第四十話 花と精霊と乙女

 花の乙女と呼ばれるフローラは両手を胸元で組み合わせ、祈るように瞳を閉じる。

 セルティアは封じられた言葉を操ることで精霊を呼び出すことが可能だが、フローラは祈ることで花の精霊に直接呼び掛けることが出来るらしい。

 少しの間が空いて、フローラの周囲に光の粒子が溢れ出す。粒子は量を増し、やがて姿を形どっていく。

 風の精霊とよく似た――しかし纏う雰囲気は異なる――手のひらサイズの人形のような姿がふわふわとフローラの周りを漂い始めた。


「へー、花の精霊って初めて見たな」


 物珍しそうにイグールが近寄ろうとするので、セルティアは慌ててそれを引き止めた。


「ちょっと! 不用意に近づかないでくれる?」

「んだよ。いいだろ、別に」

「あのね、花の精霊は臆病なの。あなたみたいなのが近寄ると逃げてしまうわ」

「大袈裟な……」


 初対面なのに、近寄ったぐらいで逃げられたりするものかと、イグールが再び精霊の方を向けば、いつの間にか精霊との距離が離れていた。

 イグールが一歩近づけば、花の精霊は二歩分の距離を後退する。


「……だから言ったでしょ? もう、紅蓮は離れた所でじっとしておいてくれるかしら?」


 酷い言われようだが、本当にこれ以上逃げられてしまっては意味がないので渋々後へ下がった。

 それを見届けたセルティアは満足そうに頷き、花の精霊の様子を伺う。こちらも決して安易に近づくわけにはいかない。相変わらず警戒を表している精霊には細心の注意を払う必要があるのだ。


「ねえ、みんな……お願いがあるの。この人達を花の大地に入れてあげられない?」


 フローラが優しく問えば、精霊は戸惑いの色をみせている。

 敢えて素性を明かさなくても、精霊には既知のことだろう。それでも迷うのは、それだけ大切な場所だからだ。


「私も花の大地あそこを救いたい。その為にはこの人達の力が必要なの。何かあれば必ず、私が守るわ。だから、お願い」


 フローラが真摯に訴えれば、花の精霊はふわふわと其々に近づき確認するように伺う。

 セルティアの近くを漂う精霊と目が合えば、彼女は優しく微笑む。


「わたしからもお願い。……夢幻の名にかけて約束するわ――花の精霊あなたたちも花の大地も傷つけないと」


 おもむろに手を差し出せば精霊が集まり触れてくる。その中にはいつの間にか風の精霊まで混じり、くるくると回り始めていた。


「なんで、風の精霊が……?」


 驚きの声をあげるリーファだけでなく、エルや、まさかイグールの近くにまで風の精霊が姿を現し、訴えかけるよう風を送り続ける。

 光の粒子は数を増し、四人は眩しいぐらいに精霊の輝きに包まれていた。

 花と風の精霊が互いに想いを伝え合うと強い風が大地を吹き抜け、輝きは辺りを包み込むように膨れ上がる。その眩しさは目を開けていられないほどだ。


(これはっ……)


 思わず誰もが一瞬瞳を閉じてしまい、そして次にその瞳に写った景色に驚愕することになる。

 つい先ほどまで目にしていた景色とは全く違う大地が一面に広がっていた。


「どうやら風の精霊が味方してくれたみたいね」

「フローラ様……じゃあ、ここが花の大地?」

「そうよ……驚いたでしょ?」


 見渡す限り広がるのは枯れた大地だけだ。花どころか、草の一つもない。『荒野』と表現するのが似合っているかもしれない。

 かつてはこの大地一面色鮮やかな花と光で満たされていたというのが想像できない。

 其々がその景色を黙って目に焼き付けるように見る。


「ねえ、エルならどうする……?」


 フローラの瞳には不安の色があり、それを正確に読み取ったエルは答えようとして、しかし急激になにか違和感を覚え、口ごもる。


「エル……?」


 黙ってしまったエルをフローラは訝しむが、彼は何も言わず首を横に振るだけだった。

 そして枯れた大地を確認しているセルティアに目を向ける。


「せっかく風の精霊が味方してくれたのだから、なんとか原因を探りたいところね」


 渋る花の精霊に一押ししてくれたのは風の精霊だ。花の大地ここを救いたいという気持ちは同じなのだろう。

 ならば、力を貸してくれた精霊の想いに出来るだけ応えたいとセルティアは思う。


「……私もどうにかしたくて、とにかくずっと祈りを捧げたわ。でも駄目だった……芽が出ても直ぐに枯れてしまったわ」


 乙女の祈りを捧げるとは、つまり聖術を使うということ。聖なる力を行使すれば植物の成長促すことは出来るだろう。ただ、この広い大地に力を注ぐとすれば大変なことだ。

 フローラは自分に出来ることは祈るだけだと、この地に着いてから休む間もなく力を使い続けた。


って……じゃあフローラ様が倒れていたのはその為か……」


 どれ程の時間か知る由はないが、相当な力を浪費したはずだ。眠るよう倒れていた理由は明白で、エルはため息をつく。


「それしか私には出来ないもの……でも、そうね。私だけじゃ無理だったけど……エルとなら!」

「――ちょっと待って下さい!!」


 フローラがエルの手を取ったところで、慌てて制止に入る。二人分の眼差しがセルティアに向けられたことで、思わず一歩引いてしまうがなんとか気を取り直す。


「それで、今度は二人揃って倒れられても困ります! 原因が分からない間は控えるべきです」

「まあ、ティアの言うとおりだな……フローラ様」


 あくまでも冷静なエルに声を掛けられると、フローラは不貞腐れたようにその手を離した。

 それにセルティアは安堵の息を吐く。


「でも、じゃあどおするの? 何もしないなんて……」

「とりあえず原因を探ります。判断はそれからでもいいかと。それに……フローラ様の話からすると、まだ根は死んでいないということでしょう?」


 聖術は無を有にするわけではない。本来の生命力を活性化させ、植物なら成長を促すに過ぎない。芽が出たということは、根は生きているということ。なんらかの原因があって成長を阻まれていると、推測できる。

 恐らくセルティアの推測は正しく、エルも同じ事を考えていたのか黙って頷いた。


「じゃあ、その原因はどうやって探すの?」

「それはまだ……でも、気になることならあります」

「気になること?」


 首をかしげるフローラに対し、リーファとイグールが神妙な面持ちで近づいてくる。


「なあ、夢幻。ここは聖域なんだよな?」

「そうね。……紅蓮も気がついた?」

「当たり前だ」

「リーファも?」


 少女は小さく頷く。そして一瞬の沈黙の後、イグールが疑問を口にする。


「なんで魔の力が感じられるんだ?」


 それは聖域ではありえないこと。ありえない力が感じられる。

 全ての違和感はここにあった。

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