第三十六話 大国の基準
西の大地で異変が起きているらしい、という理由で真相を確認しにこの地までやって来たのだが、少なくても農業都市プランタでは何も問題ないように見える。
「……でも、花の大地では何かが起きている」
その為に花と風の精霊は嘆き哀しんでいるのだ。花の大地の真相を知ろうにも、セルティアには花の精霊を呼び出すことは出来ない。
それはもちろん、他のメンバーもだ。
「関係があるかはわからないけど、花の開花が例年より遅れている、と言っていたな」
「開花が?」
エルはプランタの騎士隊に聞き及んだことを話した。
顕著なほどではないが、少しだけこの時期に咲く花の開花が遅れているらしい。
(そういえば……)
セルティアは夕方見た花を思い出した。白い花が満開になっていてもおかしくないはずなのに、まだ蕾が見受けられたのだ。
「その話なら俺も聞いた。それに、ここから西にある集落だと農作物の収穫量が減ったらしいぞ」
「それは……初耳だわ。収穫量に影響はないと聞いていたのに」
「ここはな。だが、集落だ。国で把握してるとは思えねぇよ」
「……それもそうね」
大国アリアレスには都市と呼べるものが五つしかない。国から認可されている都市は魔除けや聖なる加護が施されている為、外的影響を受けにくい。
しかし大国内には都市以外に様々な集落があり、其々の営みを行っている。それらの集落は認可されているわけではないので、国の庇護はない。
すなわち、外的影響を受けやすいと言える。
「ああ、その話も聞いた。何日か前、行商人が騎士隊に相談を持ちかけたらしい。だが……」
「確証もなく、国の許可もなく、調査は出来ない?」
「……その通りだ」
セルティアの指摘にエルは苦々しく頷く。
都市の外に対して調査を行うことを、騎士隊は国の許可なくして認められていない。それは魔術師にもいえることで、魔術連盟の許可なくして、行動をとることを是としていない。
「……でもセルティアちゃん。王都にはそんな話は届いていないから、許可が下りることはないと思うの。今回のことも本当に一部の乙女達の噂話だから……」
申し訳なさそうにするリーファにセルティアは嘆息する。深刻に捉えたのは花の乙女だけなのだろう。その花の乙女がいなくなったとなれば一大事だが、今は明るみになっていない。
「相変わらず面倒な国ね」
セルティアのそんな感想は、多くの者が少なからず思うことだ。
「今に始まったことじゃないだろ。それよりどーすんだよ、夢幻。すんげえ面倒なことになってねえか?」
「どうするもこうするも、花の精霊に会ってもらうしかないでしょ」
「どうやって? こいつに女装でもしてもらうか?」
確かに魔術師よりかは聖に属するエルの方が可能性はある。
「冗談やめてくれ」
にやけた笑みを浮かべるイグールにエルは顔をひきつらせた。
心底嫌そうな顔をしているところ申し訳ないが、一堂はそれぞれ目を向け想像する。
元々文句の付け所がないほど美しい容貌をしているのだ。イグールが女装すると滑稽だが、エルがするとそうとは言いきれない。
(ああ、なんか似合いそう……)
間違っても似合うなんて口にすると機嫌を損ねそうなので、セルティアは目線を外し、咳払いを一つした。
「……まあ、それは根本的に意味がないわね。精霊は見た目でなく、本質を見る存在だから」
似合う似合わないは別として、それは例えエルが女装したところで意味をなさない。花の精霊はなにより乙女が一番好きなのだ。
「じゃあどうすんだよ? おめー花も呼び出せたっけか?」
「無理ね。偶然出会えたら運がいいけど、逃げられるのがおちだわ」
元来、臆病な花の精霊は人見知りが激しいのだ。声をかけた瞬間、消えてしまうだろう。
「でも、言い考えがあるわ。……と、いうかこれしかないと思う」
微笑するセルティアに、令嬢は期待を、男二人は不安を込めた眼差しを送った。
◇◆◇
農業都市プランタから馬車で三時間ほど西に進むと一つの集落がある。昔からこの地に住む者で、自給自足を基本とした小さな集まりだ。
「これは……ちょっと想像以上ね……」
セルティアは集落の畑を間近で見て、眉をひそめる。
土を一掴みするとパサパサと、水分が感じられない。色褪せており、とてもじゃないが畑に使えるものではなかった。
実際、育つはずの作物はほとんど力なく項垂れていた。咲かせるはずの花も萎れ、その実は成長を止めており、収穫など出来るはずもない。
「気になって来てみたけど、収穫量が減ったとかいう話じゃないわね……」
「そうだな……聞いていた話より酷い」
隣で見下ろすエルも苦々しく歯噛みする。騎士隊に持ち込まれていた話よりも事は深刻なようだ。
昨夜の話で、確認も兼ねて四人はこの集落へとやって来た。
僅か三時間の距離だ。それほど遠くない場所で、異変は明らかに起こっていた。
土は痩せ、作物は力をなくし、人々は苦難を強いられている。
「本当、悠長に構えているわけにもいかないわね……」
自給自足の集落で、この状態は死活問題だろう。
畑を一つ一つ確認するセルティア達に、集落の人々は遠巻きに眺める。行商人以外の余所者が珍しいのだろう。人々の瞳には好奇心と不審と不安の色が渦巻いている。
この集落の長の話によると、異変が表れ始めたのは十日ほど前からだと言う。最初は気にも止めていなかったが、徐々に、しかし確実に植物の生気が失われいった。終いには収穫間近のものでさえ、萎れてしまったそうだ。
明らかな異常を感じ取ってはいたが、集落の人々にはどうすることもできず、途方にくれるしかなかった。
「急ぎましょう。
「セルティアちゃん……うん。わかった」
踵を返し集落を足早に出ていこうとするセルティアにリーファは慌ててついていった。
本来の目的はこれじゃあない。
乾いた風が後押ししていた。
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