第2話
あの日から、私はなんとなくあのカフェの事をぼんやり考えていた。もしかすると、マリの事が少し気になっていたのかもしれない。彼女は素敵な女性だった。美しいとか、可愛いとかそういう言葉で表現できるようなものではなく、彼女には不思議な魅力があったのだ。
数日して、私は再びカフェに足を運んだ。
ドアを開けると、バターの香りとコーヒーの香りがふわっと広がり、何だか少し幸せな気持ちになった。その日、マリは何故か沢山の靴やバッグを持って、困ったように笑っていた。
そして横にはいかにもお金持ちの奥様が立っていた。
「本当にくださるんですか?」
マリが聞いている。
「いいのよ。よかったら貰って。全部いいものなのよ。未使用よ。」
どうやら奥様がマリに自分のいらなくなったものをプレゼントしているようだった。
それらはピカピカのレザーのブーツに、高級ブランドのバッグ、高そうなファーなどだった。
「こんなにいただくわけにはいきませんよ」マリは困ったように断ろうとしていた。
「私はね、生まれてこのかた、働いたことがないのよ。」奥様は話し始めた。
「学校を卒業して、すぐに今の旦那と結婚したの。実家にはお手伝いさんがいて、家事なんかももちろんしたことなかったし、結婚してからも家事はしなくてよかった。だから子育てをしながらも自分の時間を持つこともできたの。だから、パン教室やお花も習ったわ。そして旦那がくれるお小遣いで買い物をして。気づいたら買うことで満足して一度も使わないものも沢山あるの。」奥様は誰もがうらやむような生活をしているようだった。けれど、何故か彼女が幸せそうに見えなかったのは、そう話す彼女の顔がとても寂しそうだったからだ。
「私は時々ものすごく息が苦しくなるの。だから最近はずっと家にいたんだけど久しぶりに外に出てみた時、このカフェを知って、中に入ってみるとね、なんだか忘れていた気持ちを思い出したのよ。」私は黙ってコーヒーを見つめていた。
「あなた、これもらってくれる?」彼女は微笑みながらマリに言った。
「ありがとうございます。私、おしゃれなものあまり持ってないから。嬉しいです。」マリは優しい笑顔を浮かべていた。マリが何を思ったのかはわからない。けれど、彼女はきっと奥様の気持ちを受け取り、そして奥様の寂しさを共有しようとしているかのように見えた。
奥様は、和やかな笑顔を浮かべ、コーヒーを飲みほして店を出て行った。高級ブランドバッグを持ち、美しいファーとコートを身にまとった彼女の後姿越しに、夕焼けの温かい光が差し込んできていた。
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