第39話 誘拐されてみました
どれほど時が経った時だろうか。
不意に馬車が止まり、ドアの開く音が聞こえた。
「大変お待たせしました。到着です」
目隠しの向こうで男の声が聞こえ、そっと立たされる。
まあ、両手が封じられているとはいえ、魔術を使う分にはなんの問題もない。
この縄だって切ろうと思えば切れなくはないが、今は様子を見る事に専念する。
「足下にご注意ください」
まだ目隠しは取ってくれないらしい。
足で探りつつそっと馬車を降りると、まず靴を通して石畳の感触があった。
「こちらです」
両脇を誰かに掴まれ、あたしは無言のまま流れる水のように、無抵抗で従う。
抵抗するならとっくの前にやっている。
今後のためにも、あたしが魔道院院長であると知りながら、こんな事を企てたヤツの顔を拝んでおきたかったのだ。しばらく歩いたのち、男の声が聞こえた。
「この先は階段です。気をつけて下さい」
「そろそろ目隠し取ってくれてもいいんじゃないの?」
あたしは初めて口を開いた。
「申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください」
相変わらず上辺だけの、ちっとも申し訳なさそうにいう男の声に、あたしは黙ってうなずいた。
長い階段を細心の注意で降り、ちょっとした遺跡並のかび臭い空気を吸いながら、歩くことしばし。
耳障りな金属音が聞こえ、目隠しが外されるのと同時にトンと背中を押された。
「おっと……」
両手が使えないあたしを少しは気遣えと思った瞬間、またもや背後で金属音が聞こえ、カチリと鍵の音が聞こえた。
振り返って見ると、そこには鉄格子の壁。
辺りを見回すと、窓すらない小部屋。
どうやら、ここはどこかの地下牢らしい。
「このようなむさ苦しいところですが、しばらくご辛抱願います。明日には我が主が到着しますので……」
そう言って、男は一礼するとどこかに行ってしまった。
「さぁてと……。風よ、我が意に従え!!」
魔術を放つと、両手を戒めていた縄が簡単に切れた。
ある程度の魔術には耐えられる特殊な縄だが、あたしにかかれば普通の縄と変わらない。
「痛たたた……ったく、強く縛りすぎだって」
独り文句をいいながら、あたしは両腕をぐるぐる回した。
「……ふむ、単純な鍵ね」
次いで、鉄格子の鍵をチェックする。
今は解除しないが、これなら魔術を使わずとも簡単に対処できる。
伊達に遺跡探査をやっているわけではない。
「さてと、どこの馬鹿だか顔を拝んでやりますか……」
やることがなくなったあたしは、部屋の隅にどっかりと腰を下ろし静かに目を閉じた。 まだ眠くて仕方ないというほどではないが、先の魔法練習で疲れてはいる。
そういうときは、黙って目を閉じているのが一番である。
ほどなくやんわりと眠気が押し寄せ、あたしは睡魔に任せるまま眠りに落ちたのだった
「おい、寝てるぜ……」
「大した神経だぜ。全く」
男二人の声が聞こえ、あたしは静かに目を開けた。
どうやら、壁に背を預けたまま寝ていたようだ。
いかにもアウトローといった感じの服装をしたひげ面が二名、鉄格子の向こうでこちらを恐る恐るといった感じで見つめている。
「なによ。見世物じゃないわよ!!」
あたしは『光明』の魔術を使った。ただし、アレンジ版ではあるが……。
男たちの間に生まれた光球は、次の瞬間派手な音をまき散らして消失した。
「ぎゃぁぁ!!」
「や、やられた!!」
実のところ全く被害はないはずなのだが、男たちは悲鳴を上げて逃げ去っていった。
「まったく、オーバーねぇ……」
あの銀髪男が来る気配はない。窓がないので時間が分からないが、多分夜中だと推測してみる。あたしが誘拐されたのが昼過ぎくらいだったので、ざっと十二時間といったところか。
「あーあ、変な時間に起きちゃったわね」
どうやら、もう寝られそうにない。
眠気は元より、『魔法』の練習で使った体力と魔力も回復したようだ。
さて、どうするかな……。
「囚われの身ってのも、結構暇なのよね……ふぅ」
銀髪男は『我が主』と言っていた。
つまり、黒幕がいるわけで、そいつの顔を見るまでは、大人しくしておくべきなのだが……。
しかし、あたしの大敵は「退屈」なのである。
「よし、『イタズラ』してやるか……」
あたしは鉄格子に近寄ると、その鍵に強力な結界魔法を使った。
……そう、『魔術』ではなく『魔法』だ。
これでもう結界を解除しない限りは、この鉄格子のドアは開けられない。
さらに『掘削』の魔術で、鉄格子の向こうにある廊下にひっそりと落とし穴を仕掛ける。
穴の深さは2メートルくらい。まあ、命を落とすほどではない。
これで仕込みは終わった。
明日の銀髪男がどんな顔をするか、実に楽しみである。
「ふぅ、今日もいい仕事した」
よくよく考えてみれば、自分で自分をさらに閉じ込めた事になるのだが、それは気にしない方向でお願いしたい。しかし、全てが終わると、また退屈がやってくる。
結界魔法や『掘削』の魔術でそこそこ魔力を使ったが、疲れたというほどではない。
予想外に早く、遠くから階段を降りる足音が聞こえてきた。
「ん、時間計算間違えたかしら……」
そんな事を呟いていると、まずアウトロー男が顔見せ……派手な音と共に消えた。
「て、てめぇ、なんかしやがったな!!」
穴の下から声が聞こえるが、あたしは無視した。
「おやおや、大人しくして頂いていると思っていたのですが……」
困ったなぁという声で、しかし顔はにこやかに銀髪男が顔を見せた。
「おや、鍵になにか仕込みましたね……。なんでしょう。見たことのない魔術ですね」
『浮遊』の魔術で華麗に落とし穴の上に立ち、鍵を開けようとした銀髪男だったが、初めて困ったような表情を浮かべた。
「まあ、魔道院院長の嗜みよ。ここの男たちに、変な真似されないように、ちょこっとガードしたのよ。自分で解いてね」
ただの暇つぶしとは言えず、あたしはそう言って口笛など吹いてみせる。
「なるほど、これは失礼しました。……これは私では解除できない『結界』ですね。では、こういうことで……」
そう言って、銀髪男は鍵の周りをくり抜くように鉄格子を切断した。
「あっ、それ反則だって……」
あたしがクレームを付けると、銀髪男はただ一礼するだけだった。
……前から思っていたけど、なんかムカつく!!
「大変お待たせしました。我が主が到着しましたのでご案内致します」
そう言って、出ろと言わんばかりに手で示す銀髪男。
そういえば、縄を切断したことについては一切触れてこない。この程度は、織り込み済みってことね……。
「主って誰よ?」
『浮遊』の魔術で若干床から浮かび地下牢の部屋から出ると、あたしはすぐさま銀髪男に問いかけた。
「私の口からは申し上げられません。さあ、こちらへ……」
銀髪男についてあたしも廊下を進み、ひたすら長い階段を昇る。
すると、王宮の謁見の間並みに広い部屋に出た。
「ようこそマリー君。いや、マール君だったな」
全ての何かを押しつぶしたような、野太い声があたしの耳に届いた。
部屋の中にいたのは六人。
全て同じようなローブを着込み、あたしを取り囲むようにUの字型に置かれた玉座のような、豪奢な椅子に座っている。
……ん、この連中どこかで見たような。
「ご紹介します。旧アストリア王立魔道院執行部の方々です」
あたしの背後で、銀髪男がご丁寧な紹介をしてくれる。
……あーそうだ。思い出した!!
『長老会』こと、執行部のお偉いさんだ。
「これはお招きありがとうございます。『元』執行部のみなさん」
『元』を強調して、あたしはそう言った。
マリアの話では、全員各国にある『支店』に左遷させられたはずだが……。
「威勢がいいのう。まあ、若いうちはそれでええ」
別の誰かがそう言う。
旧執行部メンバーの名前など、あたしは覚えていない。
「早速用件に入ろう。現院長の君が持っている権限で、執行部を復活させて欲しいのだ。なに、君には悪いようにはせんぞ」
……ほい来た。このメンツを見て、あたしは大体用件を察していた。
「……嫌と言ったら?」
瞬間、背後から強烈な魔力と攻撃魔術で狙われた時に感じる、首筋辺りがむずがゆくなるような、ちょっと表現出来ない独特の感覚が走った。
「なるほど……ね!!」
あたしは振り向きざまに、ファイア・ボール(魔術版)を放った。
銀髪男はそれを予期していたかのように、実に優雅に避けた。しかし、それはあたしも予測済み。本当の目標は……。
「メガ・ブラスト!!」
過去の遺恨も込め、あたしは居並ぶ六名を対象に最強の攻撃魔術を放った。
突き出したあたしの両手から純白の光球がはじけ飛び、過去の記憶と共に全てを無に還す……はずだった。
しかし、光球は居並ぶ六名を通り抜け建物の壁に激突。そこで容赦ない破壊力を発揮し、建物の半分を吹き飛ばした。
「『幻影』ですよ」
はっと我に返り、あたしは背後から繰り出された剣の一撃を避けた。
「さすが噂通りですね。楽しくなってきてしまいました」
そう言って、残忍な笑みを浮かべる銀髪男。
「そう?あたしはいい迷惑だけどね!!」
ナイフを投げつつ、あたしは一気に銀髪男に迫った。
あたしのナイフを剣で弾き飛ばし、隙だらけの銀髪男の鳩尾に手を当て……一瞬殺気を感じ、あたしは反射的に後方に飛んでいた。
その空間を、銀髪男の剣が斬る。
「ったく、どんな運動神経してるのよ。あんたは!!」
再びお互いに向き合い、あたしは思わずそう言ってしまった。
ただのムカつくロン毛野郎でない事は、今のやりとりで分かった。
「それはこちらのセリフです。なかなかやりますね」
両手に剣を持ち、銀髪男はそう言ってニヤリと笑った。
「いちおう提案なんだけど、ここらで手打ちにしない? あたし戦闘が苦手でさ」
そう言うと、銀髪男は剣を構えた。
「私が受けた命令は、あなたの拉致とここへ連れてくること。……そして、あなたが我が主の提案を断った場合、即座にここで始末することです!!」
まるで流れるかのような動きで銀髪男は一気に間合いを詰め、そして嵐のような斬撃を繰り出してくる。
反射的に腰の剣を抜いて受けたが、元々剣は苦手である。次々と体中に傷が出来上がり、強烈な痛みが襲ってくる。……これは、ちょっとヤバいかも、
「トドメです!!」
あたしの首筋めがけて飛んできた二本の剣をなんとか一本の剣で受け止めると、あたしは『高速飛翔』で一気に間合いを取った。
「ファイア・ボール!!」
そして、着地するや否や攻撃魔術を放つ。
銀髪男があたしの火球を避ける隙を突いて、あたしはもう一度攻撃魔術……いや『魔法』を放った。
『ファイア・ボール!!』
タイミングはばっちり。これは避けられない。
銀髪男が防御魔術を展開すると同時に、あたしの攻撃魔法が炸裂した。
……ええい、頼む。これでおねんねしてくれ。
全身傷だらけなうえに、メガ・ブラストや不慣れな攻撃『魔法』など使ったおかげであたしの魔力はほぼ使い切った。
しかし、あたしの願いも虚しく、魔法の炎が拡散した中から銀髪男が歩いてくる。
かなりのダメージを負っているようだが、いまだ全身に纏った殺気は衰えていない。
「今のはなんですか。かなり効きましたよ……」
その顔にはあの笑顔はない。ひたすら残忍な笑みが張り付いている。
……まずい。このままだと、やられる!!
あたしは咄嗟に『穴』からサマナーズ・ロッドを取り出した。
もちろん、これで召喚術を使うつもりはない。
「そろそろ決着ですね。行きますよ!!」
瞬間、銀髪男の姿が消えた。
そして、凍り付くような殺気を感じた瞬間、あたしは叫んでいた。
「……広域展開!!」
バチッ!!という派手な音と共に、ドサリと重い物が倒れる音が聞こえた。
見るとあたしの足下に銀髪男が倒れ、全身を痙攣させながら倒れている。
その手に握られた二本の剣を無理矢理彼引っこ抜き、あたしはようやく人心地ついた。
……そう、前にも何度かやっていると思うが、召喚術の鍵となるサマナーズ・ロッドには裏機能があり、超高電圧の電撃放射機能がついている。
これは、時間が掛かる召喚術の代用というか、護身用というか、そのためについているもので、最大威力で展開すれば黒焦げどころでは済まないが、広範囲展開モードで発射したのでせいぜい三日くらい気絶するだけだろう。いくら正当防衛とはいえ、やはり対人戦闘で相手の命を奪うことは憚られる。極力避けたいものだ。
殺人が一度もないといえば嘘になるので偽善者ではあるが、これはあたしのポリシーだ。
「それにしても、ヘヴィだったわ……。あー、たまらん」
回復魔術を使う気力もなく、あたしはその場に大の字になって寝っ転がった。
……マリアたちが魔道院の「武闘派」を引き連れ、大挙して救援に訪れたのは、その翌日だった。
「全く、まいったわよ、今回は。マジで死ぬかと思ったわ……」
病院のベッドに寝かされたあたしは、見舞いにきたマリアにそう言った。
ちなみに、セシルはあたしに付きっ切りで看病と護衛に当たってくれている。
「それにしても、『執行部』がそんなことをね……・。ちゃんと処理したはずなんだけどなぁ」
マリアが腕を組みながら首をかしげた。
「あなた責めても無意味だからやらないけど、そういうことがあったとだけ報告しておくわ」
「分かったわ。こっちで調査してなんとかしてみるわね」
「よろしく」
マリアの「何とかしてみる」は本当に怖い。
本気で地上に住めなくなる。
「じゃあ、私は行くわ。お大事に」
そう言って、マリアは病室から出て行った。
こんなことがあったので、防犯上の理由から個室である。
セシルは部屋の外で立ち番をしているので、今は室内に一人である。
「さて、退院したらカリムのところにでも顔出すかな。暇してるだろうし」
そんなことを思いつつ、あたしは部屋の白い天井を見つめた。
無論「執行部」も気になるが、連中はあたしが相手出来るものではない。マリアに任せておくべきだろう。
そんなことを考えながら、あたしはうつらうつらと寝てしまったのだった。
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