第五十二話 魔女の心

 明るく賑やかな街並みをセルティアは足早に歩く。

 道の両側に商店が建ち並ぶこの通りは、人の多さも喧騒さも南地区の比ではない。人混みの中をうまい具合に潜り抜けるその姿はローブを着たままだが、中央地区には魔術師が多いため、珍しくもない。彼女を魔女と認識しても、その二つ名まで連想させるものはおらず、そもそも夢幻の魔女の素性を知っている者など数少ない為、街中でそんなことを気にする必要性は皆無であった。

 それでも歩む速度を緩めないのは、高鳴る鼓動と不安を隠すためだ。


(まさか……エルがいるなんて思ってもみなかったから……!)


 昨日、ハレイヤとの会話でエルとは暫く会うことがないだろうと予想していただけに、魔術連盟で彼と会ってしまったことは衝撃的だった。

 動揺を悟られないように毅然と振る舞ったつもりではあるが、果たして上手く隠せていたのかさえ判断できない。

 いつものセルティアならもっと皮肉と恐怖を募らせる言葉を振りまくのだが、エルを意識してしまい勢いが削がれてしまった。

 いつも通り振る舞いきれなかったことに不安が募り、自然と唇を噛みしめる。


(そもそも……! あいつら何考えているの?! 聖騎士を呼び出す? 普通しないわ!)


 『聖』の力を持つ者を『魔』の力が集う場所に呼び出すとは何事かと、目を疑う。あり得ないことだ。それを馬鹿正直に請け合ったエルにも驚きを隠せないでいるのだが。


(本当に、もう……)


 だいぶ息が上がってきたところで、路地裏に入り、壁に背を預けて息を整える。呼吸も鼓動も落ち着いてくると、次第に思考は冷静になり、深く息を吐いて瞼を閉じた。


(……知って、欲しくなかった……)


 ただの女の子として扱ってくれるエルに、夢幻の魔女の姿を見せたくはない。嫌な態度をとってしまったことを、後悔はしていないが辛く思う。先ほど咄嗟に謝罪はしたが、その後の反応を見るのが怖くて気が付けば彼から逃げ出していた。


(平気だと、思っていたんだけど……)


 人と距離を置いてきたから、今さらどんなことになっても気にすることはないと思っていた。仕方がないと、遥か昔に諦めて、覚悟もしていたはずだから。

 それでもいざ、そうなってしまうと辛いと感じる己がいて。

 何より、セルティアはエルと距離を置くことが、侮蔑されることが、怖いと、嫌だと思うようになってしまっている。


「駄目ね、わたし……」


 自分でも何故そう思うようになってしまったのか分からず、小さな呟きは誰に聞き取られることもなく喧騒の中に消えていった。


◇◆◇


 ある程度落ち着きを取り戻したセルティアは再び喧騒の中を歩く。今度はゆっくりと、街並みや商店を確認するような足取りだ。


「賑やかね……星誕祭があるから尚更かしら」


 もうすぐ国中で盛大な祭りが催される。その前触れとして今から賑わいが増しているのだろう。星誕祭が始まれば今の比ではなく、どこからやってきたのかわからないほどこの道も人で埋め尽くされる。


(もう少し、気分転換してから行きましょう)


 まだ予定が残っているのだが、浮かない気分のまま出向いては心挫かれる恐れがある。もう一つの目的である場所には、毅然とした態度で断りを入れるしかない。そうしなければ、負けだと思う。

 これから話す相手はある意味魔術連盟の人間よりも手強いのだから。


「あら、何かやってるのかしら?」


 通りの奥に人だかりができていた。

 このまま直進すると大通りにでる。この大通りは王城へ繋がる路でとても広い。いくつかの節目には広場が設けられており、時折大道芸などが催されている。

 近くまで寄ると案の定様々なパフォーマンスが披露されており、沈んだ気持ちも浮上する。


(あの子達が見たら喜びそうだわ)


 南地区に置いている双子を思い浮かべると目を細めて微笑む。

 星誕祭が始まれば南地区も賑やかになり、通りが華やかに彩られる。それを目の当たりにすればきっと幼い双子は声をあげて喜びを表し、金と翡翠の瞳をキラキラと輝かせるだろう。

 実際昨年の星誕祭でも三人で祭を楽しんだのだ。

 そんな記憶を呼び起こしながら現実の光景を重ねて眺めていると、ふと、見知った姿を見つける。


「あら? ミミィ?」


 確かめるようにその名を小さく呟いたつもりなのだが、本人も気がついたようでニッコリと笑みを向けられた。

 彼女はリボンが沢山ついた衣装に、なぜかうさみみのカチューシャをつけて、愛想よく手を振りながらセルティアに駆け寄ってくる。


「ティアじゃない、久しぶりね?」

「そうね。ミミィ、いつからこっちに?」

「昨日からよ。ほら、もうすぐ星誕祭じゃない? 今年もパフォーマンスするからね」


 ミミィは世界を旅する一座で、毎年星誕祭の時期になると大国アリアレスにやってくる。一座の中では踊り子をしているのだが、彼女にはもう一つの顔があり、セルティアは主にそちらの方で世話になっている。


「ちょうど良かったわ。聞きたいことがあったの」

「毎度あり。どんな情報を御入り用ですか、お得意様」


 満面の笑みを浮かべたミミィに、セルティアも自然と口元を緩める。彼女の気さくな態度をセルティアは気に入っており、また毎度正確な情報を仕入れてくる腕前に信頼を置いている。

 世界を旅する一座に身を置いているミミィは、セルティアでは知ることの出来ない情報も仕入れることができる。その分野は様々で各国の情勢から蔓延る噂まで拾い上げてくる。


「少しだけ時間を戴けるかしら?」

「それがティアの望むことならば、喜んで」


 知りたいことも知れて、ちょうどいい気晴らしにもなって、一石二鳥だとそのときのセルティアは安易に考えていた。



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