伝播し、ざわついていたテント内が急速に静まり返った。
……えーっと。
「こちらは、アストリア王国からいらっしゃったマール・エスクード魔道院院長殿です。皆さん、歓待の準備をお願いします」
あたしが言葉に困っていると、エリーゼさんはそう言った。
……いや、歓待って。
こんな状況で、歓迎も何もないだろう。
「それには及びません。我々は世界各地の被害状況を視察に伺っております。皆様はそれぞれのお仕事をお続け下さい」
あたしの代わりに答えたのは、背後に控えていたセシルだった。
……まあ、昼ご飯の休憩とは言えないわな。
さすが、この辺りの機転はセシルである。
「いえ、それでは……」
「お気遣い無用です。皆様のお邪魔にはなりたくありませんので」
何か言いかけたエリーゼさんの言葉を遮り、セシルはそう言った。
「いずれ、我が国から復興支援隊を派遣致します。皆様の手足として存分にお使い下さい」
あたしがそう言うと、竜騎兵の間から小さな歓声が上がった。
いつの間にか昼休みの散歩がアストリア王国を代表した使者になってしまったが、あたしはそう言って礼をした。
この状況を見て、なにもするなという方が無理である。
いつになるかは分からないが、人員が確保でき次第ミスティール王国にまとまった支援隊を送ろう。
心にそう決め、あたしはセシルに目をやった。
「やりますか?」
「もちろん」
セシルはあたしの考えに気づいたようである。
「どうされました?」
エリーゼさんが問いかけてきた。
「いえ、ちょっとした置き土産です」
セシルがそう言った。
「置き土産?」
怪訝な様子でエリーゼさんが聞いてきた。
「見ていてください。たいしたことは出来ませんが……」
そう言って、あたしはいつも持ち歩いているペンとインク瓶を取り出した。
「……この辺がいいかしらね」
できるだけ平坦な場所を選ぶと、あたしは瓦礫の上に小さな魔方陣を描いた。
「セシルは半分よろしく」
「はい」
彼女もペンを持ち。同じように魔方陣を描く。
その様子を、テントから出てきた竜騎士たちが食い入るように見ている。
これはもう失敗は出来ない。
「じゃあ、行くわよ。『構成』はいつものやつで」
「分かりました」
セシルとあたしは並び、同じタイミングで呪文を唱える。
といっても、これは魔法ではなく魔術である。
唱えている内容に意味は無い。
『……在るべきものは在るべき姿に!!』
あたしとエリナ、同時に魔力を解放した。
すると、瓦礫の山だった周囲の光景に変化が現れた。
次々に石が積み上がり、ちょっとした広さの建物が出来上がったのだ。
「えっ!?」
魔術をこの目で見るのは初めてだったのか、エリーゼさんが声を上げた。
他の竜騎士団のメンツも、ぽかんとしてこちらを見ている。
「テントでは大変でしょうから、簡易宿舎を造らせていただきました。内装は三段ベッドですがお許しください」
あたしはそう言って笑みを浮かべた。
これは儀式魔術というもので、2人以上で同時に使う大規模魔術である。
タイミングを合わせるという問題があるが、大人数で使うほど効果がある。
「い、いえ、ありがとうございます」
まだ目の前で起きた事に信じられないという様子で、エリーゼさんは乾いた礼を言ってきた。
「では、私たちはこれで失礼します。必ず復興援助隊を送りますのでお待ち下さい」
そう言って、あたしはワール・ウィンドの方に向かう。
「ずいぶん長い昼休みになってしまいましたね。戻りましょう」
セシルに言われる間もなく、あたしは魔道院に戻るつもりだった。
あたしたちがそれぞれのウィンド・ドラゴンに跨がった時、エリーゼさんが追ってきた。
「先ほどは失礼しました。宿舎の件ありがとうございました」
「いえいえ、あれくらいしか出来ず申し訳ありません」
あたしがそう言うと、エリーゼさんは首を横に振った。
「とんでもありません。これは、本来国王殿下から授与されるものなのですが……」
そう言って、エリーゼさんは短剣を二本差し出した。
「竜騎士の証です。どうぞ、お持ち下さい」
「えっ!?」
さすがにこれは予想外。
あたしは声を裏返してしまった。
「あなた方はすでに我々の仲間です。ぜひお持ち頂きたいのです」
あたしとセシル、お互いに顔を見合わせてしまった。
騎士というのはそう簡単になれるものではない。
単なる仲間という程度で、その証を簡単に受け取っていいものだろうか……。
「これを受け取る事によって、何かの責務が生じるわけではありません。どうぞお受け取り下さい」
そこまで言われては、断る方が難しい。
あたしはその短剣を受け取った。
「じゃあ、また近いうちにお会いしましょう!!」
あたしはそう言って、ワール・ウィンドを上昇させた。
見る間に高度と速度が上がっていく。
「これで、あたしはいよいよ『竜騎士』か」
手にした短剣を見ながら、あたしはそう呟いた。
短剣といっても、装飾が施されており実戦用の武器ではない。
またこれで肩書きが増えたわね……。
そんな事を思いつつ、あたしはワール・ウィンドを最高速まで加速させたのだった。
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