馴れ初め 後編

そして答えが出た。


「答えは決まったか?」

「はい。僕は子供のように大切に育ててきた野菜達を無駄にしたくありません!」


「いい返事だ。

なぁ、あの野菜まだ食えるよな?」

「ええ、もちろん」

「調理すればまた商品になるな」

「料理するんですか…?」


「いいから、俺を信じろって」


「あと、お前の婆さん、いや家族全員呼んでくれ。やっぱりこういうのはプロに頼まないとな」

「婆ちゃんを?」

「お前にも仕事がある。今すぐこのCD聴き込んで歌を覚えてこい」

「う、うた!!?」

「黙って言うこと聞け」

「は、はい!」


次の日、男に連れられて人通りが多い隣町の駅前にきていた。

「あ、あの、ここで何を?」

「商売だ。これ、トラックに貼っとけ。それから警察サツが駆けつける前にズラかるぞ」

「サツ?ズラかる?」

男が言ってることが全く理解できない。

とりあえず、男に渡された紙をガムテープで貼る。紙には太い字で紅白なます一つ五百円……って高っ‼︎‼︎?

昨日、僕の家族を総動員して作ってたのは紅白なますだったらしい。

僕の軽トラの荷台に乗るなり、あの黒いギターケースからギターを取り出した。


汚れを知らない無垢な白色、見事な曲線美を描く完璧フォルム。だが持ち手は偉大な自然の緑色。

まるで、このギターは……。


「大根みたいだ」

「っあ?なんか言ったか?」


っは!うっかり口から漏れてしまった。


「そのだいk、じゃなくギターは」

「見てろって」

男がギターを弾き始めた。

いつの間に荷台に積んでいたアンプから、音が奏でられる。

この人、ギター上手い。オシャレで持ってたんじゃないんだ。

しかもこのメロディー‼︎‼︎昨日、渡されたCDと同じだ。

「ほらお前も歌えよ」

マイクを投げられる。持ってんですか。

僕も一緒になって歌っていると、その音を聞きつけて人が群がり始めた。

す、凄い。


一人のお姉さんが五百円を握って、

「なんてカッコいいの…。ねぇお兄さん達、この紅白なます頂けるかしら?」

「5個くださぁい!」

「あぁん。イケメン見ながら食べると美味しいわぁ」

「私も!!!!」


「す、すごい。紅白なますが完売した…」

瞬く間に完売した。男はドヤ顔して、

「だろ?ありがたく思えよ」

「ええ、ありがとうございます!感謝してもしきれません。なんとお礼したら……」


「そこのお前らッッーーー!何している‼︎」

警察の方々が顔を真っ赤にしてこちらへ向かってくる。

「お礼は後にしろ!ひとまず帰るぞ」

急いで運転席に乗り込み、この場所を後にした。


しばらく車内は無言だった。

僕自身もう答えは出ているが、勇気がでない。僕なりに考えて出した結論。農業家の息子として、この答えは間違ってるかもしれない。

でも……。


「あの「礼はお前で良い」

「えっ…」

「来いよ」

「いいんですか? 僕なんかで?」

「ああ。お前だから良いんだよ」

「え、あハイ」

「それと、俺の事は大根……じゃ馴れ馴れしいから。そうだな、大根先輩と呼べ。いいな?」


だ、だいこんセンパイ?ん、んんん?


「??」


「お前は、人参だ」


僕はこの時はまだ理解も予想も出来なかった。。

帰宅後、突然に髪を脱色され、赤毛に染められたり、後々、野菜のアイドルとして売り出されるとは…。



「おい箸止まってんぞ。腹でも痛えのか?」

ハッと我に返る。

向かいでご飯を食べる大根先輩が僕のおかずを取ろうとするので阻止した。

「いえ、大根先輩。ずっと思ってたんですけど、どうして僕を選んだんですか?」

「それは……お前の歌に才能があるのを知ってたからな」

「え……?」

(どういうこと?)

「たまに演歌歌うだろう?」

「はい。祖父母がよく歌っていたのを覚えちゃって、たまに口ずさむ程度ですが…なぜ?」

「それはな…………前にむしゃくしゃして夜道をバイクで走ってた時に、ある民家から歌声が聞こえてな。探したら、風呂場から漏れるお前の歌声だったんだ」

「き、聞いてたんですか!!!!」

「ああ。お前に出会う前にな。ちなみに言うと、一ヶ月毎日通った」

やややっぱこの人のぞk

「盗み聞きじゃないですかぁあ!!!ヘンタイばかああ」

真っ赤に顔を染めた人参は窓の鍵を外して、身を乗り出そうとする。大根は慌てて止める。

「おい、食事中にやめろ!つーか、ここ二階だぞ!? 早まるな人参!」

「はなしてくださぁぁい!!うわぁぁん」



この人に見つけてもらえて、そして、選んでもらえて良かった。

大根先輩のおかげで僕は生まれ変われたんだ。

風呂場の歌を盗み聞きされた事は許せないけど、それ以外すごく感謝している。この恩は一生かけて返していこうと思う。


貴方は僕にとって救世主で半身だ。

願わくは、どうかずっとこのままで……。


大根先輩と僕、二人で並んで歩いて行けると思っていた。


その時までは……。

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