第二十四話 双子のお誘い

 南地区総合役所の敷地内にある騎士隊本署。二階建ての建物で二階の一番奥に位置する執務室には現在四人居合わせていた。


「連絡した通り例の物を引き取りに来ました」


 己の席についている騎士隊長のエルと側に控える副隊長の二人は普段からここにいることが自然の為、なにも可笑しなことはない。しかしもう一人、この場には似つかわしくない男がいる。


「随分急だな。連絡がきたのは今朝。まだ三時間と経ってない」

「充分では? ことは急ぎますので」


 報せを受けたのが約三時間前。三時間あれば充分と思われるが、そもそも例の物について中央地区に連絡を送ったのが七時間前。中央地区から南地区まではどんなに急いでも半日は掛かるはずだ。どう考えても計算が合わない。

 エルが胡乱うろんげな眼差しを送れば、艶のある青い髪を流した男はなにやら納得したように一つ頷いて、紫の瞳で見返す。


「そしてまずお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 あくまでも冷静に対応するハレイヤは、そもそも男が名を明かしていないことを指摘する。いきなりやって来て、受付の制止も聞かず部屋に入ってくれば、誰だって良い気はしないというものだ。


「……これは失礼した。てっきり話は全て通っているものだとばかり思っていたもので」


 一度頭を下げれば、男は表情を変えぬまま改めて、と口を開く。


「私の名はクライ。魔術連盟より命を受けて来ました。想像より早く馳せ参じたのは、急を要することであったのはもとより、事前に近隣で待機していた、ということもあります」

「近隣?」

「正確には中央地区と南地区の境目です」


 中央地区は城壁で囲われており、王都の中で最も厳重に警備されているのだ。一つの街であるはずなのに、他の地区とは別の街であるかのように隔離されている。南地区との境目には大きな道が隔たり、そこから下町風の喧騒が広がっている。

 確かにそこからであれば三時間と掛からずこちらに辿り着けるだろう。

 だがなぜ待機していたのか。まるで全てが分かっていたかのような振る舞いである。


「あなた方がいるのであれば解決は早いかと」

「何が起きているか知っていたのか?」

「あの方にはお見通しです」


 色々気になる言い回しにエルは眉を潜めた。どこまで分かっているのだろうか。


(あなた方、か……)


 それは誰と誰を指しているのか。瞬時に魔術連盟が動いた辺り、セルティアがなんらかの働きをしたのは間違いないだろう。

 彼女からはなんの説明もなかった。話してくれたのはエンディールの伝承だけだ。


「この記章に誓い、素性は確かだと断言しますが、お疑いなら連盟に問い合わせて頂いてもよろしいですよ」


 その胸元には金の五芒星を象った赤い記章が輝く。

 クライの言うとおり通信機能を備えた魔導機を使用すれば魔術連盟に問合せ、真偽を確かめることが出来るだろう。


「そんなことしなくてもそれを見れば本物か分かる。それにあんたのことも少しは知っているよ」


 エルは目を細めて赤い記章を見る。

 これは中央地区の更に中央にそびえる王城への立ち入りを許可された証だ。赤い記章の中に、魔術連盟の者は金の五芒星を、騎士は二つの剣を交差させたものを象っている。

 それは地位や信頼、実力など様々なものを持ち合わせていなければ得ることができない最高の証。特殊な施しがされており偽装することはできない。少なくとも騎士の記章を持つエルが見間違うことはない。


「クライ、か……その二つ名も聞いたことがある。氷崩ひょうほうの魔導士だったか。城で何度か見かけたことはある」

「ご存知でしたか。流石、と言ったほうが良いですか?」


 口端を微かに上げたクライをエルは一睨みし、黙らせる。これ以上だらだらと話を続けるつもりはない。


「ジェーク、あれ持ってきて」


 一声掛ければジェークは部屋の壁際にある鍵付きのチェストから黒い布に包まれた長いものを取りだしエルの前に置いた。


「これが魔剣だ。確かに渡したからな。あとは好きにしてくれ」


 クライは布を少しだけずらし、中身を一目確認する。黒い布には封印の術がかけられており、これが魔剣の力を封じているのだろう。布も力なき者が取れないようにされている。


(相変わらず小細工が好きだな……)


 これを用意しただろう人物を思い描き、無意識のうちにその瞳が冷ややかなものとなる。


「……確かに受け取った。では失礼する」


 魔剣を抱えるとすぐに踵を返すクライを一瞥し、エルは一つの疑問を問いかける。


「なんであんたみたいなのが来たんだ?」


 クライは二つ名を持ち、記章を与えられるほどの者だ。荷物の受け取りの為だけに動くには些か役不足なのではないか。


「……この場で魔剣を受け取り、無事に運べる者など私ぐらいだ。私が適任だ」

「そういうものか」

「ああ。それに他の者がくれば要らぬ騒動が起こりかねない、とだけ言っておこう」


 先程よりも少し砕けた物言いと、振り返り様に自嘲の笑みを見せるとクライは今度こそ執務室から出ていった。


「……なんだったんですかね、あの人。偉い人っていうのはなんとなく分かりましたけど」


 ジェークが首を傾げながら問えばエルは苦笑せざるおえない。

 気になる謎ばかりを残していった。


「さあな。少なくても南地区ここには相応しくない地位なのは確かだな」

「……それ、隊長が言います?」


 ジェークとハレイヤに見られ、エルは気まずそうに顔を背け咳払いをする。

 言ってしまえばエルも南地区ここには相応しくない地位を持っているのだ。


「とりあえず、これで一件落着だ。二人ともお疲れ」


 隊長がそう切り出せば副隊長二名も緊張をとき、穏やかな笑みをつくる。

 まだ多少の事後処理は残っているが一番手を焼いていた魔剣を手放せたのだ。操られていた男の処遇も魔術連盟に委ねることが決まっている。残りはさほど問題ない。


「隊長もお疲れ様です。あとはこちらで処理しておきますから、少し休憩をとってきて下さい」

「いいのか?」

「私たちだけでどうとでもなります」


 昨夜の事件でずっと事後処理に追われていたエルはほとんど休めていない。それは副隊長二名も同じはずなのだが、仮眠もとらず副隊長より働いていたことを二人は知っている。

 不眠不休のエルからすると、正直ハレイヤの申し出は有り難かった。だからエルは一つ伸びをして立ち上がる。やはり事務仕事は肩がこる。


「じゃあ休憩してくるから、あとよろしく」


 ひらひら、と手を振り、何時間かぶりに執務室からその身を脱出させたのだった。


◇◆◇


 思わぬ休憩時間を手に入れたエルは見慣れた街をのんびりと歩く。

 あのまま宿舎に戻って寝てしまいたい気持ちもあったが、一度横になれば暫く起き上がれる自信はなかった。いくら一段落ついたからといえど、すべきことがまだ残っているのも事実。ある程度したらまた執務室へ戻るつもりでいる。

 連日騒がしていた犯人が捕まったという報せは既に街中に広まっており、心なしか人々の顔つきが晴れやかなものとなっている。

 そんな中に、見知った二つの姿があった。


「……あれ? 確かティアのとこの……リリーとロールだっけ?」

「エル様!」


 どちらの声か、二人の声か判断しかねる声色で、灰色の癖毛と金と翡翠のオッドアイを持つ幼い双子が笑顔で駆け寄る。

 その手は仲良く繋がれており、空いた手はそれぞれ小さな袋が提げられている。


「お使いか?」


 丁寧な挨拶をした双子にエルは問いかける。館を訪ねたときもそうだったが、この双子は年齢よりもずっと礼儀正しいのだ。

 だが相応の無邪気な顔を見せられると思わず微笑んでしまう。


「はい。セルティア様はお昼の用意で手が離せませんので。あ、エル様ありがとうございました」


 突然、ロールが丁寧に頭を下げれば、続いてリリーも真似る。しかし御礼を言われる心当たりがなく首を傾げるしかない。


「ドロドロした怖いもの、エル様達が追い払ってくれたって聞きました」

「セルティア様が教えてくれました。だから僕たち嬉しいんです」


 きっとそれは辻斬りの犯人のことではないだろう。魔剣が帯びていた禍々しい力か、救世の使者の力か、それとも両方かを指しているのだと思い当たった。


「追い払ったのは主にティアだよ。俺たちはたいしたことしていない」


 結局のところ、騎士隊だけでは解決出来なかっただろう。少なくとも短期間で救世の使者には辿り着けなかった可能性が高い。その存在が判明したことが、実は一番重要だったりする。

 謙遜するエルに対し双子は揃って頭を振る。


「いいえ、そんなことありません。エル様も騎士隊の皆様も街を守る為に一生懸命だったって教えてくれました」

「セルティア様は僕たちに嘘をつきません。だから騎士様達が怖いものから僕たちを守ってくれたんです」


 素直にそう言われてしまえば返す言葉も思い付かない。なんとなくセルティアの双子に語りかける姿が思い浮かんだ。

 双子の言葉を嬉しく思い、エルはありがとう、とだけ言うに留まる。


「そういえばエル様はお昼ご飯まだですか?」

「よかったら一緒に食べましょう! セルティア様のお昼ご飯美味しいですよ!」


 事前に打ち合わせたかのように息を合わせて言う双子の申し出に、エルは数度瞬かせる。


「ダメですか?」


 返事に窮していると、双子が不安そうに見上げてくるので、エルは苦笑するしかなかった。


「いいのか?」

「大歓迎ですよ!」


 そして双子に両手を引かれ、魔女の館へ三人揃って向かう。

 きっと傍から見ると、『幼子二人に手を引かれる王子騎士の図』というのは珍妙に違いない。

 だがそんなことを気にするエルではなかった。




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