第3羽



 それから何日かしたある日、兄が怪我をして帰ってきた。

 先に帰っていた夜斗と母は、飛び上がって驚いた。


 僧侶に見つかり怪我をしたのかと母が兄に尋ねると、兄は困ったように笑いながら頬を掻いた。



「違うんだよ、母さん。今日は久しぶりに食料を取りに行ったんだ、そうしたら木の高い所に美味しそうな木の実が生っていることに気付いて、取ってこようとしたんだけど。うっかり足を滑らせてしまってね、落ちたんだ」



 安心してはいけないのだろうが、ただの不注意での怪我ならば叱るくらいで済む。母はそっと胸を撫で下ろすと、今度はぷりぷりと怒り出した。

 兄はうん、うん、と大人しく叱られながら恥ずかしそうにに笑っていた。そのやり取りを見ていた夜斗も、凍り付いたように固まっていた体の芯がゆっくりと解れていくのを感じてほっと息をついた。

 初めは黙々と手当をしていたがすぐに兄をからかうことに楽しさを見出し、合間に手当をする。

 兄も邪険にすることはせず、これまた恥ずかしそうにしながら手当を受ける。


 明日からしばらくは兄の食糧調達に同行するように母から言いつかった夜斗は、びしっと敬礼して見せ、兄に向ってにっかりと笑った。

 兄は眉をしかめながらも笑ってうなずき、一通り叱り終えた母は夕食の支度に戻る。



「それにしても、兄ちゃんがそんなにのろまだとは思わなかったよ」


「なんだと」



 母の支度が整い、家族団らんの時間を過ごしていたところに、夜斗が先程の話を蒸し返した。むっとして夜斗を睨みつけた兄だが、事実その通りなので強くは出られない。



「だってそうでしょ? ただでさえ兄ちゃんは僕より木登りが下手なのに、そうやって怪我までしちゃって。しょうがないから明日からは僕が兄ちゃんの代わりに高い所にある物は取ってきてあげるね」


「それがいいわね。でも夜斗。あなたまで怪我をするようなことがあっては駄目よ? 母さん、びっくりしちゃうから」


「もちろん! 兄ちゃんみたいなことにはならないよ!」


「お前、しつこいぞ!」


「お兄ちゃんは大人しくしてなさい」


「ちぇ。何だよ、母さんまで……」



 ふてくされる兄に、どうだとばかりに胸を張って見せる夜斗。

 それを見た兄が怒り出すが、母に止められる。

 何度かそのやり取りを繰り返すうちに家族団らんの時間は終わり、それぞれの部屋に分かれて眠る。


 夜空に浮かぶ月は、もうすぐ満月になりそうだった。






 兄が怪我をして数日が過ぎた。

 怪我はもともとかすり傷程度のものだったため、すっかり完治したようだ。

 食糧調達に、もう夜斗を連れていく理由はなくなった。



「ちぇ、もう良くなったの?」


「なんだよ、不満か? 兄ちゃんが元気になったのが不満なのか?」


「もう!そういうんじゃないってば!」



 ここ数日からかわれた仕返しだろう、ここぞとばかりにからかってくる兄に、夜斗は頬を膨らませながらかみついた。

 そのやり取りを傍で眺めていた母も兄と一緒にくすくすと笑いながら、まだじゃれている兄弟を促す。



「ほらほら。誰もいない今のうちに早く出掛けてしまいなさい。夜斗ちゃんは今日もあの場所へ?」


「うん! 今日はもっと面白いものがないか、探検する範囲を広げるんだ。おっちょこちょいな兄ちゃんより早く帰ってくるからね、もちろん怪我なんてしないから!」



 言い終わらないうちに母の弁当をしっかり握りしめて夜斗は駆け出し、残された母と兄はやんちゃな夜斗の後ろ姿を眺めながら困ったように笑いあった。


 いつもの大きな木の根元まで駆けてきた夜斗は、息を整えるためにまたいつものように寝転がった。

 いつものように優雅に流れる雲を眺めながらぼーっとする。

 息が整うと、夜斗は勢いよく起き上がって辺りを見渡す。

 大きく深呼吸をすると、得意の木登りを活かして遠くを見渡そうと木に登る。


 冬の気配が一層濃くなった森には、もうあまり葉が見当たらず。

 枝ばかりが澄んだ空に向かって伸びていた。

 触れただけでも折れてしまいそうな木々が広がる景色を眺めながら聞き耳を立てる。

 どこかで斧を木に叩きつける音がする。

 夜斗が音がする方へ向くと、やがて一本の木がめきめきと音を立ててその身体をゆっくりと倒していく音が聴こえた。

 振動こそ届かなかったが、周りにいた鳥たちが悲鳴を上げながら飛び立っていくのを夜斗は黙って見つめていた。



「そんなことをするから、住む場所がなくなるんだ」



 心地の良い場所にいるのに、どうしてか夜斗は腹立たしい心持になり、木を降りた。

 気晴らしに自分も食糧調達をしようと、いつもの大きな木を目印に色々と散策してみることにした。

 あの広場から少し入ったところに大きな栗の木があるのを見つけ、とげが刺さらないように注意しながら抱えられるだけを持って大きな木の根元に集める。

 それを繰り返すうちに段々と楽しくなり、他には何かないかと探し歩いてコケモモを見つけた。

 これも持ち帰ろうといそいそと集めていると、急に辺りが暗くなった。

 そのうちに雨粒が降ってくるようになり、あれよあれよと雨足は強まった。

 抱えたコケモモをしっかりと抱えながら雨宿りできそうな場所を探していると、木にうろができているのを見つけた。

 これは助かった、と急いで駆け込むと濡れた身体を震わせながら空を見上げた。

 空は思いの外明るく、すぐに止みそうなのが判るとほっと息をつき止むのを待つ。

 その間にコケモモを一つ食べてみる。よく熟れていて嬉しくなり、一つまた一つと食べていく。

 途中でなくなりかけたコケモモに気が付き、軽く肩を竦めながら外を見る。

 いつの間にか雨は上がっていた。


 夜斗が再びコケモモを取りに戻る途中ふと空を見上げると、大きくはっきりと、虹がかかっていた。







・・・・

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