第一幕 騎士と魔女
第一話 街を駆ける騎士様
この国には騎士が存在する。
その役割は様々だが、一般的に街に籍を置く騎士は治安維持と警備を行うことを目的としている。各都市、各地区にはそんな騎士を纏めた部隊があり、それはここ南地区も例に漏れない。
王都ベルイーユの南地区は一言で言えば穏やかである。王都の地区の中では一番狭く、取り立てて騒ぎ立てるような特徴もない、平穏が目立つ地域だ。
あえて取り上げるのなら小綺麗な街並みと、南地区の中心にある広場に、美しい噴水と精巧な石像がそれを取り囲むように均等に並んでいることであろうか。
それでも王都内と考えれば些細な事に変わりはなく、民家と商家、それに一部の小さな公共施設が建ち並ぶのみである。
そんな穏やかな南地区ではあるが、狭いと言っても他国の一般的な街が二つ分は収まるほどの広さは有しているので、大なり小なりと日々何かしらの事件は発生してしまう。
それを解決に導くのは一般的に騎士の役目。
一度どこかで何かの事件が起これば瞬時に伝令が飛ぶ。出動するのは最寄りの部隊というのが定石となっている。
そして天気のよいこの日。雲ひとつない快晴の中、住民は騎士隊を呼ぶ。目の前の不安を取り除いてもらうために。
騎士は人々の為に駆けつける。それが騎士の務め。
だから騎士は今日も街を駆けるのだ。己の誇りを持って。
◇◆◇
ーー王都ベルイーユ南地区の住宅街の一画。
このあたりは普段なら閑静な住宅街だ。
背中まである漆黒の髪をおさげにし、黒水晶のような大きな瞳をもつセルティアは、この道をよく通る。
(……変な感じがするわね)
いつもとは空気が違う。ピリピリとした切迫した緊張感が漂っており、周りにいる人々からは不安と怯えの色が見て取れる。
さらには普段は巡回ですれ違う程度の騎士が、警戒するように数名とどまっている。
(何かあったみたいだけど……)
平穏な南地区にはあまり相応しくない雰囲気に疑念を抱きながら、よりざわめき立っている方へと足を向けた。
「そっちに行ったぞ!」
セルティアが角を曲がろうとしたところで怒鳴りつけるような声が聞こえ、驚きから思わずその足を止めてしまう。
(……あら? この気配……)
ふいに覚えのある気配を感じとったセルティアは顔をしかめた。嫌な予感がよぎり足早に先に進む。更に奥から知った気配が濃くなり、死角になって見えないその先に目を細めて凝視すると、半ば駆け出すように一気に角を曲がる。
「……あ」
黒水晶の瞳に映ったのは、怯える住民とそれを庇うように剣を構える三名の騎士。そしてその中心には小型の魔物の姿があった。その光景を目にした瞬間、非常事態だと瞬時に理解できる。
(やっぱり魔物。しかもこれは……)
セルティアは魔物を見た。そこにいる魔物は大きさから考えてもまだ子供だ。
人間の子供よりも一回り小さな姿は、普段の外観は愛眼動物と変わらず、危険視されることもほとんどない。
しかし目の前にいる魔物の眼差しは鋭く、大きく開かれた口からは凶器と思える鋭い牙を覗かせ、流れ出る涎から正気を失っているように思えた。
それらの様子を遠目で観察していたセルティアであったが、ほんの一瞬、その魔物と目が合ってしまう。
「危ない! 君、早く逃げなさい!!」
恐らく騎士の誰かがそう叫んだのであろう。
しかし魔物は既にその場から駆け出しており、迷うことなくセルティアの方へと向かっている。騎士も行く先を塞ぎ、阻止しようと試みているが予想以上に魔物の動きが素早く間に合わない。そもそもあの騎士は腰が引けていることから経験が浅いのだろうということが、騎士ではないセルティアからでも推測することができる。
しかし状況を把握した周囲からは瞬く間に、ざわめきがおき、恐怖が入り混じった悲鳴と、どよめきが沸き起こり、大変な混乱状態を生み出していた。
(さて、どうしようかしら……)
あくまでも冷静を保つセルティアは思案し伏せていた瞳を上げる。すると魔物はすぐ目の前に迫っており、今にも襲いかかろうとしている。
そこからは、まるで全てがスローモーションのようにその黒水晶の瞳に映る。
魔物は飛びかかり、周囲は一際悲鳴を上げ、それに包まれる。
そんな中でセルティアは目の端に何か白い ものが動くのを捉えた気がした。
(白……?)
それが何かを考える前に、気がつけば、直ぐ近くに人の気配がして、彼女の視界は白で覆われていた。
この瞬間、誰もが悲鳴を上げるか、目を逸らすかして、これか起こる惨劇を予想したであろう。
(なに……?)
しかし周囲の予想とは裏腹にセルティアが魔物に襲われることはなく、誰もが呆然と立ち尽くし目を見開いていた。
見るとセルティアと魔物の間に一人の騎士が立ち塞がり、彼女を背に庇うようにして魔物に剣を向けている。一体いつの間に、と誰かが問う間もなく、目の前の魔物を簡単に倒してしまった。
その一連の出来事はセルティアが数度瞬きをする間起きていた。
あまりに一瞬で、セルティアも周囲にいた住民や他の騎士達さえも呆然として、状況を飲み込めずにいる。
「ーーまったく。何事かと思えば」
ため息をついて、呆れた様にその騎士は呟いた。そしてその騎士は呆けている他の騎士達に指示を飛ばすと、彼らは我に返ったように慌てて指示に従い動き出す。
その様にセルティアを助けた騎士は上の立場にあたるのだと見当がつく。
「おい。大丈夫か?」
一通り指示を終えた騎士は、セルティアに振り返るのだが、その姿に今度こそ目を見開くことになる。
「―――っっん」
惚けたように口を開けてしまいそうになり
慌てて手で塞ぐ。
ちらりと見上げれば、目の前にいるのは誰がなんと言っても文句の付け所がないほどに美男子だ。少なくともそういったことに詳しくはないセルティアが惚ける具合には整っている。
(うわぁ……かっこいー)
輝く金糸の髪は微かな風に揺られてさらさらと流れている。シミ一つない陶器のような肌に海のように深く濃い碧の瞳、それに見合うようなすっと通った鼻筋と形のよい唇、全てのパーツが整い、美しいともいえる容貌。スラリとした細身の体型に騎士隊の白を基盤とした制服がまたその存在を際立たせる。
その姿はまるで御伽話に出てくる王子様を連想させる。
(この人もしかして……)
セルティアはまじまじと目の前に現れた王子様のような騎士を見つめた。時を忘れたかのように見つめている様は、見とれているようにも見て取れる。
そんな様子を見られている騎士は訝しそうにし、少しだけ声を固くしてもう一度声をかけてくる。
「……おい」
「……え?」
そこでやっとセルティアは彼の視線と声に気がついた。
目の前の騎士に見惚れていたことに多少の自覚はあるため、思わず言葉を詰まらせては目を泳がせる。
(そういえば……わたし、この人に助けられたことになるのよね……?)
目を泳がすのを止め、セルティアは目の前の騎士と改めて視線を合わせた。一般的な女性より小柄であるセルティアは、目の前の騎士とは二十センチ以上背丈が違うため見上げる必要がある。
「あの、助けてくれてありがとう」
上目遣いに見て、セルティアはにっこりと笑った。
ここで騎士も微笑めばきっと完璧で、理想の王子様の出来上がりだろう。
「いや……怪我がないならそれでいい」
しかし王子様の様な騎士は理想とは程遠く、愛想のかけらもなく答えるだけで、なぜかやる気なさげにセルティアから離れていった。
その呆気なさに、決して物寂しさを覚えたわけではないのだか、どうにも拍子抜けした感が拭えないセルティアであった。
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(2023年3月12日改稿済)
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