第三十九話 乙女と魔女

「ねえ、貴女お幾つ?」


 セルティアを無遠慮に見つめたフローラはふと、そんな問いを投げかけた。突拍子もないことだったので、問われた側は一瞬間を空けることになる。


「……えっと、十七です」

「十七になったばかり?」

「いえ、もうすぐ十八になります」

「じゃあ、エルと同じ年齢なのね? そう……」


 再び妙な視線を注がれたセルティアは嫌な予感がして、思わず顔を引きつらせる。この反応は何度も覚えがあるからだ。


「てっきり、リーファと同じぐらいかと思ったわ」

「――っ、違います!」


 予想通りの反応にセルティアは口を尖らせる。大きな瞳が童顔を強調している自覚はあるが、やはり面白いものではない。


「流石に、わたしと、リーファ、同じ年には見えないと思いますけど?」

「セ、セルティアちゃん……」


 すかさず、驚くリーファの腕を取り、横に並べて比べるように見てもらう。

 セルティアも童顔ではあるが、リーファはそれ以上に幼く見えるのだ。もちろん年齢も四つは離れているので、当然といえば当然のことである。


「リーファって確か十四歳になったのよねぇ。うーん、そうね……貴女もそれぐらに見えなくもない、ってことよ。気にしないでちょうだい」


 もう一度二人を見比べたフローラはそう締めくくり可笑しそうに微笑む。

 実際、セルティアもそれなりに身を整えれば、もう少し大人びて見えなくはないのだ。ただ、普段から街娘の恰好をし、尚且つ、可愛らしいものを好む傾向にあるので幼さがどうしても目立ってしまう。


(気になるにきまっているわ!)


 気にするなと言われたところで、気にしていることを指摘されれば無理な話だ。それなら、普段から身なりを変えればいいという話なのだが、しかしセルティアの好みではないので却下とされている。

 悶々とした気持ちでいながらも、いつまでも引きずっているわけにはいかないので、セルティアは無理矢理抑え込むことに努めた。


「要は色気が足りねえんだろ?」

「うるさいっ!」


 平静を装うとしているところに、余計な一言を加えたイグールに苛立ち、セルティアは一喝して容赦なく風で弾き飛ばした。


「……本題に入りましょう、フローラ様」

「……そうね」


 弾き飛ばされたイグールが遠くで騒いでいる姿を横目で捉えながら、フローラは笑みを隠し真面目に頷く。

 セルティアとしてもいろいろ問いたいところはあるのだが、今はその時でないと理解している。一瞬エルの方に目を向ければ、本人は何も話す気はないらしい。その為フローラとの関係の真偽は不明のままだ。


(……わたしが気にするのも変、よね……?)


 好奇心で気にならないわけではないが、追及するのは違うと言い聞かせる。ただの好奇心なら問うべきでない、とセルティアは自身を納得させることにする。

 なぜかもやもやは晴れないが、とにかく目下の問題に触れる方が先だ。


「フローラ様、単刀直入にお伺いします。ここで……いえ、花の大地で何が起こっているのですか?」

「本当に単刀直入ね。そういうの嫌いじゃないわ」


 本当はなぜここで倒れるように眠っていたのかとか、そもそもどうやって『乙女の宮』から抜け出してきたのかと疑問は絶えないはずだ。

 しかしセルティアはそれらを全てすっ飛ばして核心を明かにすることを優先とする。

 いつの間にか戻ってきていたイグールも黙ってフローラの話に耳を傾けた。


「そうね……一言で表すなら、枯れてしまった、かしら……」

「枯れて……?」

「花の大地はその名の通り、大地一面を美しく色鮮やかな花で埋め尽くされているそうよ。でも、私が目にしたのは花は枯れて、荒れた大地が広がっているだけだった……」


 その光景を思い出したのかフローラの瞳に陰りが差す。


「何が原因かは?」

「私には、わからないわ……花の精霊は嘆いているばかりで何も教えてくれないのよ」


 嘆きながら何かを伝えようとしているのかもしれないが、フローラにはそれが理解出来ない。それはたぶん、乙女が知らない世界の話なのだろう。

 救いたいという気持ちは強くあるのだが、どうしたらいいのか手だてに困り果てていたところだった。


「そう、ですか。……じゃあ、わたし達を花の大地に行けるよう、フローラ様から花の精霊にお願いしてもらえませんか?」


 この目で見て確認しなければ、やはり何も分からないのと変わりない。

 セルティアが本当の目的とするところはこれだ。

 花の精霊と心を通わせる乙女から話を通してもらえないかと考えているのだ。そうでなければ、これ以上踏み込む手段がない。

 セルティアの思惑が分かったのであろうフローラはその瞳を黙って見つめ返す。


「……枯れてしまったとはいえ、花の大地は聖域と変わらないわ。そこに、花の乙女である私に、魔の者を手引きしろと、言うの?」


 魔の者、とフローラは言う。聞こえは悪いが水面下では聖と魔が対立する際によく使われる言葉でもある。

 乙女と魔女の視線がぶつかり合う。


「フローラ様、わたしは事の原因をつきとめたいだけです」

「貴女にそれが出来るという保障はあって?」

「フローラ様はわたしの二つ名をご存知でしょう? わたしは、夢幻の魔女です」


 夢幻の云われは多様にあるというが、その一つに『夢幻に不可能はなし』と囁かれていることをフローラは聞いたことがあった。

 セルティアの見た目からは夢幻の名を持つような人物に思えない。


「……フローラ様は花の乙女。その心はきっと何があっても変わらないのでしょう」


 セルティアは静かに言葉を紡ぐ。精霊は人の本質を見るもの。花の精霊と心を通わせるような人が、万が一にも裏切ることはなく、その身を捧げる覚悟すらもあるだろうと想像することは容易い。

 乙女は元来、純真で一途なものなのだ。


(花の乙女はきっと……)


 その身を挺して花の精霊を、聖域を守る。だからここまでやって来てしまった。精霊に呼ばれたから。


「……もし、わたしが何か花の精霊の意にそぐわないことをしてしまったらその身をもって止めてください。不要だと、危険だと、そう感じれば、わたしを殺せばいい」

「セルティアちゃん……!!」


 その言葉に真っ先反応したのはリーファだった。非難めいた眼差しを送られたがセルティアは無視する。

 声には出さなかったが、エルとフローラも決していい顔をしているわけではない。


「それぐらいの覚悟、あるでしょう?」


 セルティアの挑発的な態度にイグール以外は唖然とする。

 しかしおろおろするリーファを他所に、突然エルとフローラがほぼ同時に笑い出した。

 肩を震わせて顔を背けながら笑う様がなぜか二人とも似ている。


(王子様とお姫様って笑い方が似るものなのかしら?)


 そんなどうでもいい疑問を浮かべつつも、そもそもなぜ笑われているのか分からないセルティアは首をかしげるばかりだ。


「ふふ。貴女いいわね。嫌いじゃないわ、ほんと」


 笑いを堪えながらフローラは言う。しかし堪えきれない笑みが溢れている。

 どうやら嫌われてはないらしいと、わかるぐらいだ。


「いいわ。もしもの時は刺し違えてでも貴女を殺して見せる。でも勘違いしないでね? 決めるのは乙女ではなく、花の精霊あの子達だから」

「……もちろん、承知しています」


 セルティアとしてはなぜ笑われたのか納得出来ないところではあるが、とりあえずフローラが了承してくれたことで良しとする。


(まあ、いいか)


 セルティアは誰にも気づかれないよう、内心ほっとするのであった。



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