第十二話 金と翡翠の双子

 南地区には商店街と呼ばれる場所がいくつかある。様々な商店が並び、住民の生活に必要な物が揃っている。

 その中でも、一番規模が大きく栄えている場所が、美しい噴水がある広場の周囲にある商店街だ。


「あら、今日もおつかい? えらいわねー」


 商店街の入口付近にある八百屋は品揃えもよく、主人と奥さんの仲がとてもいいことで有名である。

 その奥さんが微笑みながら声をかけたのは、まだあどけなく幼い二人の子供だった。


「あ、こんにちは!」


 七歳前後と思われる二人の子供は、性別こそ違うがその顔立ちはよく似ている。

 くせ毛のある灰色の髪を左右の高い位置でリボンで括っている女の子が、笑顔で答えた。

 横にいる女の子と同じような灰色のくせ毛を持った男の子は、丁寧にお辞儀をした。

 同じ顔立ちに同じ髪を持ち、更には同じ瞳を持っている。

 その瞳は特徴的で、金と翡翠の二色がそれぞれに収まるオッドアイだ。女の子の方は右が金で左が翡翠。男の子の方が右が翡翠で左が金の色を持っている。

 最初はその容姿に少なからず驚く人が多いが、何度も見かけるうちにそんなことには気にもならなくなる。

 可愛いお得意様を上機嫌で八百屋の主人は対応し、幼い二人の子供は荷物を分け合い、手を繋いで帰って行く。

 その姿は誰がみても微笑ましいものである。

 八百屋以外にも商店街に建ち並ぶそれぞれの店主が二人の姿を見かけては各々に声をかけていく。

 だいたい二日に一度は姿を見せる二人は、商店街の店主達の間で密かなアイドルとなっていた。


「……ねえ、ロール」

「……うん。わかるよ、リリー」


 商店街を抜け、慣れた道を仲良く歩きながら、暫くして金と翡翠の幼子は同時に立ち止まり、空を見上げた。

 雲一つない見事な快晴だが、それに反し子供達の表情には影を落とした。


「街が……」


 リリーと呼ばれた女の子は不安気にロールという己の片割れを見る。全てを言葉にせずとも分かり合え、それだけの繋がりがある。


「大丈夫だよ。早く帰ろう、リリー」

「……うん」


 お互いの手を強くに握り締めて二人は街外れの森の中へと消えていった。


◇◆◇


 南地区の西側にある森の中、エルは周囲を見渡しながら歩く。

 魔女セルティアから渡されたメッセージカードには“夢幻の魔女”という言葉と街外れの森の簡易地図しか書かれていなかった。

 その簡易地図を頼りにとりあえず森へと足を踏み入れ、暫くあてもなく歩いてみる。


「……で、なんで二人とも付いてきてるんだ? 俺は隊に残れって言ったはずだけど?」


 本来ならエル一人で赴くはずであったのだが、なぜか背後にはハレイヤとジェークの姿があった。


「なに言ってるんですか。隊長のことを心配してですよ、もちろん」


 と、笑み堪え真面目な顔を作りながらハレイヤは言う。


「まあ、ぶっちゃけ面白そうだからですけどね!」


 と、ハレイヤの横で満面の笑みを浮かべたジェークが言う。


「……お前ら……」


 それぞれの言い分に思わずこめかみに青筋を立てそうになるエルであった。

 隊のトップメンバーが揃ってお出かけとは如何なものかと思わなくもないが、優秀な部下は他にもいることを理解しているのでエルは小言を飲み込んだ。


「細かいこと気にしたら負けですよ、隊長。ほら、行きましょう」


 エルの心中を察したハレイヤは笑いながらその背中を押した。ジェークと違い、彼女は如何なる時も周囲のことをよく見ている。その彼女が大丈夫だと判断したのだから問題ないのだろう。


「それにしても、道に迷いそうじゃないですか?」


 辺りを見回したジェークは眉を寄せてため息をついた。

 この森は広い。魔物も少なく、実りも豊かなので、足を踏み入れる人は結構いる。しかし住民が踏み入れるのは森の手前だけで、基本的に必要以上に奥へは進まない。深入りは禁物なのである。昼間なら未だしも、一度暗くなれば、森に捕らわれ迷い、脱出することが困難となってしまう。

 『木漏れ日の森』や『迷いの森』と一般的には囁かれているが、古い人の中には『神隠しの森』と呼んでいる者もいる。


「これ、簡単すぎてわからないんだけど……」


 ジェークの意見に賛同するように、エルも地図を見てはため息をついた。

 渡された地図は簡単すぎて地図と言い切るには微妙なところだ。目的地を示しているのはだいたい森の真ん中辺りだろうと予測できるが、実際のところ現在地がどこかさえわからない状態だ。森に入り暫く真っ直ぐ進んでいるので、そろそろその中心部には着いてもよさそうなものなのだが、それでも定かではない。

 そもそも南地区に赴任して間もないエルはこの森の存在は知っていても足を踏み入れるのは初めてのことだった。

 背後の二人を振り返れば、どちらも森には詳しくないという。二人ともこの南地区出身のはずなのだが、森とは縁がなかったのだそうだ。


(そう言えば名を呼んで、と……)


 あの時の魔女の言葉を思い出す。確かに彼女はカードを渡したときそんなことを言っていた。


「……夢幻の魔女、セルティア……」


 カードを眺めていたエルはなんとなしにその名を思い出し、ぽつりと呟いた。

 すると持っていたメッセージカードが突然金色の光を帯びる。細い光の線が延び、先が見えない森の奥へと続いたのだ。

 持っていたカードには薄っすらと新たに地図が浮かび上がった。それは光が指す先と同じ方角で、先程よりもより細かな地図を見れば迷うことはなさそうだ。


「……凄い仕掛けですね……」

「さすが夢幻の魔女、といったところでしょうか」

「……そうだな」


 ハレイヤとジェークのそれぞれの感想にエルも頷いた。

 一般人がこんな芸当できるはずもない。こういう細やかな仕掛けを作り出せるのは魔術の特徴だ。人々の生活に溶け込んでいる魔導機と呼ばれる存在も元を辿れば魔術を応用しているものである。対となる聖術は癒しや再生・修復を主とし、限られた人が限られた場面でしか使用することはない。それこそ一般人が日頃から目にすることはほとんどないのだ。

 意外なところで魔術を見せつけられた気がして微妙な気持ちとなる。


「……とりあえず、行くか」


 先が見えない木々の中を指す光はどこに続いているのか。彼らが目指すのはこの光が導く先か、それともまた別の場所か。

 聖騎士達は魔女を求め、深き森の中を歩き続けるのであった。

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