第7詩「ガラス玉」

溜め息がコーヒーに溶け込んだほろ苦い休日。

角砂糖がとろとろと消えていくような四つ角Avenueのカフェ。

向かいの席の君はガラス玉を光に透かして世界を覗き見る。

まるでPeepingTomね、何て冗談めかして私は頬杖を。


「夫人の裸よりもチョコレートが欲しいね」と君はMenuを開く。


コーヒーにChocolateを継ぎ足してからんからん。

君のスプーンがPureWhiteの砂糖の海を巡りだす。

混雑して、くるくるした癖っ毛の、猫のような君。

気まぐれにガラス玉をテーブルの上に転がした。


「此処から見たい世界なんて見えやしない」と君はMenuを閉じる。


The Beatlesの『In My Life』が退屈な休日に溢れ出す。

欠伸を噛み殺す君はうんざりするような胡乱な目をする。

転がるガラス玉は私のカップにもたれかかっている。

私は人差し指と親指にガラス玉を挟んで目線に合わせる。


「昔は此処から何でも見える気がしてた」と私は空いた手で髪をいじる。


「空を飛ぶ車に感情を持ったロボットとか?」と君は空を仰ぎ見る。


“大人になるってもっとずっと素敵な事だって思ってた

仕事だとか結婚だとか、政治だとかそんなものに囚われない

自由で夢を抱いて自分の力で歩いていけるのが大人だって”


ーいつからか、私たちは責任を片手に言い訳が上手になった。

お金を稼ぐために、生活をしていくために純真さに目を瞑る。

遠く幼い日にガラス玉越しに覗き見た幻想的な、虚構の世界。

具体性も何もかもを排除した、何色にも染まらない無垢。


《あの日あの場所で私たちは何を夢見て何を囁きあっていたのだろう。》


「世界に取り残されたみたいだ」と君は零す。


右手を額に重ねて、差し込む陽に、目を細める君。

その向日葵のような、太陽に注がれる憧れの瞳は、今も変わらない。


「見るものが変わってしまったのかも」と私は零す。


児戯に等しい未来予想図はすっかり色褪せて。

ガラクタ仕立てのコンパスは方角を示さない。

この掌が今も握りしめるものは、小さな小さなガラス玉。

置いてきた幼い夢や希望を、いまはもう見る事は出来ない。

たとえ今このガラス玉を覗いても、そこに映るのは鮮やかな今。


Hello,Hello.

絵本を開いてまだ見ぬ未来に目を輝かせたあの日の私たちへ。

Hello,Hello.

夜が怖くてベッドの中で震えて朝を待ったあの日の私たちへ。


私たちは今も苦いコーヒーを飲めないまま、大人になりました。

無垢の追憶としてテーブルを転がるガラス玉はあの日のままです。

けれど、夢見た世界は見えなくなってしまいました。

私たちはそれを哀しいと思う暇もなく、時の流れを享受します。


忘却の彼方、あの地平線にあのときめきを散りばめたように。


「あの日の色彩を」

「あの日の記憶を」

「あの日の感情を」


全て全て日常の中に埋没させて必死に呼吸するの。

目まぐるしい日々の中、まるで溺れるように。

水面を見上げれば螺旋を描いたガラス玉が浮かび上がって。

私たちはまるで瓶底に閉じ込められた小人のように溜め息。


「でも息苦しくはないでしょう」と私。


「疲れているだけ。ほんの少しね。」と君。


甘さが立ち上るカップに口づけてほんの少し窮屈な毎日。

休日の昼下がり、退屈な街並みに飾られたこの場所で。

前よりもまた大人びた振る舞いの中で微睡む私たち。


儚げなシオンの揺れる便箋を添えてー未来から過去へFarewell。

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