第六十二話 白い花、黒い花
星誕祭の期間中、朝も昼も夜も関係なく、至るところで賑わいを見せている。
始まりの合図の時に抱えた一抹の不安は実を結ぶことなく、なんとも平和に過ぎていくことにセルティアは内心拍子抜けしていた。
(考えすぎ、だったのかしら……?)
すでに星誕祭は半分を終えている。何事もないに越したことはないのだが、どうも小首を傾げずにはいられない。
そんな思いを抱えたままぼんやりと南地区の通りを眺めているとふいに手を引かれて、そちらに意識を移した。
「セルティアさまー次はあちらに行ってみませんか?」
リリーが通りを挟んだ公園がある方を指す。確か星誕祭の期間中はあの公園でフリーマーケットや屋台を営んでいるはずだ。星誕祭とは何も関係がないのだが、便乗して至るところどそういったものが催されており、人々はそれぞれに楽しんでいる。
「そうね、行きましょう」
反対の手を繋いでいるロールの方に目をやると同じように頷いていたので三人は揃って移動する。
セルティアが星誕祭の期間中、南地区にいられるのは明日の昼までだ。最終日は王家主催のパーティに出席する予定なので、その前日までに中央地区に着いておかなければならない。明日の昼に向かってギリギリ夜に到着出来るぐらいだ。
その為セルティアが双子と楽しむことが出来るのは今日が最後である。出来るだけ双子が望む場所を見て回ろうと決めていた。
「セルティアさまー! これ、可愛いです」
「ほんとね。リリーに似合いそうだわ」
広い公園内には様々な店が出されており、その中でリリーが興味を惹かれてのはキラキラと輝く花をモチーフにしたアクセサリーだ。
セルティアは一つ黄色い花の髪飾りを手に取りリリーに合わせてみる。
幼子の灰色の髪に黄色が映えてよく似合う。
「赤もいいけど……どうかしら?」
同じようにリリーを見る片割れに優しく問いかけるとロールは迷うことなく黄色い方を選んだ。
「そうね。ロールも同じものにする?」
「セルティア様……僕は……その、大丈夫です」
髪飾りを見て複雑な表情をするロールは双子でもやはり男の子だ。その様子にセルティアとリリーは顔を見合わせて笑った。
「冗談よ。ロールには今度、違うものを贈りましょう」
そう言ってセルティアは店主に代金を支払う。リリーは満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「ありがとうございます! セルティアさまは何か買わないのですか?」
「僕はこれとか似合うと思います!」
双子はいくつかの髪飾りを選んでセルティアに見せる。リリーと同じ黄色いものから、赤や青、橙など色鮮やかなそれはどれも綺麗だ。その中に一つ白い花の髪飾りがあり、思わず手に取ってみた。
「白もセルティア様に似合います」
双子は何を選んでも似合うと言うのだろう。それに悪い気はしないが、一つため息をついて白い髪飾りを戻した。
「わたしに白は似合わないわ。むしろ……」
隅にそっと残る黒光りする花を見つける。漆黒の髪に似合うものなど、果たしてあるのだろうか。
脳裏に過るのは金糸の髪。美しく輝くあの髪に白い花はとても映えるだろう。
そう想像すると少しだけ目元を緩める。
「行きましょう。今日はいいわ、また今度、ね」
セルティアは笑って、名残惜しそうにする双子を促した。
白い花を見てしまうと、もう何も選ぶ気分にならない。
だからセルティアは振り返ることなく違う景色を見ることにしたのだった。
◇◆◇
いつだったか不思議に思ったことがある。
この長く伸びる漆黒の髪は誰のものだろうと。
どこからきたのだろうと。
父のことも母のこともほとんど記憶にない中で、同じようにこの漆黒も記憶にない。
そもそもいつからこんな髪だっただろうか。
最初からか、それとも。
些細な疑問はいつしか考えてはいけないような気がしていた。
見つめなければいけないのは与えられた力とその身に起こる現実だけである。
ただ時折、微かな記憶から思い出させるのは、一面に広がる黒い花。漆黒の花。
そして差し伸べられた一つの白い手と闇に伸ばす小さな手――
「……ゆ、め……」
急激に意識が浮上し、呟きと同時にその瞼を持ち上げる。
ぼんやりとした頭で、ゆっくりと身体を起こしたセルティアは暫く宙を眺めてため息をついた。
「夢、ね」
次第に意識がはっきりするとベッドから降りてカーテンを開ける。
朝陽が射し込み暗かった部屋が一瞬で明るくなる。
(久しぶりに見たわね。白い花なんて見慣れているはずなのに……)
それこそセルティアは庭で何種類かの白い花を世話しており珍しいものではない。今窓から見える景色の中にも小さな白い花がいくつか見えるぐらいだ。
そして朝陽に目を細めてふいに思い当たる。
(ああ……違うわね。黒を見たから……)
白い花は珍しくない。しかし黒い花は珍しい。無いわけではないが、その種類は非常に少なく、一生のうちでお目にかかれる人はどれほどいるだろうか。ほとんどが見ることも知ることも、聞くこともないだろう。
造花は別として生花はそれほど希少なのだ。
「嫌な夢」
セルティアは誰もいない寝室で小さく呟く。一瞬自嘲の笑みを浮かべるが、それを見るものはおらず、すぐに気を取り直して伸びを一つする。
「さて、と」
いつまでも夢に引きずられているわけにはいかない。朝食の準備をして、諸々の片付けをして、中央地区に向かう支度もしなければならないのだ。
そこまで考えて、身支度を始める手を止めると、無意識にため息が出てしまう。
(明日、なのよね……)
エルと話をして、行くと決めて、そうセイラーンにも伝えた。
覚悟は決めたはずなのだが、どうしても気が重くなってしまう。しかし同時にセイラーンが嬉しそうに微笑む姿が思い浮かび、仕方がないと苦笑する。
「セイラーン様……」
星誕祭が始まる少し前にこっそりと彼女に会いに行き、返事を告げた。とても簡潔な答えだったが、その瞬間、それはとても嬉しそうに微笑まれたのだ。
あの微笑みを裏切ることはセルティアには出来そうにない。
セルティアはセイラーンに既にかけがえのないものをいくつも貰っている。だから出来るだけそれに報いるように、返せるものは返したいと思っている。
それが自己満足だとしても、とっくの昔にそう決めてしまっているのだから今さら割りきることなど出来はしない。
些細なことで、しかしセルティアにとっては気が重いことでも、それでセイラーンが喜ぶのなら、結果的セルティアにとっても嬉しいことになるのだから、全ては仕方がないのだ。
「本当に、仕方がないわね」
実際に口にしてみると、なぜか笑いが込み上げてくる。一人で笑うのもどうかと思うが、セルティアは自身の仕方なさに笑わずにはいられない。
「大丈夫。なんだって出来るわ」
夢幻の魔女に不可能はないのだ。
セルティアはずっと、そう自身に言い聞かせている。
そうしないと挫けてしまうから。真実は些細なことで挫けてしまうほど弱い。だけどそれを知る者はいない。なぜなら夢幻という存在がセルティアを強く見せて、強くさせる。
そう在らせられる。
セルティアは流れ落ちる漆黒の髪を一房掴んだ。
艶のある髪はそれこそ美しく見えるが、それ以上に想像出来るのは闇だ。
セイラーンの輝く金糸からは光を連想させるが、対極するセルティアが纏うのは闇色で、連想させるのは闇に咲く漆黒の花。
(……だめよ)
夢のことを思い出しそうになり、慌てて頭を振る。
あれは決して忘れられないが、いつまでも引きずられていい記憶ではない。
そう言い聞かし、セルティアは一房の髪を手離した。
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