第四話 正しい薬の使い方
「はあ。今日もいい天気ね……」
セルティアは王都南地区の街並みを眺めながら、ゆっくりとした足取りで歩く。
波打つ黒髪をツインテールにし、スカートとリボンが歩みに合わせてひらりと揺れる。
「そして、平和よね」
誰に言うわけでもなく、セルティアは一人呟いた。
見た限りでは街は平和で、何事もなくいつも通りである。しかし連日起こっている魔物騒ぎは密かに住民に不安を抱かせているのだろう。どことなく、そう感じさせる。
(昨日の今日であの人はどうするのかしら?)
セルティアは昨日出会ったおとぎ話に登場する王子様のような容姿の騎士を思い浮かべる。
(アレを上手く使えば、犯人に辿り着くはずなんだけど……)
彼女が手渡した小瓶の液体は、使いようによっては今回の事件に大いに役立つはずである。
ふいに、セルティアは盛大なため息をついた。
(あの人の心配している場合じゃないわね。わたしはわたしで、やらなければいけないことがあるわ……)
本日も快晴の空の下、セルティアは南地区の街中を歩き回ることする。
◇◆◇
時刻は昼下がり、南地区の美しい噴水がある広場で事件は起こった。
いつもなら人々で賑わうこの時間帯であるが、しかし現在は少しでも早くこの場を離れようとする人で溢れている。
「ハレイヤ、住民の避難誘導を頼む」
「はい」
騎士の制服に身を包んだエルが指示すると、ハレイヤは返事をし、すぐに他の騎士隊に指示を与え始める。
「今回は数が多いですね、隊長」
「……そうだな」
ジェークはエルの横に立ち、広場を眺めた。
連日現れていた魔物は一度に一匹であったのだが、今回は三匹と数が多い。しかしどれも小型であることには変わりないのだが。
「もしかして……兄弟か?」
エルは眉を顰めて呟く。魔物は三匹とも同じ種類で、もちろん大きさから色形まで見かけが似ている。
魔物は唸りながら威嚇しているが、今のところ襲ってくる気配はない。警戒しつつも、下手に刺激をする前に、住民をこの場から避難させることが先決であろう。
「隊長、どうします?」
今回は数名の騎士達を引き連れている。たまたまエルとジェークが街を移動している最中に、巡回中のハレイヤが引き連れていた数名の騎士と出会った。魔物が出現したと騒ぎになったのはその直後のことである。
三匹も魔物がいるもといってもまだ子供のようだ。エルが出なくともすぐに倒すことは可能であろう。
普段は平穏な地域と言えど、騎士隊は常日頃から訓練を欠かさず行っているし、街周辺の警備から魔物討伐まで仕事の一貫である。
「そうだな……」
エルはきらきらと輝く粒子が入った液体の小瓶を眺めながら思案した。
「ああ、それ。使うんですか?」
隣のジェークも同じ様に小瓶を眺める。
思案しつつも顔を上げると、避難誘導されている住民とは少し離れたところに、『薬売りの街娘A』と名乗った少女と似た姿が目に入った。
どうやら少女はエルではなく、三匹の魔物を眺めてはため息をついている。
「……ジェーク。行くぞ」
「え? 隊長がですか?」
エルの呼びかけに、ジェークは驚いた声を上げていた。
わざわざ騎士隊長のエルが出向く必要がないことは承知の上だ。これだけこの場に人数が揃っているのであればハレイヤに全て任しておけば何も問題がないはずだ。
しかしこれはせっかくの機会と考えることもできる。
小瓶とジェークを見比べ、遠巻きに眺めている『街娘A』をもう一度見る。
(そうだな)
一つ頷いて、エルはジェークに小瓶を握らせた。
「ジェークに任せる」
「えええっ?!」
明らかにうろたえた様子のジェークであるが、気にするつもりもない。渡された側はその小瓶の中身が高価なものと既に知ってしまっているためか、落としてしまわないように強く握りしめていた。
「ジェークが思ったように使っていいよ。俺はジェークの閃きに任せた」
「……隊長、それって……」
ジェークが続く言葉を飲み込んだのがわかる。
単純に考えることがめんどくさくなっただけなが、恐らくジェークだけに限らず様子を見ていたハレイヤにも伝わっているのであろう。
何も言わずエルのことをジト目で見てくるだけにとどめている二人を優秀な部下だと思わずにはいられない。
諦めたかのようにジェークが肩を落としたそのとき、魔物が突然住民に襲い掛かろうとした。しけしそれは騎士達によって呆気なく防がれる。
既に興奮状態へと陥っている魔物へエルとジェークも剣を抜き、いつでも行動出来るようにする。
「ジェーク、任せたからな」
念を押すようにエルは言う。
そして言い放つと同時に駆け出し、他の騎士達に魔物を倒してしまわないようにと指示を出した。
その指示にもちろん他の騎士達は最初戸惑うのだが、日ごろの訓練の賜物か、一早く順応もするのだ。
(あとは……)
騎士と魔物は距離をとりつつ、エルの指示に従っている。
背後を振り返るとジェークが悩んでいることがわかる。
ある程度無茶ぶりをした自覚はあるのだが、それでもなんとかしてもらわないと多少困る。
多少困るのであるが、実のところ思いつかないのならそれはそれで構わないと、エルは内心考えているのだ。
一番は住民に危害が及ばなければそれでいい。
そして自分がこの場にいる限りまずそのような事態に陥らせることはないと自負している。
(もしくは、あの街娘が動くか、だけど)
予想の域ではあるが、万が一小瓶の使い道を間違ったとすれば、遠巻きに様子を伺っている街娘Aが何かしらの動きを見せるのではないだろうか。
(まあ、他の騎士たちには
何も理由を聞かされていない他の騎士達からすればエルの指示は不可解なものに違いない。それを理解してはいるのだが、わざわざ今この状況で説明する気にはなれないというものだ。
ハレイヤあたりはそのことも含めて承知しているだろうと踏んで、エルは今から内心感謝し、改めてジェークの方を見る。
「……どうしよう」
困ったような表情でジェークは渡された小瓶をずっと見ている。
騎士達は隊長であるエルの言いつけをきちんと守っているが、積極的に攻撃に移れないとなると些かやり辛そうだ。長引けば不利になるかもしれない。
考える時間は必要かもしれないが、見極めは大事だ。
やはり何も思い浮かばないのであろうか、と諦めかけたその時、突然ジェークは魔物に向かって駆け出した。
一方には剣を握り、もう一方には小瓶を握りしめている。
「隊長!!」
「ジェーク」
足を止めることなくジェークはエルを通り過ぎ魔物へと近づく。
目の前には魔物が一匹、そして少し距離を置いてさらに二匹いる。
「……もう、やっぱり僕にはこれしか思いつきません!」
そう叫ぶや否や、魔物に向かって放物線上に握りしめていた小瓶を投げる。ゆっくりと降下する小瓶をジェークは自身の剣を振り空中で割る。すると透明の液体が辺りに飛び散り、それは目の前の魔物とジェークの剣を濡らした。そしてジェークが勢いを止めることなく剣を空中で切ると、剣についた滴が残り二匹まで飛ぶ。
「……これでどうだっっっ!!!」
ジェークの声と魔物が呻く声が重なり、一瞬魔物が怯むのが視界に入る。
しかし、そのあまりにも短絡といえるジェークの行動にエルは暫し呆然とした。
「ジェーク、お前……」
「だって、仕方がないじゃないですか!!」
エルが何事か言う前にジェークは喚いた。
「いろいろ考えましたけど! やっぱり直接ぶっかけるということ以外何も思いつかなかったんですよ!」
ジェークがいじけたような顔をするので、エルは何も言わずため息だけついた。
「まあ、結果オーライかな」
「へ?」
喚いていたジェークは気がついていなかったみたいだが、液体を浴びた瞬間、確かに三匹の魔物は変化を見せていた。
「……あれ、魔物は?」
今気づきました、と言わんばかりのジェークの発言にエルは呆れたように再度ため息をつく。
「注意力散漫だな。あっち」
エルは魔物がいる方向を指す。かなりその姿は小さくなっていた。
ほんの数滴であったが、それでも小瓶に入っていた液体は確かに効力を発揮したようだ。魔物が液体をその身に浴びた瞬間、突然動きを止めその身を翻していたのだ。
「……ジェーク。二、三人連れてあいつらの跡をつけてくれ」
「……? わかりました」
エルが目配りをさせるとジェークは訝しがりながらも頷き、近くにいた騎士を二人連れて魔物の跡を追った。
それを見届けたあと、エルはふいに視線を感じそちらを向く。すると、ばっちりと薬売りの街娘Aと名乗る少女と目が合った。
漆黒の長い髪を左右に分けて結び、そのへんの、それこそ本当に街娘と変わらない格好をしている。その腕には昨日と同様、紙袋が抱えられていた。
(あいつ……)
思わず凝視してしまい、話しかけようか暫し考えたがしかし、少女は直ぐに顔を背けて、逃げるように立ち去ってしまった。
集まった人をかき分けて追いかける気にもなれず、小さくため息をついてその小さな背中を見送ることにする。
この場の後始末を優先とし、一先ず今後の展開をいくつか予測することにした。
◇◆◇
「隊長。只今戻りました」
騎士隊本署の、一般に司令室と呼ばれる部屋にエルとハレイヤはいた。ここは執務室とは違い作戦を練るときに使用されることが多い。出入りするのは隊長副隊長はもちろんのこと、各小隊長や伝令役等様々だ。
「お帰りジェーク。で、どうだった?」
部屋に入ってきたジェークに目を配らせる。現在部屋の中にはエルとハレイヤ、それに各小隊長が数名いる。
広場に現れた魔物騒動を落ち着かせるためにエル達は先程まで慌ただしく動き回り、今もまだ数部隊が街の警護にあたっていた。その中でジェークはエルの指示により魔物を追跡していたのだ。
ジェークはエルの傍まで寄り報告をする。
「はい。どうやらあの魔物たちは街を出て直ぐ近くの丘に向かっていました」
「丘?」
「はい。街道や街外れの森とは反対に位置しているので……あまり足を踏み入れる人はいないんですよね」
ジェークはハレイヤが広げた地図を見ながらその場所を指す。
「この先に廃屋があって……魔物たちはどうやらそこに」
「廃屋……?」
ジェークの報告にエルは少し顔をしかめた。その様子にハレイヤは合点いったように頷き、説明を施す。
「隊長はご存知ないと思いますが、何年も前からあるんですよ。所有者もいませんし、辺鄙な所にあって魔物もいるので人も寄り付きません。放置している状態で……私も今思い出しました」
実のところエルまだこの南地区に就いて半年程しか経っていない。知らないこともそれなりにあった。
ハレイヤの説明を聞いて暫く思案し、エルは一度頷き呟いた。
「そこに何かあるかもな」
全てを解く鍵がきっとある。エルは少しだけ口元を緩めたのだった。
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(2023年3月13日改稿)
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