第9詩「シェルファの丘」
『今夜きみがお星さまになるってね、ママがいってた。
とおくにいってしまうんだってね、パパがいってた。
だからね、わたしたちお別れをしないといけないんだって。』
きみの好きなオレンジ色の便箋にね、きみにいいたいこと書くんだって。
『それでね、ううんと。
わたしはなんだかね、よくわかんないけど眠ってるみたいな、
ぷかぷか浮かんでるみたいな、ふしぎな気持ちなんだ。』
それはね、たとえばー
『きみとふたり、ハルジオンの花畑でお昼寝をしたような。
きみとふたり、メイプルツリーの下で待ち合わせをしたような。
いまにも動きだしそうなわたしたちが主役の絵本を眺めてるような。』
そんなかんじ。
『眠れなくてベッドの中でぐるぐる考えてみたんだけど、
なんだかふしぎよ、だってまるでわたしじゃないみたいで。
どうでもいいことばかり頭の中に浮かんではきえてくのよ。』
きみのしょんぼりした寝癖とか、とってもだらしないシャツとかね。
『だからね、窓をひらいて勇気をだしてひとりきりでかけたわ。
だって月がゆれて星がささやいたら約束の時間ってきみがいったから。
それなのにきみは迎えに来ないんだもの、わたし先にいくからね。』
約束をやぶって迎えに来ないきみがわるいんだからね。
ーコツ、コツ…。
『ねえ、岬の灯台のひかりをおぼえてるかな?』
きみはいつもあそこでひとりきり絵をかいていたよね。
ずっと潮風をあびてるからきみの皮のブーツはかさかさで…。
それでも絵をかいているきみの横顔はいつもいきいきしてた。
ーコツ、コツ…。
『それと、生誕祭のシェルファの丘のこと』
きみにねだってあそこでわたしの絵をかいてもらったよね。
だってそうでもしないときみはこっちを見もしないから…。
キャンパス越しに見つめたきみの顔はすこし照れくさそうだった。
ーコツ…。
『ねえ、もう歩けないよ』って
『ねえ、もうつかれてしまったわ』って
きみとふたりの帰り道で、わたしいつもいってた。
深い理由なんてないのよ、いつも、ただきみを困らせたくてー
そう、それだけなの。
「ばかみたいでしょ」
わたし、あきれるくらいに。
「今夜きみがお星さまになるってね、ママがいってた。
とおくにいってしまうんだってね、パパがいってた。
だからね、わたしたちお別れをしないといけないんだって。」
けどね、こうしてひとりきり、シェルファの丘の上にいたら。
だれかがみつけてくれるような、そんな気がしたんだ。
ううん、だれかじゃなくて。
「だからね、お別れがわたしをみつけるまえに」
ほんとはきみにみつけてほしかったんだ。
「きみをみつけたかったんだ」
シェルファの丘の上で。
「シェルファの丘の上で」
すみわたる孤独のような、すみわたる夜空に。
きみの好きなオレンジ色の紙飛行機を。
ひとつ、空に浮かべて。
ふたつ、そっと祈るように。
みっつ、きみのなまえをよんで。
「きみとふたり、ハルジオンの花畑でお昼寝をしたような。
きみとふたり、メイプルツリーの下で待ち合わせをしたような。
いまにも動きだしそうなわたしたちが主役の絵本を眺めてるような。」
そんなちいさな想いのひとつひとつに、わたしは別れをうたう。
すみわたる夜空のような、藍色のキャンパスに。
すみわたる孤独のような、きみのオレンジの筆が。
ちいさな軌跡をえがいて、わたしはいまシェルファの丘の上。
どこまでもひとりきり、朝をむかえる。
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