第二十三話 魔剣伝説

「とりあえず、ここをどうにかしないとな」


 色々と荒れてしまった公園を見て、エルはため息混じりに言う。公園が荒れた主な原因はセルティアとブラエが放った魔法によるものだ。

 改めて現状を把握すると、セルティアは額に手をあて項垂れた。


「そうね……」

(街中で派手な魔法は使わないようにしてたのに……)


 魔術に修復や再生の力はない。それらは聖術が得意とする。だからセルティアは極力街中で魔法は使わないようにしていたし、使ったとしてもそれは破壊を生まないものだけにしていた。


(魔剣の話を聞いて思わず……って、関係ないわね)


 ブラエの言葉はどれもセルティアの心を乱すのに充分だった。だからここが街中だということをうっかり忘れていたのだ。


「わたしも手伝うわ……といっても大したこと出来ないけど」


 無惨に切り落とされた木々や消え去った芝生の修復を始めていたエルとジェークに声を掛け、申し訳なさそうにする。騎士二人が止めたところで聞く耳を持たないセルティアは、修復ではなく、掘り起こされた土を魔法で平らにしていく。しかしセルティアに出来るのは精々これぐらいで、やはり芝生に戻すには聖術が必要だ。


「まあ、これぐらいでいいか。あとで整備部に任せよう」

「なんか怒られそうですよねー」


 大まかな修復を終えたあとは整備部に丸投げすることに決め、一旦ハレイヤが待つ場所へ戻ることにする。

 整備部は街中や街道等を整備し住民が暮らしやすいように整える人達の集まりだ。まれに騎士隊が任務中に破壊してしまったものを修繕することもあるのだが、決まって良い顔はされない。

 足早にハレイヤの元へ戻れば、既に他の隊士が数名倒れた男を囲んでいた。


「隊長!」

「ハレイヤ……変わりは?」

「特には。拘束した男は大人しいままですが、剣を離そうとはしません。そちらはどうでしたか?」


 珍しくハレイヤが心配そうにエル達を見ると、ジェークが肩をすくめてお手上げのポーズをとった。


「色々あったけど、逃げられたよ」


 この場で全てを説明するのは些か内容が込み入りすぎる。ある程度察したハレイヤはそれ以上問わず、男と男が持つ怪しい剣の処遇を訊ねた。


「魔術連盟に連絡は必要だろうけど……これ引き離せないないのか?」


 しっかりと握りしめられた男の手を確認し、エルはセルティアを見る。隣に並んで同じように確認したセルティアは一つ頷きその手をかざした。

 すると一瞬で男の手から剣が抜け落ちた。そしてセルティアは懐から真っ黒の布を取りだし、剣を丁寧に包んだ。

 散々引き離そうと手を焼いていたハレイヤからすると、すんなりと離れた剣を見て驚きを隠せない。


「これでいいわね。連盟にはわたしの方から連絡を入れるわ」

「今回はいいんだ?」


 前回は 全て騎士隊に丸投げ状態だったのに対し今回は関わる気でいるらしい。

 エルが不思議そうに問えば、仕方ないとセルティアはため息をつく。


「いろいろと、説明しないといけないでしょ。それにこれの封印のこともあるわ」


 今はセルティアの力で弱らせてはいるが、然るべく処置を施さないといけない。ならば話のわかる者に来てもらうしかないだろう。


「じゃあこれの説明をする気は?」

「……まあ、ないことはないわ。そうね、どこか落ち着ける場所でゆっくり話しましょう」


 聞かれるだろうと予想していたので、セルティアは動じることなくエルに向き合う。話せる範囲で聖騎士にも知ってもらう必要があるだろう。

 そして遅かれ早かれエルの耳に入ることになるだろう。


 彼らはこの世界の伝承を知っているだろうか。


◇◆◇


 世界の伝承の中に、魔剣伝説と呼ばれるものがある。


 この世界にはエンディールと云う唯一の女神がおり、この女神が今の世界を創ったという。


 それが今の世界の常識。


 だが今の世界が出来上がる遥か昔、エンディールは女神の名ではなく、世界の呼称であった。


 その昔、女神は存在せず、六つの魔剣と六つの宝珠が世界を創っていた。


 魔剣は消滅と破壊を、宝珠は創造と再生の力を宿し世界のあらゆるモノを壊しては創っていく。


 これが後の魔術と聖術であり、人の中に宿ることになる。


 魔剣と宝珠はそれぞれ意志を持ち世界を思いのままにしていく。

 それは統一性のないもの。

 これでは世界は何一つ出来上がらない。


 そこでエンディールという世界は魔剣と宝珠を導く六つの影を用意した。

 六つの影の目的はただ一つ。

 世界を創りあげること。


 一つの影が魔剣と宝珠を一つずつ手にし、世界を創りあげていく。

 同じ目的を持つ影は離れていても意志が揺らぐことはない。


 永い、永い時間を経て、エンディールは今の世界を創りあげた。


 影は世界が軌道にのるまで、少しずつ干渉を繰り返す。

 やがて世界は生命いのちある存在が営んでいくようになる。


 過剰な干渉は今の世界の妨げとしかならず、影は役目を終えたのだと気づく。

 だが意志のある魔剣と宝珠はまだ世界を壊し、創りたいと云う。


 もはや魔剣と宝珠は世界に必要ない。


 特に魔剣は危険だ。このままでは折角創りあげた世界が壊されてしまうから。

 宝珠は壊されたモノを再生することは出来ても失った時間を戻すことは出来ない。

 生命いのちを癒し、産み出すことは出来ても、同じ生命いのちを創ることは出来ない。


 世界が壊されてしまうことを危惧した影は、宝珠で魔剣を封じることにした。

 魔剣を封じるためのチカラを創造し、深い闇の中へ姿を隠す。

 世界から隔離させるのだ。


 また影は宝珠のチカラを抑え、宝珠を守る為に、宝珠と一つになる。

 宝珠のチカラもまた、世界には大袈裟なモノであったから。


 大きすぎるチカラは世界には必要ない。

 ただ世界は成長し、変化する。

 その為に影は少しだけ魔剣と宝珠のチカラの片鱗を世界に残した。


 それが世界に誕生した生命いのちの為だと信じて。


 やがて魔剣と宝珠の存在は生命いのちから遠ざかり、その存在は薄れていった。

 エンディールという世界の呼称も消え、いつしか世界唯一の女神の名に置き換わっていく。


 女神が世界を創り、生命いのちを与え、光と闇をもたらした。

 聖力と魔力を持つものは女神に愛された証とされ、世界を動かしていく。


 どれ程の時が過ぎても、影は今も世界の各地にひっそりと宝珠と共に眠っている。

 その存在が明らかになっているのは現状で三ヶ所。

 どの場所も厳重な封印が施されており、そのチカラを目にすることはない。


 また永い年月を経て、魔剣の所在も二ヶ所判明している。

 しかしエンディールの伝承により、その封印が解かれることはない。

 むしろ世界各国にある魔術連盟が率先してその封印の強化・維持・保護を行っている。

 国家間の情勢がどのような場合であっても、魔剣と宝珠に触れることはない。

 それが今の世界での暗黙の規約ルールであった。


 そしてこの伝承を知るものは、今はもう数少ない。

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