第二話 街の薬売り

「隊長ー!」


 騎士隊の象徴である白い制服を着て、顎先で揃えられた紺色の髪を揺らし、手を振りながら声をかける。

 金糸の髪を持つ美男子こと、エル・グディウムはそれに気がついたようで、僅かにその整った顔を歪めた。

 金糸の髪を乱すことなく少女を助けていたエルは周囲を確認し他に懸念点がないかを探っている様子だ。


「お疲れ様です、隊長。流石ですね」

「ハレイヤ……」


 にこやかに声をかければ、エルは顔を引きつらせている。引きつった顔も格好いいと周囲に思わせるのだからある意味凄い。

 ハレイヤは隣を見る。女性の中では身長が高い方で、エルと並んでもほとんど差がない。ハレイヤの濃いブラウンの瞳にエルの姿が映った。

 エルは先日十八の誕生日を迎えたばかりで、少年と青年の中間ぐらいの年頃だ。整った顔立ちの中には幼さを垣間見せることもあるが、実のところ南地区の騎士隊長という地位に就いているので、知らない者がその事実を聞くと驚かれる。


(まあ、知らない人の方が少ないかもしれないわね)


 その若さで騎士隊長という地位にあることと、ずば抜けた容姿のこともあり、南地区ではそれなりに注目の的だ。特に女性陣の間では密かな人気を集めていることをハレイヤは知っているのだ。


「颯爽と少女を救う隊長、とっても素敵でしたよ」

「……何がだ。そもそも俺が出る必要もなかっただろう。お前でも十分対応できたじゃないか」


 嫌味なほど笑顔のハレイヤに対し、エルは相変わらず顔をひきつらせながら文句の一つを口にする。

 確かにあの場面をエルと同じ場所から目撃していた。瞬時に動けたであろことはハレイヤとて同じなのである。

 しかしハレイヤはエルの背を押して、自身はその場に留まったのだった。


「たまには体を動かした方がいいかと思いまして。気分転換にはちょうどよかったでしょ?」

「……だから俺を散歩に誘ったのか」


 本当ならエルは騎士隊本署の執務室にいるはずであった。連日発生している事件の事務処理に徹していたのだ。

 しかし何日も執務室に籠もりっきりでは身体も鈍ってしまうだろう。

 促したところで動かないことは承知済みのため、半ば強引に散歩に誘い連れ出したのだった。


「しかし隊長。間がいいのか悪いのか、分かりませんね」


 散歩といっても特に目的が決まっているわけではないので、普段は巡回することのない道をただ歩くだけだ。

 とりとめのない会話をしながら、たが確かに気分転換にはなっているだろうことを感じていたのだが、別の部隊の騎士が慌てて走る様子が目に入った。

 恐らくエルもそれに気がついていたのであろう。

 顔を見合わせると、二人同時に走り出す。そして一刻を争うような状況に遭遇したため、有無を言わさずエルの背を押したのであった。


「……全くだ。とりあえず、ここは任せる」

「わかりました。隊長はどうされますか?」


 ハレイヤは返事をするとエルを見た。彼は頭を軽く振ると背を向ける。


「……帰る」

「そうですか。それではお気をつけて」


 ハレイヤが頭を下げ、次に彼を見た時にはその姿はだいぶ遠くなっていた。


◇◆◇


 あの魔物の騒ぎがあったあと、セルティアは予定していた用事を終わらせて街の中をゆったりと歩いていた。

 カチャカチャと音を鳴らす紙袋を腕に抱え、あることについて考える。


(それにしても……あの魔物……)


 先ほどの魔物の事を思い浮かべては、嫌な考えにたどり着きため息をつく。あの場を離れてから所用を済ませつつも、それの繰り返しで自ずと俯き加減となっていた。


(もしかしなくても……でも、きっとそうだわ……)


 何度もループする考えとため息にその足取りは自然と重くなる。あの魔物と目があった瞬間、何か嫌な予感はしたのだ。

 そしてこの嫌な感じは今もなお続いており、原因が分かっているだけにどうしても気分が暗くなってしまう。


「どうしようかしら……って、あら?」


 俯き加減であった顔を上げると、そこには先ほどセルティアを助けてくれた美男子――もとい、騎士がこちら側に歩いてくるのが見えた。

 一人歩くその姿は誰が見ても絵になるほど格好いい。本人に気にしている様子は見受けられないが、周囲の、特に女性から熱い眼差しを送られている。

 セルティアは暫くその場に立ち止まり、彼を見つめる。周囲の様に熱い視線を送るわけではないが、遠目に見ても、密かに"王子様"と呼ばれている理由がわかる気がした。

 一方でその視線に気づいたのか、王子様と他称されている騎士、エルもセルティアの方を見る。


「……ああ、さっきの」


 セルティアとの距離が目の前までになって、初めてエルは彼女が誰か認識したようだ。


「こんにちは、騎士様。先ほどは助けて頂きありがとうございました」

「いや。……改まって言うことでもないと思うけど」


 丁寧に頭を下げるセルティアを見て、エルは気まずそうな顔をした。


「あら、そんなことないわ。……ただ、一つお聞きしたいことがあるのだけど、今いいかしら?」


 首を傾げて、できるだけ可愛らしく尋ねたつもりだ。

 セルティアは標準女性より小柄であり、そこらの街娘と変わらぬ格好をしている。

 特に怪しまれるようなことはないと思うのだが、目の前の騎士は何故か訝しんでいる様子で、そのことが逆にセルティアとしては気になった。


(何か、変だったしら……?)


 じっと騎士を見つめる。

 決して熱い眼差しを向けているわけではなく、相手の出方を見極めるためだ。


「構わないけど……なにか?」


 それはため息混じりで、胡乱げなものが含まれているとすぐにわかった。

 理想の騎士ならば、ここは爽やかな笑顔を向けてほしいところなのだが。


(なんだか想像していたのと違うわね……)


 一般的に騎士は紳士的だといわれている。

 一貫して言動が丁寧であり、特に女性に対し気遣いに溢れているーーというイメージがある。清廉潔白を連想させる身だしなみをしており、憧れの存在、とも言われている。

 一部の層による過大表現があることも否定出来ないが、おおよその印象は変わらない。

 しかしエルの場合だと紳士的と言うよりかはどこかなおざりな、めんどくさそうに感じさせてしまうのは果たしてセルティアの気のせいだろうか。

 目の前の騎士の態度に妙なものを見てしまった気分となり一瞬言い淀んでしまう。


「え、ええ。実は……」


 だがセルティアはそこまで言いかけて言葉を飲み込んだ。そして眉根を寄せ、エルの後方を黙ったまま睨むように見据える。

 セルティアの様子が突然変わったことにエルも不審に思ったのだろうか。倣うように背後を振り返り――あからさまに顔を顰めていた。


「……今日は厄日だな」


 疲れたようなエルの呟きは、虚しくも沸き起こる住民の悲鳴にかき消されたのだった。

 突然街中で起こった悲鳴の原因は一目瞭然だ。まだ人々が行き交う道の真ん中にいつの間にか、本当に音もなく魔物が現れていた。


「ったく、なんだってまた!」


 見るとエルは舌打ちをすると同時に腰から提げる剣を引き抜いていた。

 今回現れたのも先ほどと同様の小型の魔物であり、恐らくまだ子供であろう。


「また、か。うう……どうやら間違いないみたいだわ……」


 逃げ惑う人々の間を駆け抜けるエルの背中を見ながら、セルティアは呟く。

 こうも立て続けに街に魔物が現れるのは珍しく、むしろ異常である。

 都市には簡易的なものではあるが、魔物除けの術が全てを覆うように施されている。その為、滅多に魔物が侵入するどころか、近寄ることもないはずなのだ。よほど強力な、討伐隊が編成されるほどの魔物でない限り術が破られることはない。

 ただ極まれに術に綻びが生じ迷い込んでしまう魔物もいるが、本当にそれは年に一度か二度、あるかないかのことである。

 それがセルティアが知るだけで本日二度も起きた。魔物除けの術を知るセルティアとしてはこの事態は有り得ないとつくづく思う。

 術の綻びではなく、意図的に何か別の要因があると想像に難くない。


「……早いとこ片付けないといけないわよね」


 セルティアは思案気にエルを見ると、やはり今回も一瞬のうちに魔物を倒してしまったようだ。きっと彼からすればこの程度の魔物なら動作もないことなのだろう。

 そもそも前回も今回も現れた魔物は比較的おとなしくて、決して凶暴な種類ではない。こちらから手を出さない限り襲ってはこないはずなのだが、何故か現れたときにはすでに興奮状態となっており、見境なしに人々に襲いかかっていた。

 住民の誰かが騎士隊に通報したのだろう。数名の白服の姿が遠くから駆けてくるのがわかる。


「……ねえ、こういうことって最近よく起きるの?」


 静かにセルティアはエルのすぐ傍まで歩み寄ったため、少しばかり驚かせてしまったようだ。

 少し口ごもったエルであったが、じっと見つめ続けると数秒の後に嘆息しながら答えてくれる。


「まあ、二日前から特に」

「そう……やっぱりアレのせいかしら……」

「アレ?」


 最後の方は小さく、誰にも聞こえない程度で呟いたはずなのだが、エルには耳ざとく聞こえたようだ。


「なんでもないわ。ありがとう」


 しかしセルティアは彼の疑問の声もあっさりと流し、話を打ち切ることにした。今はまだこれ以上何かを語るつもりはない。


「それじゃあ……って、ああ、そうだ」


 追求される前にさっさと立ち去ることにしたセルティアであるが、ふと腕の中にある紙袋の中身を思い出した。一つの小瓶を取り出して見せると強引にその手に握らせる。


「これ、使ってみたらどうかしら?」


 小瓶の中に入っているものは透明の液体である。よく見るときらきらと輝く粒子が混じっており、光にあてるとよくわかる。

 普通はなかなか見かけることのない液体に、エルは怪訝そうに小瓶を傾けて確認していた。


「……これは?」

「えっと……今はまだ、何かは秘密なんだけど。次魔物が現れたとき使ってみて。それと、一つアドバイス」

「は?」


 にっこりと笑みを作り、セルティアは指を突き出した。


「魔物の後を辿れば――きっと犯人がいるはずだわ」


 そう、間違いなく犯人がいるのだ。

 魔物が街に現れるようになった原因となる人物が存在するはずで、騎士隊にはなんとしても見つけ出してもらいたい。

 もちろんこんな突然の発言、不審に思われないわけがないのだが。


「あんた、いったい――」

「わたしは、薬売りをしている、ただの街娘Aだわ」

「街娘……A?」


 なんだそれは、とエルが言葉を続けようとしていたのがわかったのだが、畳み掛けるようにセルティアは口を開く。


「まあ、犯人を捕まえたらわかるかもしれないわね?」


 人差し指を口元に当て、内緒話をするかのように少しだけ声を落として言う。

 そこには暗に、『正体を知りたいなら犯人を捕まえろ』ということを含めている。


「なるほど」


 その意図を瞬時に理解したのだろう。この時、目の前の騎士は初めて笑った。不敵な笑みではあるが、とても様になる。

 その不意打に、思わず見惚れてしまう。それが本日二度目となることに気づき、慌てて頭を振ったのでさらには不審にがられたかもしれない。


「と、とにかく頑張ってね。騎士様」


 笑みを見て突然高鳴る胸に驚きながら、挨拶もそこそこに、セルティアは逃げるようにその場から立ち去ることにした。


 その場には、きっと挙動不審であったであろセルティアを眺めるエルを残して。



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(2023年3月13日改稿済)

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