第40話 竜騎士マール・エスクード

 エリナとセシルを引き連れ、あたしたちは飛行船で『大結界』に到着した。

 本当は無難に鉄道で行こうとしたのだが、また襲撃があるかもしれないという事でこうなったのだ。

 いつも通りエリナが「祭壇」にオーブを置いた瞬間、ガタガタとものすごい振動が発生した。

「カリムのやつ、まだエレベーター直ってないじゃん!!」

 エリナが喚いたが、「祭壇」は何とか地下に潜って行く。

 ガタガタと揺さぶられることしばし。あたしたちは最下層の「結界の間(勝手に命名)」に到着した。

「あっ、ちょうど良かったです」

 出迎えてくれたカリムが言った。

「なにかあったの?」

 あたしが聞くと、カリムは「光の地図」を虚空に浮かべた。

「異常というほどのものではないので、ご連絡を差し上げようか悩んでいたのですが、ミスティール大陸の『大結界』がやや動作不良でして。

 一時的な「揺らぎ」のようなものなのでこのままでも大丈夫だと思いますが、『もう一つの結界』がある今、少しでも不安を取り除きたいと……」

 なんだか歯切れの悪いカリムに、あたしは言った。

「要するに、行ってこいって事でしょ?」

「はい、出来ればそうして頂けると助かります」

 カリムはそう言って頭を下げた。

「最初からそういえばいいの。今さら遠慮もなにもないでしょ?」

「恐縮です」

 カリムがもう一度頭を下げる。

「みんな、分かったわね。行くわよ!!」

「はーい」

「承知しました」

 あたしの声に、エリナとセシルが返してきた。

 かくて、あたしたちはいつも通り旅立ったのだった。

 アストリア王国とミスティール大陸を領土に持つミスティール王国は、イライザ海峡を越えてすぐという事もあり昔から通商が盛んである。

 定期船でも良かったのだが、これまた先日襲われてすぐということもあって、あたしたちは飛行船のまま『大結界』まで直行することとした。

 特に問題なければ、片道三日という距離である。

「あーテストテスト。こちらミレニアム号、聞こえますか~?」

 エリナが何やら細長い棒のような物を持ち、操舵席でなにか言っている。

『こちら魔道院、マリア・コンフォート。はっきり聞こえるわよ、エリナ』

 そして、どこからともなく、マリアの声が聞こえた。

 その瞬間、操舵席が歓声に包まれた。そう、忘れてはいけないが、この飛行船は「実験用」である。そのために色々な機材が積んであり、これもその1つだ。

 なんでも「無線」というもので、『転送』の魔術で声を遠く離れた場所に伝えるという物らしい。

「成功ね。あとは小型化が課題か……」

 と、エリナが嬉々として言った。

 なんでも、この無線の機器一式はエリナが発明したらしく、今回の旅で初めて飛行船に搭載されたのだが……さほど広くない室内のほとんどがその機械で占領されてしまっている。確かに便利だが、これでは実用性という意味で問題だろう。

「マールも試してみる?」

「えっ?」

 窓の外を見ていたあたしに、エリナがそう問いかけてきた。

「ほら、こっちに来なさいよ!!」

「えっ、あたしは別に……」

 特に興味があったわけではないので、いきなり振られて驚いた。

 エリナに手を引かれるまま、あたしは操舵席に押し込まれる。

「はいこれ」

 そう言って渡された細長い棒状のものを持ち、あたしは思い切って声を出した。

「えーっと……マリア。聞こえてる?」

 見えない相手と何を話していいのか分からず、とりあえずあたしはそう言った。

『あっ、マール。たまには魔道院に腰を落ち着けなさいよ。未決の書類が山になっているんだから!!』

 いきなり、最新機器でマリアに怒られた。

「あーごめんごめん……面白いわね。これ」

 あたしは手元にある棒状のものをまじまじと見つめてしまいながら、ちょっと乗り気になってきた。

『面白がってる場合じゃないわよ。あの連中はきっちり始末したけど、まだ危ないから気をつけてね』

 あの連中とは、いわずとしれた旧執行部の連中である。どういう『始末』をしたのかはあえて聞かない。理由は簡単。怖いからだ。

「了解。で、他に報告事項ある?」

『そうね……特にないわ。早く用事済ませてとっとと帰ってきてね』

「はーい、留守番よろしく」

 そう言って、あたしは手にしていた棒状の物をエリナに返した。

「これ面白いわね」

「でしょ? 自信作よ」

 あたしから棒状の物を受け取り、エリナは心なしか胸を張った。

 飛行船はイライザ海峡の真上を飛んでいる。

 魔道院まではかなり距離があるが、そこにいる人と話せるのは面白い。

「おっ、ミスティール大陸が見えてきたわね」

 操舵席からの景色にのっぺりとした陸地が見えてきた。

「さて、いよいよね。マールは後ろに……」

 とエリナが言いかけた時だった。

 視界の中でサッと何か黒い影が横切った気がした。

「ん?」

 気のせいかとも思ったのだが、乗員たちのどよめきがそれを否定した。

「竜騎士だ!!」

 誰かがそう叫ぶ。

 見るとあたしたちの飛行船を挟むようにして、二匹の小さなドラゴンに跨がった騎士の姿が見えた。

「へぇ、竜騎士なんて久々に見たわね」

 と滅多な事では関心しないエリナが、珍しく声を上げた。

「いよいよ、ミスティール王国って感じね」

 そんなエリナに、あたしはそう言った。

 竜騎士が乗るドラゴンはウィンド・ドラゴンといい、竜族の特徴であるブレスを吐くことが出来ない代わりにものすごい飛翔能力を持つ。

 ミスティール王国内にウインド・ドラゴンの生息地があるため、昔から騎士団のエリート部隊として竜騎士団が存在する。

 この辺りは、ちょっと旅をする者なら誰でも知っている常識である。

「敵対行為……というわけじゃなさそうね……」

 エリナが言った時、飛行船の右側を飛んでいた竜騎士から点滅する光が発せられた。

「発光信号ね。『コチラノユウドウニシタガイツイテコイ』か……。船長、あの竜騎士に従った方がいいわよ」

 すると、髭ずらの船長が頷いた。

「よし、あれについて行くぞ。高度そのまま、取り舵15!!」

 あたしは操舵席を乗員に譲り、行方を見守る。

 ミスティール大陸はもう目と鼻の先だ。

「さて、何が待ってるのかしらね。楽しみだわ」

 とエリナが言った。

「面倒な事にならなきゃいいけどね」

 そう言って、あたしはもうすぐ到着するミスティール大陸を見つめたのだった。


 竜騎士に誘導されたあたしたちの飛行船は、ミスティール王国の中心であるアスロック・シティの間近に着陸した。

 さすがに巨大な飛行船は目立つらしく、すでに野次馬の列が出来上がっている。

「ご無礼お許しください。私はミスティール竜騎士団団長のエリス・エリーゼと申します」

 野次馬をバックに竜騎士の一人が地上に降りてきて、ドラゴンから降りて敬礼を取った。

「いえいえ、あた……私はマール・エスクード。アストリア王立魔道院院長です」

 すると、これは予想していなかったようで、エリーゼさんは驚きの表情を浮かべた。

「アストリア魔道院の院長殿が一体どのような御用向きで?」

 問いかけられ、しばらく逡巡したのちにあたしは正直に言った。

「この国に『大結界』という遺跡があります。私たちは、その修復作業に参りました」

 すると、エリーゼさんはしばらく考えると、あたしをじっと見つめた。

「なるほど、そうでありましたか……。増援部隊だと思っていたのですが……」

「増援部隊ですか?」

 あたしが聞き返すと、エリーゼさんは首を縦に振った。

「ご存じの通り、我が国は東のエスト大陸に居を構える「真・ミスティール王国」なるものと交戦状態にありまして……早急に解決すべく、アストリア王国国王殿下に増援のお願いをしておりましてその部隊かと早計致しました。平にお許し願います」

 ……そんな状況だったとは。

「これはアストリア王国国王殿下の意向ではなく、魔道院としての意向ですが他国の戦争に関わるつもりはありません。魔道師たちの命が関わっております。何とぞご容赦を……」

 あたしはエリーゼさんに向かってそう言った。

 自国の戦争ならまだしも、他国の戦争に魔道師たちを派遣するつもりはない。

 そんな事をしたら、たちまち泥沼化してしまうだろう。

「なるほど承知しました。ご足路ですが、今の事を我が国の国王陛下にお話頂けませんか?」

 ……ほら、来た。

 半ば予想はしていたが、やはりこういう展開になった。

 断ってとっとと済ませたいのだが、ミスティール国内で活動する以上、さすがにそういうわけにもいかないだろう。

「分かりました。いずれ殿下にはご挨拶をと考えておりました。案内頂けますか?」

 あたしの言葉に、エリーゼさんは安心したような表情を浮かべた。

「かしこまりました。さっそくご案内いたします」

 エリーゼさんに導かれ、あたしたちは王城へと向かったのだった。


「そうか……それは残念だな」

 荘厳な城の謁見の間で、あたしは片膝を傅いたまま礼をしている。

 ミスティール王城は、アストリア王国のそれと変わらぬくらい豪奢ながらも重厚感があるものだった。

「して、その『大結界』があるのはどこだ。なにやら急を要する様子、出来るだけ力を貸そう」

 あたしが言うまでもなく、セシルがすかさず地図を出す。

「こちらです」

 あたしたちの書き込みでだいぶ汚くなっていたが、それでも『大遺跡』の場所は分かる。

「なるほど……」

 国王殿下はしばし考え込み、そして口を開いた。

「その場所はシプレキキサの沼と呼ばれておってな、陸からではおおよそ近寄れぬ場所だ」

 「そうなの?」とエリナに視線を向けたが、彼女はスッと顔を反らせた。

 ……当たりってことね。

「竜騎士であれば到達可能であるが、なにぶんウィンド・ドラゴンは主と認めた者以外はその背に乗せぬ。そこで一つ試してぬか?」

「はい!?」

 あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「竜騎士になれとは言わぬ。ただ、ウィンド・ドラゴンに主として選ばれるか。それだけでも試してみる価値はあると思うが……」

 空飛ぶ魔道師……なんか、かっこよすぎる!!

 ちょっとだけミーハーな気持ちはあったが、『大結界』に到達出来ないならやるしかない。

「分かりました。是非試させてください」

 あたしがそう言うと、国王陛下は笑った。

「分かった。早速手配しよう。準備が出来るまでこの城に留まるがよい」


「へぇ、ここがウィンド・ドラゴンの巣ね」

 エリナが関心したように呟く。

 辺り一面ウィンド・ドラゴンが居並ぶ光景は、なかなか壮観である。

 ここはアスロック・シティーから徒歩で半日ほど行った場所にある、小さな山の頂上だ。

「難しい事は考えず、自分の直感のみで探してみてください」

 エリーゼさんはそう言うが……この膨大な数の中からどうやって……

 しばらく眺めているうちに、なにか心に響くウィンド・ドラゴンがいた。

 向こうもあたしに気がついたようで、ノソノソと歩いてくる。

「おっ、お見事です!!」

 とエリーゼさんが言う。

「この子はあなたの事を主と認めたようですね。撫でてやってください」

 甘えるようにこちらに首をすりつけてきたウィンド・ドラゴンを、あたしはそっと撫でる。

 ヒンヤリした感覚が何とも言えず気持ちいい。

「他のお二人も見つけられたようですね」

 見るとセシルとエリナも一匹ずつウィンド・ドラゴンを撫でていた。

「では、さっそく乗ってみましょうか。基本的には、馬と変わりませんよ」

 そう言って、エリーゼさんは自分のウィンド・ドラゴンに跨がった。

 あたしもおっかなびっくり乗ってみたが、ドラゴン特有の冷たい鱗の感触以外、馬とそう大して変わらない。

「では、まず浮いてみましょう。何も考えず、そのまま『浮け』と思うだけです」

 言われるままに、あたしは「浮け!!」と心の中で命じる。

 すると、あたしが乗ったウィンド・ドラゴンは大きく羽ばたくと、一気に空に舞い上がった。

「そのまま『飛べ』と命じてください。あとは、慣れるまでひたすら練習です!!」

 エリーゼさんの言うまま、あたしは『飛べ』と命じた。

 すると、あたしの乗ったウィンド・ドラゴンは、上空で一気に加速した。

 ……うぉ、凄い!!

 あっという間にアスロック・シティーを飛び越え、イライザ海峡を越え、アストリア王国へと戻ってしまった。

「えーっと、『転進』!!」

 あたしが思い描いたままの動きでウィンド・ドラゴンは転進し、あっという間にミスティール王国へと戻った。

 なるほど、これならなんとかなりそうね……

 あたしはウィンド。ドラゴンの巣上空で、エリーゼさんと並んだ。

「見事です。そこまで乗れればもう十分ですよ」

 良く通る大声でエリーゼさんが言った

「いや、これで必死でして……」

 『風』の魔術で声を増幅して、私が返すとエリーゼさんは笑った。

「あと三日もすれば、立派な竜騎士ですよ。ああ、そうだ。肝心な事を忘れていました」

「肝心な事?」

 あたしが聞き返すと、エリーゼさんは頷いた。

「名前を付けてあげてください。それによって、より強固な関係になれますので……」

 そう言われて、あたしは悩む。

 結果、真っ先に出てきた名前がこれだった。


『ワール・ウィンド』


 瞬間、ワール・ウィンドから強く「意思」のようなものが伝わってきた。

「いい名前ですね。きっと喜んでいる事でしょう」

 そのエリーゼさんの言葉を聞き、あたしは調子に乗ってちょっとしたアクロバット飛行などしてみる。

 悪くない。しっくりくる。

 こうしてあたしは、ついに空を飛ぶ手段を確保したのだった。


三日後……


「では、お世話になりました」

 ミスティール王城城門前にて、あたしは皆を代表してそう言った。

「いえいえ、頑張ってくださいね」

 返してきたのはエリーゼさんだった。

「では、これにて……」

 あたしたちは一斉にウィンド・ドラゴンに騎乗した。

 そして、飛び立つ!!

 見る間に小さくなる街の光景を目に焼き付けてから、あたしたちは一路『大結界』を目指す。

 結構な距離があるが、ウィンド・ドラゴンの速度ならあっという間である。

 ほどなく『大結界』上空に到着すると、あたしは目を疑った。

「なにこれ……」

 辺りは悪臭漂う沼地。

 その中にぽつんと「祭壇」がある。

「最初はまともな場所だったんだけどね。長い年月の間にこうなっちゃったのよ」

 とエリナが苦笑しながら言う。

 ……なるほど、これでは陸地から近寄るのは難しいわね。

 ともあれ、『大結界』の様子を見るのが先決である。

 あたしはワール・ウィンドを「祭壇」の上に着地させた。

 他の皆も続く。

「じゃあ、いくわよ」

 いつものようにエリナがオーブを「祭壇」にセットすると、静かに降下し始め……ってちょっと待った!!

 あたしは慌てて防御魔術を放った。

 すんでの所で間に合い、あたしが張った魔力の壁の上に、容赦なく沼の泥水が注ぎ込む。 ……あぶな。

「あー、忘れていたわ。グッジョブ!!」

 エリナがそういう。

 ……忘れるなっての。

 そんなことを思っているうちに、『祭壇』は無事に最下層に着いた。

「特に問題はなさそうね……」

 魔方陣の青い光が照らす部屋を眺めつつ、あたしは呟いた。

 ただ、魔方陣の光が時々消えたり点いたりしている。

 不安定な要素といえばこれくらいだ。

「まあ、一応、直しておきますか……」

 あたしは複雑で巨大な魔方陣をイメージし、それをそのまま床に転写する。

 すると、魔方陣の光が安定した。

「これでよし。さて、帰りますか」

 こうして、あたしたちはアストリア王国への帰途についたのだった。

 この『修理』がとんでもない事を引き起こしているとは知らずに……。

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