第二幕 魔女と弟子の日常

第十一話 南地区の不安

 闇が街を覆う時刻、人々は活動を停止し、静寂の時が訪れる。

 しかし魔の力が最も溢れ、強くなり、活動的になるのもこの時刻でもある。

 闇は光を嫌う。光のない世界を好む。それ故に静寂の時間は魔を纏った闇の好物なのだ。

 妖しい光を帯びたその剣は血肉を求めてただひたすらに彷徨う。意思を持たないはずの剣は、しかし目的を持って現れる。


 ――ワレニ、チカラヲ


 ――ワレニ……


 闇より囁かれる声が街のなかに木霊する。


◇◆◇


 最近、大国アリアレスの王都ベルイーユの南地区では辻斬りが起こりその話題で持ちきりであった。無差別に街の住民を切裂いては、その姿を眩まし、人々を恐怖させる。

 被害者は軽症で済む者もいれば、重症を負う者もおり、かろうじて死者がでていなかった。事件現場には被害者の血液がおびただしく痕を残しており、それにまた住民は不安をより一層とさせる。

 事件が発生するのは、決まって日が落ち、闇の時刻になったころである。暗くなり、夜が深まれば人通りが少なくなるので、目撃者は少ない。少なくとも、被害に遭う瞬間を見た者は被害者以外いない。

 街の治安を維持する目的も持つ騎士隊は、夜の見回りを増やし、巡回に徹してはいるが、なかなか犯人を見つけ出せずにいた。痕跡もつかめないままで、頭を悩ましている状況だ。


「治安がいいと言われている南地区も、これじゃあ形無しだな」


 騎士隊本署の執務室で幾つかの報告書に目を通した後、南地区騎士隊長、エル・グディウムはため息をついた。


「住民の不安も広がる一方ですので、早く解決したいものですが……」


 傍に控える副隊長のハレイヤも困惑した表情でため息をつく。目の前の机には今回の事件の報告書が山積みとなっていた。


「それにしてもおかしな話ですよね。これだけ巡回しているのに、犯人の姿が捉えられないなんて」


 同じく副隊長であるジェークも困惑した表情を見せる。

 犯人の姿を見たという目撃情報は少ない上に曖昧であった。それは遠目であったり、被害者が意識呆然とした状態の記憶であったりと信用に今一足りない。犯人の正体がわからない以前に、それらしき姿さえ捉えられないとなると事は深刻なものである。

 発生時刻が夜遅くということもあるだろうが、それにしても不自然すぎるのだ。夜の巡回を通常の倍に増やしているのだが、どうやってその目を掻い潜っているのだろうか。


「我々だけでなく、他の方々も調査に当たっていますが……成果はないようですね」


 ハレイヤは今朝方出会った、魔術部や調査部との会話を思い出しているようだ。

 エルもその場にいたが、確かに反応はいまいちであった。


「……それに、気になることもいくつかある」

「気になることですか?」


 エルから報告書を渡されたハレイヤは首を傾げた。


「被害者の傷は明らかに鋭利な刃で切ったものだろうけど……どの傷口からも微かに魔の力が感じられた。これは医療部にも調べてもらったから確かなことだよ」

「それじゃあ、魔術が関わっているってことですか?」


 ジェークは少し驚いたように身を乗り出した。魔術によって傷つけられた場合、直後ならその傷口から残りの魔力を感じ取れることがある。もちろん、これは時間の経過とともに消えてしまうのですぐに確認をとらなければ意味がない。


「……かもしれない。けど、魔術部がなんとも……顔を渋くしながら可能性はあるかもしれない、とさ」

「ああ、これですね。少量の魔力が残っていたことから察するに魔導機の類を使用した可能性もあるが、決定的なものではない……と」


 小さく書かれた但し書きを見て、ハレイヤは眉をひそめる。

 報告書の一番下に本当に小さくそう書かれている。見落としかねないほどの報告に、重要性は感じられない。

 しかしこれは報告書を作成した者が重要視していないだけで、この情報は十分重要なものではないかと察せられる。なんとなく魔術部の思惑を垣間見たような気がするのはエルだけではないだろう。


「まあ、魔力を多少込めた武器等も実際売られていますからね。……値は張りますけど」


 一般的な量産の剣とは違い、値が張る分それなりの威力があるそうだ。しかし聖騎士にとっては魔の力を込めている武器を扱うことは出来ないので、全く意味がないものでもあった。

 聖と魔という相反する力はその性質故に、反発し合う。よって、誰でも扱えるように調整され一般化されている魔動機なら問題はないが、直接魔力が込められているような武器で本来の魔の力を発揮させて扱うことは出来ない。逆も然りである。


「市販されているものの割りには、魔力が残り過ぎな気がしたんだけど……どうも魔術が関係するといい顔をしないんだな」

「ああ、魔術部の人って頭堅いですからね。頑固なんですよね~」


 ジェークが笑ながら言う。こんなこと魔術部に聞かれたら小言を頂戴されそうだが。

 しかしエルもハレイヤも否定はせずに、苦笑した。

 広い役所の敷地内で、魔術部の建物は騎士隊の建物とは離れた場所にある。各部署を総括するのは国なのだが、何故か魔術部だけが魔術連盟によって直接管理されている。なんとも可笑しな関係性だ。

 国の下という括りは同じはずなのだが、他の部署と群れるのを嫌う節があり、国もそれを容認しているのだ。

 そう言えば少し前に魔術連盟が苦手と言っていた人物がいたな、とエルはなんとなく思う。


「あ! 隊長! いいこと思いつきましたよ!!」


 頭を悩ませていた中、突然ジェークは明るい声を出す。エルが顔を上げると、彼は嬉しそうに笑顔を見せた。


「いいこと?」

「はい。名案ですよ! なんで思いつかなかったんだろ!!」


 そのはしゃぎ様に、エルとハレイヤは呆れ顔をし、先を促した。


「助っ人がいるじゃないですかっ! 一ヶ月前に例の事件で出会った、あの夢幻のま――ったい!!!」


 ジェークが全て言い切る前に、ハレイヤの拳が炸裂した。

 その威力に暫く頭を抱え、踞るジェークは、涙目で抗議する。


「……なにするんだよ、ハレイヤ!」

「……あんた、彼女との約束忘れたの? こんな誰が聞いてるかもわからない場所で大声で叫ぶんじゃないの!」

「あ、そっか……」


 途端にジェークはおとなしくなった。

 現在執務室には三人しかおらず、他の隊員はいないので聞かれる心配はないかもしれない。しかし、大声で叫べばその声は少なからず部屋の外へ漏れる可能性があるのは事実である。万が一、聞き耳を立てられていたら困るのだ。


「全く……しかし、隊長。ジェークの言う通り彼女の力を借りてはいかがでしょうか?」


 魔術が関係している可能性があるのなら、それは専門家に頼るのが一番である。役所の魔術部が当てにならないとなると、最良の方法であろう。


「一ヶ月……もうそんなに経つのか……」


 街に魔物が出没する事件から既に一ヶ月という時間が過ぎている。あれ以来、あの魔女の姿を見たことはない。

 エルは引き出しから一枚のメッセージカードを取り出した。


「そういえば、無償で力を貸してくれるとか言っていたよな」


 あまり当てにしていなかったのですっかり忘れていたのだが、街娘の格好をした魔女の姿を思い出し微笑しながら頷いた。


「まあ、何もしないよりはマシかな」


 おもむろに腰を上げて、エルは副隊長二人を見る。そして簡単な指示をし、例の魔女に会いに行くことにした。


「出掛けてくるから少しの間、頼む」

「各小隊には指示を出していますので、暫くは大丈夫ですよ」


 ニッコリとハレイヤが笑顔で答えれば、何も心配することはないだろう。エルはとても優秀な部下を持っているのだ。

 街を騒がしている辻斬りも出没するのは暗くなってからだ。それまではエルがいなくても滞りなく騎士隊は稼働する。

 魔女に会いに行くことで何が変わるか知れないが、思い出せば不思議と乗り気になるものだ。


「まあ、なんとかなるか」


 どこか楽しそうな口ぶりで一人ごちたエルは執務室をあとにした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――(2023年3月16日改稿)

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