第五話 街娘の思惑
セルティアは南地区の噴水がある広場で魔物を見た。
為すべきことを済ませるため南地区を歩き回っていたところ、微かな気配を感じてそちらに足を向けていた。広場に近づくと人々がただならぬ雰囲気で駆け回っており、思わず額に手を当てたものだ。
噴水の周囲で騎士と魔物が対峙しており、暫く成り行きを見守っていたが、なんとか魔物を退け、住民は一先ず安堵する。同じ様にセルティアも一息ついた。
エルに渡した小瓶も、まさかあんな使い方をされるとは予想していなかったが、この際仕方がない。結果的に良い方へ繋がったはずなのだから。
魔物が去ったあと、エルが何事かを部下に指示している様子が目に入った。何気なくそれを眺めていると、ふいに目が合う。
(やばっ!)
咄嗟に顔を背け、目線だけを向ければこちらを凝視するエルの姿があった。
その視線に耐えきれず、セルティアはその場を逃げるように走り去る。
暫くして人通りの少ない路地に入ると、近くの壁にもたれ深呼吸をし、上がった息を整える。
(でも……と、いうか! いったいわたしは何をしているのよ!)
己を叱咤しつつ、セルティアは高鳴る鼓動を落ち着かせようと努める。
あの時、エルと目があった瞬間、何故かセルティアは逃げるように駆け出していた。理由を考えている暇などなく、勝手に足が動いていたのだ。
(もう。わけわかんない……)
自分でも不可解な行動に思わずため息をつく。目を閉じ、その姿を思い出してしまうと、頬に熱が灯る気がして、振り払うように数回頭を左右に振った。
「これってもしかしてアレなのかしら……」
俗世間で言われている言葉が頭を過り、眉をひそめる。セルティア自身はそういうことに余り興味のない方だと思っていたのだが。
「わたし、流行りもの好きだったかしら……それともファンになったとか?」
周囲に
(いやいやいや、あり得ない。少なくてもそんなそこらの街娘のような感覚はないはずだわ)
格好いいものは格好いいと人並みに思うことはあれども、ここまで動揺してしまうとは思いもしなかったのだ。
想像を絶するような、という表現が決して誇張したものでないほどにエルの容姿は整っている。それに世間の女性陣が密かに想いを寄せていることもなんとなく知っていた。
だから街娘と同じような感覚になってしまったのかと一瞬考えてしまうが、それこそセルティアにとってはあり得ない話なので一蹴する。
(まだドキドキしている)
そういえばいつだったか、美男子は目の保養になると、街の娘達は口にしていたのを思い出す。しかしそれは違うとセルティアは十分に分かった。
(あれはきっと心に毒だわ……)
こうも頻繁に胸が高鳴っていては体に悪いと思う。慣れればどうにかなるものなのかと思案するがそれはわからない。なにせ、セルティアにとって初めての経験なのだ。
「はぁぁぁぁぁ……」
深く長い溜息をつくと、やがて落ち着きを取り戻した。そして頭を切り替える。本当のところ実は結構非常事態で、よくわからない己の現象に頭を悩ませている場合ではないのだ。だから一先ずエルのことは頭の片隅へと追いやり、この先の行動を少し考えることにする。
騎士の方は上手くいきそうだ。大方セルティアの思惑通り事が運ぶだろう。あとは自身の役割をもう少し果たさなければならないので、そちらを急ぐ必要がある。
「……さて。そろそろこっちも仕上げに入らないといけないわね」
エル達が犯人の居場所を突き止めるのも時間の問題だろう。
そしてセルティアはその時のために念には念を入れて準備をお整えておく必要がある。
これはセルティアにしか出来ないことだ。
広場の噴水にも少しばかり用事があったのだが、今は騎士たちがうろついていて近寄りづらい。まだエルがその場にいたとしたら尚更だ。悪いことをするわけではないのだが、怪しまれるかもしれない。そんな中ではすぐに作業が出来ないので後回しにすることにした。
(あとは……あそこと、あそこね)
頭の中で南地区の地図を広げ場所を思い浮かべる。最後に噴水の広場に行くとして、夕刻までには終えられるだろう。
「何事も無く事が治まるはずないわよね……」
セルティアは疲れたように呟いた。
何事もなければそれに越したことはないのだが、そんな簡単な話ではなくなってしまっているのだ。
こんな事件が起こらなければセルティアがエルと面識を持つのはもっと、ずっと先の予定だったのだが、そういうわけにもいかない。それともいずれ、と後回しにしていたのがいけなかったのだろうか。
ともあれ、当初の予定を狂わし、事の発端を作った人物に小さな怒りを覚えずにはいられない。
(本当、どうしてくれようかしらね)
まだ見ぬ犯人に怒りの念を送りつつ、セルティアは街の人々に紛れ溶け込むように歩き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――(2023年3月13日改稿)
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