第三十七話 魔女のお願い
ここは何もない場所だ。街道から外れると当然ながら道はなく、平地が広がっている。人の手が加えられているわけではないので、無造作に草木が育ち緑がひしめく。
「よくよく考えてみると、この辺りも花が咲いていないわね」
来るときは馬車から見える景色になにも思わなかったが、確か農業都市の周辺はこの季節になると白と黄色の花で彩られるはずだ。
それが辺りは緑しかない。
「枯れてないだけましじゃねーのか?」
「そうかもしれないけど……」
イグールの言い分にセルティアは少しばかり不満そうに口を結ぶ。
何度か見たことがあるが、街道沿いを白と黄色が埋め尽くす様はとても綺麗で、見応えがあるのだ。
「確かに……あれが見られないのは寂しいな」
「あら、エルは見たことあるの?」
「一年前に少しの間、
「そうだったの」
エルが王都の南地区に着任する前のことをセルティアはあまり知らない。
一年前なら丁度見頃だっただろう。
(ほんと、どうしてこうなってしまったのかしら)
一度目を伏せ、想像できる要因を上げてみるが、どれもしっくりこない。きっと花の乙女なら何か知っているだろう。
「さて、花の乙女に会うとしましょうか」
周囲に他に人がいないことを確認し、セルティアは意気込む。それにリーファも続くがイグールはうろんげな眼差しを向けていた。
「上手くいくのかねえ?」
「どうかしら? あとは風の精霊次第ってとこね」
肩をすくめて答えるセルティアだが、九割がた成功する確信がある。残り一割は運がなかったということだ。
「あ、紅蓮はちょっと離れててよ。あなたが近くにいると、上手くいくものも上手くいかなくなるわ」
「うるせーよ」
そっぽを向いて距離をとるイグールの姿に、エルは疑問を投げ掛ける。
「単に風の精霊と紅蓮の仲が良好でないってだけだわ。と、いうか仲良くできる精霊なんているのかしらね?」
小首を傾げて紅蓮を見れば不機嫌そうな顔をしている。精霊は本質を見るものだ。そして人に懐くものではない。風の精霊は友好的ではあるが、気まぐれでもある。紅蓮の粗野な態度に気を悪くすれば、そのまま姿を隠してしまうだろう。
それでは元も子もない。今からセルティアは風の精霊を呼び出し、お願い事を聞いてもらうのだから。
「さて、と……」
気を取り直して、一度瞳を閉じ、風を感じる。確かに精霊の気配はある。
そしてセルティアはこの国の言葉ではない、また現代では使われていない言葉を唱え、風に乗せた。
「……こればっかは俺には真似できねえー」
「私も……」
そんな呟きが聞こえ、エルはそれぞれを見る。イグールもリーファも悔しそうな、それでいて諦めのような複雑そうな顔をしている。
「セルティアちゃんだけなんです。封じられた言葉を全て操れるのは……」
「どういう意味?」
エルの傍にそっと寄ったリーファは呟く。しかしエルの問いかけに答えるわけではなく、自身に言い聞かせるように呟き続ける。
「暗唱だけなら私も出きるのに……でも……」
「おい」
エルの呼び掛けも聞こえていないのか、リーファはセルティアだけを見つめ続けついる。その様子に嘆息し、エルも前を向く。
(封じられた言葉、か……)
魔術もだが、聖術にも存在する。通常の力よりもさらに高位の力を発揮するときに使われる言葉だ。
もちろん誰にでも扱えるわけではない。その言葉を知ること事態、上から認められなければ許されない。
そして言葉を知れても、実際に扱えるかは別問題だ。
唱えるだけでは意味をなさない。唱えながら中と外の力を練らなければならない。
それが出来るものは、少ない。
「ああ、精霊だ……」
セルティアの周りに精霊が集まりだす。きらきらとした光の粒子が少しずつその姿を形どり、穏やかな風と共に現れた。
「見えてるんですね……」
「まあ」
精霊の気配で我に返ったリーファは、エルがその姿を捉えていることに軽く驚くも、すぐに納得する。
「さすが……」
リーファは続きの言葉を飲みこむと、風の精霊を驚かせないように、セルティアにゆっくり近づいた。
「ねえ、お願いがあるの」
セルティアはすり寄る精霊に、微笑み優しく言葉をのせる。
「花の乙女が近くにいるわよね? 花の大地を救いたいと伝えて。そして会いたい、とも。出来ればここまで連れてきてほしいの」
花の精霊と心を通わせることが出来る乙女がいれば道が開ける。事態を把握することが出来るし、上手くいけば花の大地に踏みいることが可能かもしれない。
「お願い出来るかしら?」
最後はにっこりと笑顔を作り可愛らしくお願いする。
風の精霊は願いを聞いたのか、一陣の風と共に姿を隠した。
「これで花の乙女と合流できるといいのだけど……」
「お願いします! フローラ様!」
立ち去った精霊を見送るように遠くを眺めるセルティアの横でリーファは祈るように手を握り合わせた。
(花の乙女に祈ってどうするのよ……)
そう思いはしたものの、リーファの真剣な様子にセルティアは何も言わずにいた。
◇◆◇
「本当に来るのかねえ」
「来てもらわなければ困るのよ、紅蓮」
セルティアはイグールを嗜めながらも、内心ため息をつく。
風の精霊にお願いしてから一時間は経った。どのタイミングで花の乙女が現れるかわからないので、この場を動くことは出来ない。
(もしかして、残り一割を引いてしまったのかしら……)
口にはしないが、そんな不安が過る。だがそれを隣で胡座をかくイグールには悟られたくないので、平然を装い続けるしかない。
「……ティア、ちょっと」
草の垣根を分けながらエルが困ったように近づいてきた。
十分程前にリーファと二人で周囲を確認しにこの場を離れていたのだが、戻ってきたエルの近くにその少女の姿はない。
「エル、リーファはどうしたの?」
「ちょっと困ったことになった……」
「え?」
「とにかく来てくれ」
急かすように言うが、そこに逼迫した様子はない。しかし本当に困惑しているようで、セルティアとイグールは訳が分からず顔を見合わせるのだった。
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