第六話 犯人の目的

 夕暮れの時刻。空は茜色に染まり、地平線を見ればあと幾分かで陽が沈もうとしている。

 王都南地区の街から少し離れれば、そこには広い丘がある。

 丘から見える夕焼けはとても綺麗なのだが、この場所は魔物も存在し、頻繁に目撃もされている。危険と分かっている場所に一般の人はおいそれと足を踏み入れることはない。

 ただ静かに過ぎる時間の中でその情景はどこか不気味さを含んでいる。

 エルとハレイヤ、ジェークとあと数名の騎士達、計九名は丘の上にある廃屋を目指していた。

 今回廃屋に向かうにあたって、正確な確証や根拠というものがないのであまり多くの騎士隊を引き連れて行くことはできなかった。

 初めエルは数名の騎士だけ連れて調査に向かうつもりだった。しかしそを副隊長の二人はもう反対をし、結局それぞれの小隊から一名ずつ揃えたメンバーとなった。

 念のため各小隊長に街の警備を強化するよう指示し、少数精鋭で今回の任にあたる。


「なんか……ここから見る夕陽って不気味ですね」


 ぽつりと、ハレイヤは呟く。

 あと数刻もしないうちに茜色は闇色に変わるであろう。そうなれば、さらに不気味に違いない。

 行動を始めるにはどうかという時刻ではあったが、事件を早急に解決する必要があることと、薬の効果の持続時間が不明の為、エル達は時間を惜しむ間もなく動き始めた。

 エルの推測ではあの薬には魔物を抑制させる力があるのではないかと踏んでいる。もしその通りならば、抑制されている間に片付けてしまいたいというものだ。


「……これか」


 廃屋の目の前まで辿り着き、エルはその建物を見上げた。予想していたよりも大きく、見れば館のようである。だいぶ老朽化が進んでいるが、それでもまだ立派なものであった。

 館について少し調べたが、ここ数年で使用された経歴はない。十年以上前に物好きの貴族がここの夕日が気に入ったとかで無理に建設させたらしい。だがその貴族も館の周りで頻繁に魔物が目に入ることに嫌気がさし、早々と手離した。それ以降何度か似たような貴族の所有物となったが、また似たような理由で手離されてきた。そうこうしているうちにこの土地の権利自体を国に返還され、館の持ち主はいない。あえていうならば、アリアレスという国となる。

 エルは壊れかけた門を開こうとし、ふとその手を止める。


「……どうやら中には魔物がいるみたいだな」


 顔を少し顰めて、その気配を感じ取る。微かだが、何匹かの魔物の気配がある。特に殺気立ったものを感じるわけではないが、用心するに越したことはない。


「行くぞ」


 エルが発したその一言と同時に一行は廃屋の館へと足を踏み入れた。

 中に入れば、そこは外観から想像していたよりも更に広い。大きな窓から差し込む僅かな茜色の光で、入ってすぐに大広間となっていることがわかる。また奥に続く扉以外、他に部屋と呼べるものが見当たらない。

 天井は高く突き抜けており、二階に続く階段もなければ、二階と呼べる場所も見当たらなかった。

 薄暗い広間を少し歩くと、何かが動く気配を感じ目を凝らす。


「……隊長」

「ああ」


 小さな呼び声と同時に剣を引き抜き、あたりを見回す。騎士達は警戒を強めた。


「……多いな」


 薄暗い部屋から現れたのは街に出没するのと似たような小型の魔物であった。その数、七匹。この中に昼間街に現れた魔物がいるかは判別つかない。

 魔物も騎士達に気づき唸り声をあげる。お互いに睨み合い一触即発というとき、突然また別の気配を感じた。


「……本命はこの奥にいるわ。魔物に時間を費やす暇はないんじゃないかしら?」


 ふいに聞こえたハレイヤではない女の声。エルは声が聞こえる背後、門の方を振り返る。

 そこには背中まで波打つ黒髪と、黒水晶のような瞳を持つ、先日『薬売りの街娘A』と名乗った少女がいた。


「こんにちは、騎士様。あ、こんばんは、かしら?」


 にっこりと笑う顔には幼さがあり、エルよりも幾つか年下のように見える。

 ゆっくりとした足取りで近寄ってくる少女を、騎士達は魔物を警戒しながらも驚いたような視線を送った。


「あなた……一体……?」


 ハレイヤは明らかにこの場にそぐわない街娘の格好をした少女を見た。搾り出される声には戸惑いが感じられる。


「わたしは……って、のん気に自己紹介をしている場合じゃないと思うわ」


 その言葉通り、魔物は突如牙を剥き、襲い掛かってきた。七匹の魔物はエルとハレイヤ以外の騎士達によってその攻撃を防がれる。

 それほど強い魔物ではないので、苦戦を強いられることはないだろう。

 その様子に少女はにっこりと満足気に笑った。


「どうやら魔物は騎士様達が相手をしてくれるみたいね。助かるわ。それじゃあ、わたしは奥に用があるから」


 言うと同時に少女は騎士と魔物の間を小走りで抜け、奥に続く扉の中へ入っていった。


「ジェーク、後は任せた!」

「はい!」


 エルはそう叫ぶとハレイヤと共に少女の後に続き奥の部屋へと姿を消した。


◇◆◇


 セルティアは廃屋に足を踏み入れると、魔物の相手を騎士達に任せ、本来の目的である奥へと進む。

 後から二人ほどついてくる気配があったが、この際そちらを気にしている場合ではなかったので放置することにした。

 長い廊下の先に続いていた部屋も、手前の広間と同じように広く、天井は突き抜けている。今は光を灯さない、豪華なシャンデリアが寂しくぶら下がっていた。


「……誰だ」


 部屋に響く低い男の声。セルティアは顔を顰めては立ち止まり、後からついてきていた二人――エルとハレイヤも直ぐ近くまで来てはその足を止めた。

 薄暗い部屋から姿を現したのは、その身体を青黒いローブで包んだ若い男である。

 陰険そうな雰囲気がいかにも魔術を使う者らしいとセルティアは内心思う。


「あなた、ね。わたしはセルティア、と名乗れば分るかしら? アレを返してもらいに来たのよ」


 セルティアの言葉に、エルとハレイヤは訝しがると同時に初めてその名前を知ることになるのだろう。一方でローブに包まれた男はその名を聞くと同時に目をぎらつかせていた。


「お前、魔女か。あの、魔女か。アレは僕のモノだ!! 僕の……誰にも渡すものか!」


 低く何度も呟き、自分勝手な言い分を放つ男にセルティアは少し眉根を寄せる。

 状況を今一理解しきれないエルとハレイヤであったが、何やら目の前の男が怪しいということだけは分ったようだ。


「どういうことか……説明はしてくれませんよね?」


 ハレイヤはあまり期待はしていない様子で、それでもとりあえずセルティアに訊ねたのだろう。少しでもこの状況を飲み込める情報が欲しいというこがわかる。

 何も説明せずにいるのは些かばつが悪いので、セルティアはなるべく感情を表に出さないように、簡単に説明を加えることにする。


「……そうね。簡単に言うと、魔物が街に現れた原因はあの人、ということになるわ」


 ため息をつきながら、冷たい視線を男に送った。

 改めてローブの男を見ると、怪しげな笑みを浮かべている。


(今度は何を企んでいるのかしら……)


 嫌な予感がする。

 突然男は握り締めた手を横へ突き出すと、その拳から鈍い光が漏れた。


「魔女よ……僕はこの力を有効に使ってあげるんだよ? 僕は大きな力を手に入れたんだ!」


 握り締めた拳を開くと赤い輝きがゆっくりと落下し、そして爆音のような唸り声とともに風が吹き荒れ、赤い輝きを包み込むようにして大きな影が現れる。

 唸り声に混じり、男の低い声が何事か言葉を紡いでは一気に魔力が湧き上がるのを感じられた。


「これは……」


 突然の出来事にハレイヤは呟き、エルはその表情を険しくしている。

 現れたのは土色に影が掛かった巨大な物体。かろうじて人型ではあるが、その大きさは実に人の三、四倍はありそうだ。


「なるほど……あなたはこれを操りたかったわけね」


 呆れたように呟くセルティアに騎士であるエルとハレイヤが顔を向けてきた。常人がこれを見れば驚愕するはずだが、セルティアにその様子がなく、それが逆に驚かせているのかもしれない。


「これは……?」

「一般的に……ゴーレム、って呼ばれるものだわ」


 ゴーレムとは人ではない。その巨大な力は魔術を扱うものによって従わされ、召喚することできる。魔術を扱うものからするとよく知られる知識ではあるが、騎士の二人がこの存在を見聞きすることが初めてであっても別段おかしくはない。

 驚きの声を出すハレイヤの横で、しかし、とセルティアは首を横に振った。


「まあ、わたしからすればこんなのただの成り損ないだわ」

「なんだって?! もう一回言ってみろ、魔女め!!」


 片眉を吊り上げて叫ぶ男をセルティアは一瞥し、その唇を吊り上げた。


「何度だって言うわ。これは出来損ないよ。そして……あなたにはこの力を扱いこなすことはできない」


 迷いのかけらもなく言い放てば、男は怒りを顕わにする。と、同時にゴーレムが低い唸り声を上げ、突然暴れだす。

 振り上げたゴーレムの巨大な腕が男を勢いよく突き飛ばし、男の身体が壁に叩きつけられた。


「なっ、なぜ……急に。まだ命令を出してなんか……」


 叩きつけられた男は、ゴホッ、と衝撃のあまり咳き込む。

 その顔は驚愕のあまり呆然とし、目を見開いて硬直してしまっていた。

 突然の事態にエルとハレイヤも驚きを見せていたが、それでも直ぐに剣を抜き構える姿は流石といったところだ。


(流石は隊長と副隊長といったところかしら?)


 一方事の張本人である男は完全に腰を抜かしてしまっており、騎士の二人と見比べるとため息をついてしまうのだ。


「はあ。だから言ったのに……」


 しかしゴーレムの唸り声によって、セルティアの呆れたような呟きはかき消され、誰の耳に届くこともなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――(2023年3月13日改稿)

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