第六十一話 不吉な輝きの夜

「あ! セルティアさまーお帰りなさい!」

「お帰りなさーい!」


 魔女の館の扉を開けると、すぐにロールが気づき、続いてリリーも声をかけながら揃って駆け寄ってくる。

 それにセルティアはほっと一息つき、笑みをこぼした。


「セルティア、お帰り。遅かったじゃないか」


 あとから続くようにシャリークも姿を見せる。奥からは食事の匂いが漂ってきた。


「ただいま。すみません、師匠。夕食の準備できなくて……」


 申し訳なさそうに奥へ目をやると、シャリークはなんでもないように笑い飛ばす。


「気にすることはない。それより何かあったんだろ?」

「ええ。ちょっと予想外のことが起きてしまって」

「そうか。なら、食事をしながら聞こうか。もう出来るから用意をしておくれ」


 そう促されるとセルティアは双子と共に奥へと進んだ。

 それにシャリークも続こうとして、ふと窓から外を見る。赤と金の流星の輝きが先ほどからずっと続いており、これは夜が明けるまで変わらない。

 人々が歓喜し、国中が賑わうこの瞬間、美しい輝きを見て、シャリークは一人ぽつりと呟く。


「不吉な色、か」


 そしてすぐに目をそらし彼女も奥へと続いた。切り替えるように残った料理の仕上げをする。

 セルティアたちは出来上がった料理を運び、テーブルに並べていく。


「これは……」


 一通り並べ終えると、セルティアはそれらを見て思わず感嘆の声をもらした。

 その日の夕食は一言で表すなら豪勢である。サラダに、カルパッチョ、スープ、シチューもあれば、鶏のステーキ、手羽元を煮込んだもの、そして手作りのパンが数種類。食後のデザートにはあっさりとしたゼリーを用意しているという。

 四人で食べるには少しばかり多いかと思われる量だ。


「……師匠、ずいぶん作りましたね」

「そうかい? 久しぶりだったからね、感覚がわからなかったよ」


 どれも美味しそうなことに違いはないのだが、完食できるか不安になる。シャリークは人よりも多く食べる方だが、セルティアも、双子も小食なのだ。


(頑張って食べよう……!)


 流石に作ってもらって残してしまうと気が引けるので、密かに決意するセルティアだった。

 いただきます、と声を合わせて和やかに食事を始める。やはりシャリークが作ったものはどれも美味しく、思わず笑顔になる。


「これ、美味しいです。セルティア様! これはリリーがお手伝いました!」

「こっちはロールがお手伝いしました!」


 それぞれの料理を差し出されて、セルティアは困ったように笑う。順番に食べれば確かにどちらも美味しかった。


「ありがとう、二人とも。とっても美味しいわ」


 褒められ喜ぶ双子が愛らしくて、セルティアだけでなくシャリークも優しい顔をする。

 こんな何気ない時間が幸せだと思う。


「それで、なにがあったんだい?」


 シャリークは食事のマナーに煩い方だが、決して堅苦しいわけではない。

 丁寧に食べながらも、世間話のように話を切り出す。


「実は……いつものように周囲を確認していたらこの辺りでは見かけない魔物の群れと遭遇してしまって」

「ほう?」

「わたしの記憶が確かなら、西の、恐らく国境都市フィーテア付近に生息している魔物だと思います」


 セルティア自身、国境都市フィーテアには数回しか赴いたことがない。

 夕刻に見た魔物も何かの資料で目を通したこたがある、というほどだ。


「最近はあの辺りがどうも怪しいねえ。私の方でも調べておくよ」

「お願いします、師匠」


 何もなければそれでいいのだ。しかしどうしてもセルティアは霧がかかったような気持ちが拭いきれなかった。


(なにかしら……なにか、嫌な予感がするわ……)


 言い知れぬ不安に顔を曇らせるが、双子が同じような表情をしていることに気がついてセルティアは慌てて笑顔を作る。


「大丈夫よ」


 そう言葉にして心の内でも繰り返す。そうあるように思い込むことも時として大事だ。


(大丈夫。何が起こっても……わたしが、必ず)


 双子が持つ金の瞳がいつもより輝きを増す。それが流星を写したかのようで、セルティアは窓の外を眺めた。

 変わらず降り注ぐ星の輝きは、まさしく星の誕生を表しているようだ。


(星の輝き ……)


 この赤と金の輝きがもたらすものは、光と闇、希望と絶望。


 そして永遠の約束――無限の夢幻


◇◆◇


「ああ、星の誕生だ」


 二色の星の輝きは世界に等しく降り注ぐ。例外など存在せず、多様な思惑にその力を与える。

 それはここ国境都市フィーテアでも変わず、空から振る輝きが街を照らす。


「こういうのを綺麗だって言うんだろうね」


 空を見上げながらブラエは一人呟いた。

 救世の使者として、暫くひっそりと滞在している彼の元にも星は変わらず流れる。


「これを不吉だと言う人もいるのに、貴方はあえて綺麗だと言葉にするのね」


 いつの間にかブラエの隣に立っていたフードで顔を隠した女は、覗く赤い唇を弧の形にする。


「なんだ、いたんだ」

「ええ。お久しぶり、ね」


 驚いた様子もなくブラエは一瞥だけすると直ぐに空へと再び視線を戻す。

 いつもその輝きに魅了されてしまう。


「そういえば、外がおかしかったけど、貴方の仕業?」

「外? ……ああ、魔物?」


 相変わらず口元しか見えない女の表情は先程と何も変わらないように思える。

 だがそれはいつものことなのでブラエが気にすることはない。

 外がおかしいと、気がつく者は果たしてどれほどいるだろうか。きっと普通の人々は気にもしないだろう。


「結果的にはそうだね。所謂、副産物ってやつだよ」

「そう。まあ、どっちでもいいわ。計画に滞りがなければ」

「問題ないよ。全ては……順調だ」


 そう言ってブラエも笑う。

 順調すぎて笑わずにはいられない。


「もう始まってるんだ」


 ブラエは知っている。隣の女も知っている。

 しかし空に流れるこの始まりの合図が、何の始まりか、人々が知るのはもう少し後になってからだった。


◇◆◇


 幸せな時間は長く続かない


 世界の時間は無限で


 生命いのちの時間は有限


 夢幻の力は希望


 夢幻の力は絶望


 赤は破滅の力


 金は忌まわしき力


 世界は再び始まる

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