第3詩「放課後ノート」

謙虚・謙遜けんきょ・けんそん」なんて君がノートの端っこに書き記す。


「なに、それ?」と僕は君に視線を向ける。


「わからなくていいの」なんて君が頬杖をしながら微笑む。


「けど、知りたいよ」と僕はいつものように肩をすくめる。


「明日世界が終わるなら」なんて君は髪先をいじりながら書き記す。


「リンゴの木を植えるんだろう」と僕は君の文章の下に添える。


「ううん、金木犀がいいな」なんて君は窓から外を見やる。


君越しにカーテンが揺れるのが見える。

夕日色に染まる君の横顔と夕日色に切り取られた風景が見える。

さらさらと流れる君の長い黒髪が陽を受けて寂しくきらめく。


ーその横顔は誰を思っているの、なんて。

ーその視線の先には誰がいるの、なんて。

ねえ僕には言えるわけがない、話せるわけがない。


「それでね、金木犀はあなたに贈るわ」なんて君が口ずさむ。


「伝わらなくてもいいの」なんて君が口ずさむ。


「だからあなたはただ受け取ってちょうだい」なんて君が僕を見つめる。


音のない放課後の景色はやさしくじんわりと染みこんでいく。

まるで僕も君もこの時間に取り残されたように染まっていく。

夕日を背に受けた君の表情はよくわからないけれど。

君も僕と同じように微笑んでいてくれたら。


ーきっとこの止まった時間も動き出すのに。


「謙虚・謙遜な私らしい伝え方でしょ」なんて君は悪戯っぽく笑う。


「明日世界が終わるなら」と僕はノートに走り書きをする。


「りんごの木を植えるんでしょう」と君は僕の文章の下に添える。


「ううん、僕も金木犀を」なんて僕は君を見つめる。


「それでね、僕もお返しに金木犀を君に贈るよ」なんて、


「君とは違う想いを込めて」なんて、


「もしかしたら同じ想いを」なんて、


僕は書き添える。


「僕は伝わってほしいから」


………………………………………………………………………………………


「金木犀」花言葉

謙虚、謙遜

真実、真実の愛

初恋、陶酔


マルティン・ルター (1483-1546)ドイツの神学者、宗教改革者

「もしも明日世界が終わるなら、私は今日リンゴの木を植えるだろう。」

"Wenn morgen die Welt unterginge,

würde ich heute ein Apfelbäumchen pflanzen."


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