第七話 魔女の分野
突如暴れだしたゴーレムを目の前に、ローブに身を包んだ男は硬直し、騎士の二人は剣を構え、険しい顔付でその動きを追う。
セルティアだけがこの状態に落胆し、呆れたようにため息をついたのだ。
「まったく。……自分の力量に合わないものを召喚なんてするからよ……」
息を吐きながら言うセルティアに、硬直していた男は言い返そうと口を開いたが、暴れるゴーレムの腕が掠り、結局言葉を発することができなかった。
(まあ、あの男がどうなろうと関係ないところではあるけど)
自業自得だと思うのだ。
責任もとれず、覚悟もない、そんな半端ものを助けてあげる義理は本来セルティアにはない。
男だけがどうにかなるのであれば、見捨ててしまうのもありかと思わなくもないのだが、結局のところそういうわけにはいかないのだ。
「仕方がないわね。……これはわたしの分野だわ」
顔を上げてゴーレムを見据えるセルティアはそう言うと、エルとハレイヤを目で抑える。それはこちらに任せろ、というもの。
意図が通じたかどうか不明だが、二人は一瞬顔を見合わせて動きを止める。続いて彼らが何かを言い出す前にセルティアは行動を移していた。
一気にゴーレムの目の前まで駆けると、その手を突き出し淡い光が溢れる。
暴れるゴーレムの腕がセルティアをかすめるがそれに構うことはない。
「――我が名はセルティア。召喚されし者、わたしに従いなさい」
澄んだ声が響くと、ゴーレムは突然その動きを止める。そしてその姿は溢れる淡い光に包まれていく。
「……在るべき場所へ戻るのよ」
小さくセルティアがそう呟き、続いて誰も知らない言葉を短く紡ぐ。言葉が紡がれると同時に淡い光は眩しいものへと変わり、ゴーレムの姿は光に飲まれて消え去っていった。
「はぁー。……こっちはこれでおしまいね」
完全に気配がなくなったことに安堵し、深く息を吐く。
自身の名の元にゴーレムを強制送還させたのだが、周囲にそれがどこまで理解できているだろうか。
セルティア以外が啞然としている様子に思わず苦笑してしまう。
「な、……なぜ、だ……」
一先ずの危険が去ったことを確認した騎士は剣をおろし改めて男の方を見ている。
それに倣ってセルティアも目を細めた。
ローブに身を包み体を硬直させていた男は愕然と声を絞りだし震えさせながら言葉にし、頭を抱える。
「なぜ、なぜだ!! 僕の……ゴーレムだ!! なぜ!」
なぜ、と繰り返し一人喚く男を見て、セルティアはもちろん、エルもハレイヤも呆れた眼差しを送る。
男がなぜ、という疑問を持つのにはもちろん理由がある。
基本的に召喚されたものを戻すことができるのは本人だけだ。本人以外が強制的に返還するとなると、それは並外れた力が必要となってくる。
それをセルティアが難なく成し遂げたということは、即ち。
セルティアの魔力が男のものよりは遥かに上回っていたことを表している。
だがこの場でそれを認識しているのはセルティア以外いないことは明白で、あえてそれらを他に説明するつもりもなかった。
ただゴーレムを失った男は気力を失ったのか、無抵抗で騎士に拘束されている。
「……魔女、セルティア殿で……よろしいでしょうか? 一体どうなって……?」
ハレイヤが男を拘束し終えると、改めて名前を確かめるかのようにセルティアに向き直った。
おそらく彼女の中で本当にセルティアが魔女であった場合、態度を改める必要があると判断をしたのだろう。
所属の立場にもよるが、この国において騎士と魔女はほぼ同等の立ち位置となっている。
「その通りだわ、ハレイヤ・ハーレンさん。それに、騎士隊長のエル・グディウム……って、二人ともそんなに驚かなくてもいいんじゃないかしら?」
エルとハレイヤは己のフルネームを呼ばれたことに驚いたようだ。二人して目を見開く様子にセルティアは逆に驚いてしまう。
「南地区では有名な騎士様であるあなた達を知っていても、何もおかしくはないと思うわ」
何しろ南地区の騎士隊長と副隊長である。その存在は他の騎士に比べ目立つこと必須だ。例え騎士と直接関わり合いにならずとも、名は知られており、特にエルに関して言えばその容姿のこともあって知名度は決して低くはない。
「確かに……」
冷静に考えてみれば、当然の指摘に納得を示す騎士二人。
「それに、あなたは特にね。一年半前、若干十六歳で四つ星の位を賜り、
セルティアの語る肩書きとその大きな瞳を受けたエルは微かにその表情を苦くした。
セルティアが語った説明は何一つ間違っていない。詳細について一般的には知られていない部分もあるが、一部の間では割と有名な話だ。
「わたし、一度会ってみたかったの」
(凄くかっこいいって噂だったし……)
セルティアはこっそりと心中で付け足した。予定していたよりも出会いが早まってしまったのだが、異例の人物に興味があったのは事実だ。それこそ、なぜ、と疑問に思う選択をエルは過去にしたのだから。
しかし今はそれを問うことはしない。
「……だから敢えて俺達を巻き込んだのか……」
エルは声を抑えて言い当ててくるが、それは決して怒っているわけではなさそうで、心なしかほっとする。
もしかしたら気分を悪くさせてしまったかもしれないと危惧していたので、一先ずそういう心配はなさそうだ。
「それも理由の一つにはなるわね」
それでもセルティアは少しばかり気まずくなる。
確かに会ってみたかったという理由もある。むしろそこから今に至る事の次第があるのだ。
手前の部屋から数人の足音が聞こえ、セルティアはそちらに顔を向ける。魔物の相手をしていた騎士達も追いついたようだ。
(はぐらかすつもりもないけど。仕方がないわね……)
セルティアは自身の掌を広げ、そこにある赤い光を見せながらゆっくりと口を開く。流石にこの場で何も語らないわけにはいかないだろう。
大勢を目の前にして、セルティアは自身の掌にある赤い光を見せた。掌で輝くのは指でつまめるほどの小さな赤い石だ。
「そこにいる人はこれを利用してゴーレムを召喚したの。で、召喚するだけでなく操れるようにもならないといけないから、温厚で意志の弱い子供の魔物でずっと試していたんだわ」
だから街に突然魔物が現れ、人々を襲うようになったのだ。
温厚な魔物の子供であれば、あの男でも操ることができたのだろう。
魔物が街中に入れたのは、召喚というよりかは転移に近いとセルティアは考えているのだが、魔術に明るいものがいない今、それを説明する必要もない。
(そもそも召喚も転移も似たようなものだしね)
原理は一緒で、ただ目的が違うだけなのだ。
温厚な魔物の子供を街中に召喚し、そして住民を襲うように操っていた。
全ては先ほどのゴーレムを召喚し使役するための練習だったのだ。
突然始まったセルティアの説明に騎士達は不思議そうに、その赤い石とセルティアを交互に見比べた。
「その赤い石にそれほどの力が?」
信じきれず疑わしそうな眼差しを向けられれば、セルティアは苦笑してみせる。
「そうね……魔導石……は知っているわよね? これはわたしが作ったものなんだけど、ゴーレムを召喚できる程度の力はあるわ」
「へえ、あんたが?」
エルが珍しいものを見るかのような顔をしているのも仕方がない。
魔導石は魔術を扱う者が、そこに魔力を込め術を施し創り出す石のことだ。しかしそれは容易なことではなく、それなりの技量を必要とし、込められる魔力が大きいほど強力で貴重なものとされている。
少なくても魔力の弱いものや、そこらの街娘が見様見真似で作れるものではないのだ。
「そうね。でも、本来これは召喚用ではないの。これは医療魔導機用に依頼されて作ったものなのよ? それをそこの人は依頼人から盗んで好き勝手使うんだから……全く」
セルティアは少し恨みがましそうに男に目配りをした。
魔や聖といった力は特別な器具を媒介として利用されることがる。特に魔の力を主とした魔導機は、大なり小なりとあらゆる形状や用途で利用されていた。
「……と、まあ。これが事の原因ってとこだわ」
偶然にも街でエルと出会ったので、ヒントを与えてエル達に動いてもらおうと思いついたわけである。
「なるほど。それでお前は、そいつを取り返すのに騎士隊を利用したってわけか」
エルの簡潔な物言いにセルティアは言葉を詰まらせた。決して間違えではないので、簡単に否定することは出来ない。
「そ、そういう言い方だとわたしが酷い人みたいじゃない……」
言葉尻の方は声が小さくなり、セルティアは俯き加減となってしまう。
言外に責められているような気がして、いたたまれない。
さらには、利用したといわれても当然だとセルティア自身が思っているだけに、真正面からエルを見ることができなかった。
セルティアのその気まずそうな様子からエルはため息をついき、さらにはハレイヤが何か言いたげにエルを小突いている。
「あのな、別に責めてるわけじゃないから」
「……わたしも何も話さないのはいけないと思ったわ。でも、探す人は一緒だから協力にならないかなあって……」
確かに、セルティアと騎士隊が探している人物は結果的に同じであった。しかしこれを協力と言い切れるかは些か微妙なところなので、断言しきれないのがつらい。
「それに……ちょっと厄介な事が起こるかもしれないから……あなた達に動いてもらいたかったのよ」
「厄介?」
その言葉にエルは眉を顰めた。
セルティアはハレイヤに拘束された男を見て、そしてエルを見つめた。その瞳が僅かに影を落とす。
「いくら操られてたとはいえ……親は子を亡くしたのよ……?」
男も、エルやハレイヤ達も、驚きに目を開く。セルティアの言葉が意味することは、想像が容易い。
街に現れていた魔物は比較的温厚でこちらから手を出さなければ襲ってはこないと言われている種類の子供であった。
実際、街の外ではたまに見かけられるが騎士隊が討伐を行うこともない。それほど害をなさない魔物と認識されているのだ。
しかし子供を殺された親は、怒りに任せて人を襲うのではないのだろうか。仕向けたのは男で、知らずとはいえ、怒りの原因を作ってしまったのは主に騎士達である。
騎士達は街を守るための行動をしたに過ぎず、誰に責められる謂れはない。しかし魔物の親はそんな経緯など知らないし関係ないのだ。
「あなたは……とても大変なことをしてしまったわ。あなたが操っていた魔物は本来群れで行動をする。そして、温厚であると同時に凶暴でもあるのよ」
表情には変化を出さず、セルティアは男に言い放つ。その声はどこか冷えていて、言葉の意味することに男は震えあがる。
「これがどういうことを意味するか、わかるかしら?」
そして、セルティアが危惧していた事はきっと起こるであろう。
遠くの方でその兆しが聞こえてきたのだから。
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(2023年3月13日改稿)
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