第六十話 始まりの合図

 星誕祭当日。アリアレスの国中が賑わいに包まれている。

 星誕祭は夜空に赤と金の流星が見える所から始まるので、太陽が真上にある今の時間帯では正確には始まってはいない。

 それでも人々からすると今日から七日間は特別な時間となるのだ。

 ここ南地区でも街中に飾り付けがされており、屋台を開く者もいれば、準備に追われている者もいる。大通りなんかはその様子が顕著で、道行く人々は慌ただしく、しかし楽しそうにしている。


「ここも大丈夫ね」


 噴水がある広場をぐるりと一周したセルティアは、満足げに頷いた。

 星誕祭は聖と魔の力が増幅する期間。個人差はあるが、二つの力を宿す者は例外なくその力が増すことになる。

 期間中は不足の事態に備えて騎士隊の警備が強化され、万全の状態を整えるのだ。しかし力が増幅するのは人に限らず、魔物や精霊も対象となる。

 セルティアは念のため、毎年南地区の魔物除けの術を強化するようにしている。


「あと、は……」


 空を見上げれば青く晴れ渡っている。これが暗くなる頃、二色の輝きに埋め尽くされるのかと考えると、毎度驚きを隠せない。


(中はいいとして、外の方よね)


 街の中は問題ないと判断して、街の外に意識を向ける。脅威を出来るだけ排除するために、セルティアが星誕祭の直前に毎年行うもう一つの仕事がある。


「やっほー! ティアじゃない。なにしてるの?」


 突然背後から明るい声を掛けられたので、セルティアは目を瞬かせて振り返る。

 そこにいたのはうさみみのカチューシャをつけて、笑顔で手を振るミミィだ。


「ミミィ? どうしたの、なんで南地区ここに?」


 てっきり中央地区に滞在していると思っていたのだが、セルティアの目の前にいるのは間違いなくミミィだ。


「去年は北と東、中央だったから、今年は南と西、そして中央にしようってことになったの」

「そうだったの」


 星誕祭の間アリアレスでパフォーマンスをするミミィの一座は、その年によって行く場所が変わる。今年は南地区から始めるようだ。


「明日はここで踊るから見に来てね!」


 くるりと一回転してミミィはウインクをする。きっと楽しいものになるだろう。


「わかったわ。でも、今晩はしないの?」

「もちろん始まりの合図と一緒にするわ。まあ、みんな自由にしているだけだから、適当だけどね!」


 始まりの合図とは赤と金の流星のことで、今も賑わってはいるが、その瞬間はさらに盛大となる。その為、至るところで踊ったり歌ったりしている姿が見られるのだ。

 ちなみにセルティアは外には出ず、毎年双子といつもより豪勢な夕食をとることにしている。今年は師匠のシャリークがいるので、より賑やかになるだろうと、密かに楽しみにしているのだ。


「それはそうと、ティアは知ってるかな? ヴォルニール山のこと」


 なんのことかと首を傾げればミミィは一変してもう一つの顔をする。


「ヴォルニール山に救世派が潜伏しているかもって話、知ってる?」


 少しだけ声を潜めて言われた内容はすでにシャリークから聞き及んでいることであり、そこにイグールが向かっていることも知っている。

 だからセルティアは小さく頷いて、しかし一蹴する。


「かも、でしょ。可能性は低いと思うけど」

「そうね。デマだと思うよ」


 あっさり肯定するミミィの真意がわからず、やはりセルティアは首を傾げることになる。


「これは……そうね、確実とは言えないんだけど。本命は国境都市フィーテアにいるって噂よ」

「それ、本当なの?」

「さあ? だから噂だって」


 うっすらと笑みを浮かべるミミィに、思わず眉を潜める。

 セルティアは先日彼女と偶然出会った際、救世派の情報がないか聞いていた。それは後に再会したシャリークが話してくれた内容とほぼ変わらない。


「でも可能性は高いと思わない? なんてったって国境都市フィーテアだよ。あそこの治安の悪さだと納得してしまうけどなー」

「まあ、そうかもね」


 国境都市フィーテアは人工密度の高い都市だ。またその名の通り国境に近いことから他国の人間もよく見かける。人の往来も激しく、よく犯罪者が隠れ蓑にしているとも聞く。それ故に治安も他の都市と比べて圧倒的に悪くなっている。


「なんでティアが救世派について調べだしたのか知らないけどね、気になるんなら国境都市フィーテアに行ってみるのもいいんじゃない?」

「それは……」

「まあ、個人的にはお勧めしないけどね。救世派はともかく、革命軍の分子は潜伏しているから」

「そうなの?!」


 さらりと言われた内容に驚きの声をあげてしまう。

 ここ数年すっかり身を潜めてしまったが、革命軍も現国体制を不服としている過激派の組織だ。数年前の事件の際、魔術師はこの革命軍と大きく衝突しており、恨みを買っていると言っても過言ではない。


(イグールはそのこと知らないわよね……? 変なことにならないといいけど)


 ヴォルニール山は国境都市フィーテアの近くだ。隠密行動を苦手としているイグールなら要らぬ騒動を起こしかねない。


「まあ、こっちでも何か情報が入ったら教えるわ。そんな深刻そうな顔しないでよ」


 黙ってしまったセルティアに気づかったのだろう。ミミィが明るい声を出し、セルティアの背中を軽く叩いた。


「今は星誕祭を楽しみましょう!」

「……それもそうね」


 今更考えても仕方がない。イグールの事は一旦頭の隅に追いやり、彼女の言うとおり星誕祭に目を向けることにしよう。


「それじゃあね! 明日、絶対見てね!」


 そう言い残してミミィは軽快な足取りで去っていった。


(ミミィの言うとおりだわ。今は星誕祭のことを考えないと)


 そしてセルティアも歩き出す。やるべき事がまだ残っているのだ。


◇◆◇


 南地区から少し外れた先の上空をセルティアは箒に揺られながら飛ぶ。

 時折周囲を見渡しては移動を繰り返し、気配を探る。


(この辺りは大丈夫ね……)


 確認を終えるとまた移動する。そうやってセルティアは南地区の周囲に脅威となるような魔物が近寄っていないか確認するようにしている。


「あら……」


 陽も暮れそうな時間帯になった頃、そろそろ切り上げようかと考えていた矢先、風にのって魔の気配を感じとることができた。それは微量なものではなく、間違いなく放置すると脅威となるだろう大きさだ。

 誘われるように気配を辿ると、平がる草原に魔物の群れを確認することができた。


(多いわね……)


 その数、ざっと見たところ十以上はいるだろう。その上気性は荒く、攻撃的な四足歩行する魔物だ。真っ直ぐ向かえば間違いなく南地区に辿り着く。


「これは放ってはおけないわね」


 普段ならば問題のない魔物でも星誕祭が始まるとそうは言ってられない。赤と金の流星は等しく魔物の力も増幅させるのだ。いくら魔物除けの術を強化したからといって、魔の力が増幅する程度は個々によって違う為、万が一ということがある。


「我が名はセルティア。大地よ、行く手を阻め、我が意思に応えよ」


 丁度群れの中心の真上にあたる位置で停止し、セルティアは腕を突き出し静かに唱える。

 すると突然、群れを囲むように大地が揺れ、陥没していく。一瞬の後には丁度魔物がいる場所だけ大地は抉れ、大きな穴と化していた。

 魔物は咆哮を上げ我先に脱しようとするが、セルティアはそれを見逃さない。


「大地の刃よ、貫け」


 短く言葉にすると、大地は針のように突き上げ飛び出す魔物を余すことなく捕らえていく。

 全ての魔物が動きをなくしたことを確認して、ゆっくりと近くに降り立った。


「この辺りにはいない魔物よね……」


 息絶えた魔物を見てセルティアは眉根を寄せる。

 南地区、というよりかは王都周辺では滅多に見かけることのない種類だ。セルティアの記憶では主に西の地域に生息しているはずであり、稀に群れからはぐれて一頭だけこの辺りでも姿を見かけることがある、程度だ。

 それがなぜ、と思う。群れで現れるとなると異常性を感じずにはいられない。


「……これは本当に異常だと思うわ」


 再び風が吹き、セルティアは前を見据えて剣呑とする。

 前方からは同じ種類の魔物が同じような数の群れでやってきていた。


(なるべく早く片付けないと……)


 いつの間にか空は暗くなり、月や星も見え始めている。

 いつ始まりの合図が起こってもおかしくはない。

 セルティアは考えるより先に、動くことに決めた。


「我が名はセルティア。我が声に応えよ。大地よ阻め、風よ切り裂け」


 唱えると同時に大地は揺れて魔物の行く手を遮るように地が裂けていく。風は強く、鋭い刃と化し魔物を切り裂く。次第に倒れていく魔物の姿に安堵する間もなく、さらに奥に同様の姿を目にすると流石に頬をひきつらせた。


(どうなってるのよ?!)


 思わず唇を噛み締めた瞬間、空が赤く光る。まさかと思い空を見上げると、続いて金色の星が流れた。


(始まった……!)


 赤と金の星は次第に流れる数が多くなり暗くなった空を一瞬で輝かしいものに変える。

 空が輝きを増すように、自身の中から徐々に力が溢れ出す感覚がおこる。そしてそれは迫り来る魔物の群れから感じる魔の力も強くなっていた。


「仕方がない、わね……」


 本当はこうなる前になんとかしたかったのだが、予想外の事態にどうしようもない。

 セルティアは一つ大きく息を吐き出して、真っ直ぐ前を向く。

 やってくる魔物は力を増しているが、本来それほど手強い相手ではない。狂暴なことには変わりないが、一般人ならともかく、セルティアからすれば危険視することもない。

 だから力を増した今も、面倒ではあるが、問題とするほどではないはずだ。

 むしろ問題なのは魔物よりもである。


「手加減できるかしら……」


 呟いて手を前方へつき出す。

 一度瞳を閉じて、開く。風が吹いたかと思えば、セルティアの直線上は大きく大地が抉れて真っ直ぐに延びていた。

 抉れた大地の周囲には、つい先程までこちらに向かっていた魔物の群れが倒れている。

 一匹として動く気配はなく、続けて群れがやってくる様子もない。

 気がつけばセルティアの周りは魔物の屍で溢れていた。

 その光景に若干顔をしかめて、ため息をつく。


「封印されていてよかったわ」


 誰に言うわけでもなく、セルティアは自身の手のひらを見つめた。


 赤と金の煌めきは等しく世界に降り注ぐ。





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