馴れ初め 前編


「時が経つのが早いですね……」


夕刻。

仕事終わりに僕は大根先輩と和食屋に来ていた。

夕飯に並べられたある一品に思わず目を止める。

紅白なます(ダイコンとニンジンの料理)。

これを見るたびに、僕はあの時の事を思い出す。


Vegetableが結成けっせいされるほんの前の話。

***


数年前。

当時の僕は、農作物の売れ筋が悪くて頭を抱えていた。大切に育ててきた人参と大根はあまり売れず、悔しさと切なさを胸に秘めながら日々を過ごしていた。

そんなある日、大根という男は突然現れた。


「おい、お前」と。


僕が畑で作業している時に、ずかずかと人の畑に入り込んできた。

その時の僕は作物に夢中だった。

見知らぬ男に耳元で再度呟かれて、驚きのあまり尻もちをついてしまった。恥ずかしかった。

「な、な、な、何なんですか!?!!!?⁈」

「悪いな。そこまで驚くとは思わなかった」

男はツンツンした銀髪ヘアーにサングラス、黒い革のジャケット&パンツ&ブーツ。それに加えて、ギターケースを背中に背負っていた。


全身黒っ……‼︎


会場間違えたV系バンドの方かチンピラか痛い人かっ⁉︎

比べて、僕はみすぼらしい泥まみれの作業着姿っ…いや、明らかに場違いはこの人だよね!?

「あ、あのV系のライブハウスでしたら、この地域には無いですよ…」

「V系じゃねぇよ!!」

「ひいぃ、ごめんなさい‼︎それじゃ、僕に何の用で?」


男は僕を見下しながら、

「率直にいうぞ。お前、アイドルにならねぇか?」


「………………はぁ?」

何言ってんだ、この人。格好だけじゃなくて頭もヤバくないか…?

「ア、アイドル?意味のわからない冗談はやめて下さい。僕は野菜育てるのに忙しいんです。もうお帰りください」

僕は男をスルーして、畑作業に戻る。

「冗談じゃない。大真面目」

「遊んでる暇はないんです!」

「遊びじゃねぇよ。これは、ビジネスだ」

「……。」

「お前の家、いま困ってんだろう?」

「!!」

「図星だろ。いいのか?

このままだと、どんどん野菜は売れずに腐り、収入もなく、家族みんな野たれ死ぬぜ?」

「っ………!」

「俺ならお前を救える」

「他人のあなたに、関係ない事です…」

そう、関係ない。見知らぬ貴方にそこまで優しくしてもらう覚えはない。

「車に積んだままの大量の大根と人参、農協で売れ残って引き取ってきたやつだろ?」

男は僕の軽トラックを指差し言った。


この男、何者なんだ。

なんでここまで他人の家の事情に首突っ込んでくる?てか、なんで知ってるんだ。怪しすぎるだろ。

のぞき?ストーカー?警察に通報した方が良くね?


でも、言ってることはほとんど正論だ。

もしかしてあの人なら……。


駄目だ、色んな考えが入り混じってまとまらない。

一人で考える時間がほしい。


「……考えさせてください」

「いいだろう、せいぜい悩め」


男はあっさりと帰って行った。

嵐が通り過ぎたようだった。

やっと落ち着いて作業に戻れる。

でも、アイドルと売れ残った野菜に何の関係があるんだろう…?


「悩んでるのかい?」

背後から聞き慣れた声がした。僕のお婆ちゃんだ。

「お婆ちゃん。何でもないよ」

「…そうかい。いろいろ迷惑かけてすまないねぇ」

「ううん、気にしないでよ。やりたいからやってるだけ」

「ほどほどにね」

「はい」


その日の夜。夕食時も風呂に入ってる時も僕は考えた。

これからの農業、苦労して育ててきた野菜達の事を朝になるまで考え続けた。


そして答えが出た。


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