第二十二話 救世の使者
あの場にハレイヤが待機をし、セルティアが先陣を切り、並ぶようにエルとジェークは夜の街を駆けた。
騎士二人には分からないがセルティアにはどういうわけか進むべき道が明確となっている。
次第に住宅街を抜け、広い公園に辿り着いた。公園内には木々が綺麗に立ち並び、木々の間には花が植えられている。手前には芝生が広がり奥には遊具が備えられている。ここは住民の憩いの場で昼間ならば明るい声が聞こえてくるのだが、今は不気味な静寂で包まれているだけだ。
ちょうど公園の真ん中辺りに夜よりも暗い外套に身を包んだ人物が佇んでいた。その周りを緑の光が素早く周回している。
「見つけたわ」
セルティアの声が夜の公園に響く。彼女が見つめる先にいる人物にエルとジェークも警戒を強めた。ここに辿り着くまで全く気がつかなかったが、公園に入った瞬間禍々しい気配が充満していることに嫌でもわかる。
(なんで気づかなかった……?)
これほどの気配をエルが気づかないはずはない。しかし実際にこの目で姿を確認するまで不自然な位なにも感じさせなかったのだ。
「たぶん、わたしと同じように魔力を封じていたんだわ」
エルの疑問を察したセルティアは確信めいた推測を口にする。これだけ自己主張された魔力をセルティアが僅かでも感じとれなかったということは、それだけ上手に隠蔽出来るということ。それはとても厄介なことである。
(これは昨日のものと似ている……)
昨夜一瞬感じた気配はこれだったのかと納得し、すぐに消えたことにも合点がいった。セルティアが昨夜気配を辿れば、先に見つけたエルと男の対峙に気をとられ、その間にこちらは隠されてしまったのだろう。
「ご名答。流石は夢幻の名を継ぐもの、と言った方がいいのかな?」
ゆっくりとその人物はフードを外しながら振り返った。赤茶の髪が風で揺れ、髪の隙間から覗く赤い瞳には狂気が含まれている。まだ若い男は口元を三日月にし、嬉々とした声を上げると、周囲を飛び回る緑の光を手で掴みとった。
「これ、おもしろいね。君が作ったの?」
「そうだけど……気に入ってくれたのかしら?」
男が掌をひらくと砕けたイヤリングが緑の粒子となって風に飛ばされていく。
それを見て、誘い出されたのはこちら側だということも理解した。
「今回は挨拶代わりだよ。楽しんでくれたかな?」
「なら、もう少しまともな挨拶をしてくれ」
今回の騒動は全て己を明らかにする為のものだったと言うならば傍迷惑なことこの上ない。エルが剣呑に言い返せば、男は仰々しく腕を振るう。
「ああ、君の好みじゃなかったか。では改めよう。僕は救世の使者、ブラエ。以後よろしく」
「隊長……救世って!」
ジェークは驚きからエルを見る。ある程度の推測はエルから聞かされていたが、それが当たってしまったようだ。
「救世派が一体こんなところになんの用かしら? 何か気になることでもあって?」
「だから挨拶だって。この街に興味はないよ。敢えて言うなら……」
ブラエはニヤリと笑う。そして腕を宙で回せば怪しく光る剣が現れた。
「それは……」
「いや、違う」
まさか、とセルティアが驚けば間髪入れずエルが否定する。夜目が効き、視力も良いエルはブラエが持つ剣の形容がはっきりとわかった。
形は似ているがよく見れば先程の剣と装飾が違う。なにより帯びている力の性質が違っていた。
「天才君はなかなか目がいいね。僕はいくつか魔剣の封印を解いてきたんだけど……折角だからどんなものか試してみたかったんだ。だから一本あいつに渡した」
「封印を……」
聞きなれない話にエルとジェークは顔を見合わせるが、セルティアだけはその手をきつく握りしめ、睨み付ける。
「そんな怖い顔しないでよ。ほんと、気まぐれだったんだけど、良い収穫があった。あの男はあんまり使えなかったけど、噂の白と黒に出会えるなんて僕は運がいいね」
エルを白、セルティアを黒と表現し、それぞれを見比べる。白と黒と比喩された二人はその物言いに嫌悪感を露にした。
「とりあえず用は済んだから今回は帰るよ。お礼にあの魔剣は君たちにあげるから、好きにしたらいい」
「そう……って、帰すわけないでしょ!」
自然な流れで立ち去ろうとするので思わず頷きそうになったセルティアだが、すぐに我に返り咄嗟に風の魔法を放つ。
手を一振りしただけで一陣の強い風が吹き抜けブラエの行く手を遮る。その隙にエルとジェークは息を合わせたように左右から攻め入り己の剣を振るった。
「おっと。三対一か……どーなの、これ?」
難なく全てを避け、ブラエは焦るわけではなく、むしろ楽しそうにする。少し考える素振りをするが、魔女も騎士もそんな暇を与えず次の一手を仕掛ける。
素早い動きでエルが前方に立ちふさがり剣を構え、後方からジェークが剣を振るえばブラエは持っていた魔剣でそれを受けとめ払いのけると横へ数歩移動した。そしてブラエが反撃を繰り出す前に強い風が邪魔をする。
「風と大地よ、我が
セルティアの一声と共に再び疾風が起こり、それは見えない刃と化しブラエに襲いかかかる。さらには芝生から土が盛り上がりブラエの行く手を遮るように土の壁を作り上げた。
「ああ、でもダメだね」
ブラエは一度セルティア見て意味深に笑うと、魔剣で風の刃と土の壁を切り裂く。開けた視界から闇色の風を刃として放てば周囲を無差別に抉りとっていった。
そのまま尋常ではない速さで、闇色の風を避けていたセルティアに近づくと顔を寄せて囁いた。
「封じられた夢幻じゃ、僕の敵じゃないよ」
「なんで……?!」
飛び退いた所に魔剣を振るわれる。魔術を扱う者は接近戦に弱く、セルティアもその例に漏れない。多少の心得でなんとか避けるぐらいは出来るセルティアだが、ブラエは多少の心得程度でどうにかなる相手ではなかった。
ブラエの動きについていけるはずもなく、よろめいて後ろへ倒れそうになるが、いつの間にか側に駆け寄っていたエルに抱えられると、ブラエとの距離が開いていた。
「やっぱ白は速いなー。でも今の黒はダメだよねー」
ブラエが嘲るように一瞥すると彼の周りの闇が一層深くなっていく。それにセルティアは歯噛みするしかない。何と言われてもそれは事実に等しい。
「僕と勝負がしたければ、その力をどうにかすることだね」
言い放たれた声と同時にその姿は完全に闇へと消えてしまった。残されたのは荒れた公園と騎士と魔女だけだ。
「逃げられましたね……」
どういう仕組みか唖然としていたが、一先ずエルの元に駆け寄ったジェークは呟く。何から考えてらいいのか混乱するほどの出来事だった。
「そうだな……とりあえず、怪我は?」
一目でジェークに問題がないことは確認出来ているので、咄嗟に抱えたセルティアを地に降ろしながら怪我がないか確認する。
声を掛けられ我に返ったセルティアは、状況を把握した途端、慌ててエルから離れた。
「だ、だいじょうぶ、だわ……えっと、ありがとう」
決して滑らかとは言い難い声に不信感を表せば、セルティアは顔を赤くしながら何度も首を横に振った。
「本当に、大丈夫だわ!」
(あれに動揺しないわけないでしょ!)
言葉とは裏腹に、心臓は高鳴りっぱなしで、大丈夫とは言い難い。しかしそれを悟られるのはなんとなく嫌なのでセルティアは必死に誤魔化すことにした。
「んー、たぶんティアちゃんは隊長に抱えられたこととに照れてるだけじゃないですかね?」
「ちょっとジェークさん……!」
言い当てられ、しかも本人に暴露されるとセルティアはますます顔を赤くした。ジェークを非難しようにも、本人に悪気がなければ言葉が続かない。居たたまれなくなって顔を覆えば、エルが小さく笑う気配がした。
(もう色々と恥ずかしすぎる……)
肩を震わせて笑うエルを直視出来ず、暫く黙っていることにした。今は上手く話せる自信がない。息を吐き出して心を落ちつかせてみる。
「まあ、怪我がないならそれでいい」
そう優しく微笑まれながら言われてしまうと、収まりかけていた鼓動もなかなか落ち着かないということを、きっとエルは知らないのだろう。
ジェークの言葉を借りるならエルは"天然タラシ"らしく、これはこの先も非常に厄介な気がする。
セルティアは半ば諦めにも似た気持ちで、ぎこちなく笑うことにした。
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