10 籠目原


『あと話せることがあるとすれば……桜様が〈月〉を目撃した場所についてですね。神都で広大な草原となるとやはり――』

あみかごはら


 カルナが言うよりも先に桜は自身が推測していた場所を述べた。そしてカルナも同じ考えだったようで、すぐに同意を示す。


『桜様もそう思われますか』

『神都で草原と言われたらかごはらしか知らないってだけなんだけど。それにあの逸話とも状況的に重なってるしね。というか籠目原以外で神都に草原なんてあるの?』

『籠目原ほどの大きさではありませんが、神都府とその付近合わせて六箇所候補地があります。籠目原含め、すでにそれらの場所に人を向かわせて周辺の調査を行っていますが、今のところ特異事項の報告はありません』

『……その調査ってのは、あんた達神衛隊以外に警察とかも含まれてるの?』

『はい、そうですが。何か問題でもございますか?』

『いや、問題というか……』


 カルナは桜の不満げな物言いから何かを察したようで『ああ、なるほど』と相槌を打つ。


『警察と協力して動いてはいますが、当然ながら国神に関することは極秘事項。ですので警察は桜様が視た〈夢〉を名目にして動いているわけではありません。名目上は昨日の神宮での事件に関連する調査ということにして動いてもらっています。警察上層部にある程度事情を知る者はいますが、それでも桜様に辿り着くことは絶対にありません。国神の秘密は徹底厳守した上で動いておりますので、どうかご安心ください』

『あー……、うん。ありがと』


 歯切れ悪く礼を言う。

 そこも気になっていた点ではあるのだが、そうではない。


『あの、すみません。先ほどお話ししていた〝かごめはら〟というのはどういうものなのですか?』


 桜とカルナのやり取りが一段落したとみたのか、そろそろと詩織が訊く。


『詩織様、あみという街の中心にかごはらという草原があるのです』

『せあみ……。たしか先ほどからす高校があると言っていたのも、せあみというところだったような』

『はい。籠目原と鴉摩高校は同じあみ市にありますね』

『なるほど。だから、かごめはらが怪しいと』

『それだけではありません。籠目原がとても大きな草原であるということ、それに加えて籠目原には国神に関するある逸話が残っていまして』


 この国が建国されて百年と少し経った頃、国神がある予言をした。

 籠目の街に隕石が落下し、街が全壊するであろうという未来を。


『カルナさん、その予言というのはやはり……』

『はい。当時の国神が視た〈未来視〉によるものでしょう』


 その国神の予言を当時の人々は一切疑うことなく受け入れた。人々は籠目周辺から退避。そして数日後、国神の予言通り、籠目で大きな爆発が起きた。

 それは街が跡形もなく消え去るほどの爆発であったが、国神の予言のおかげで人々は災難から逃れることができたのだった。

 そして更地となった籠目は国神の偉大さを湛えるためにそのまま保存されることとなった。かつて籠目だったその場所は今では緑溢れる草原となり、籠目原と呼ばれ、今では国営公園として人々に利用されている。


 国神が隕石の落下を予言し、その隕石によってできたクレーター。その場所を保存してできた草原、それが籠目原だ。

 そして今回、国神となった桜が視た夢。〈月〉の落下に広大な草原という状況ともなると、おのずと籠目原の名前が出てくるというわけだ。


『ですがまず事実として、籠目に隕石の落下はなかった。私たち神衛隊にはそのように伝え聞いています』

『えっ?』


 桜もそのような話をどこかで聞いたことがある。

 当時、籠目に起きたその爆発は多くの人に目撃されたらしいが、爆発直前に空から隕石のようなものが落下してくる光景を見た者は誰もいなかったという。

 加えてクレータの形状が不自然やら、隕石の破片等も見つかっていないことなどもあり、籠目の街は本当に隕石の衝突によって壊滅したのか疑問視されているとか。


『隕石落下の予言は当時の国神が人々を籠目周辺から離れさせるためについた嘘でした。何故そのような嘘をついたのか。その真相は、〈未来視〉で捕らえた籠目に現れる強大な力を持つ外敵を迎え撃つため。そして籠目が更地となったのは、当時の国神がその外敵と激しい戦闘を繰り広げ、この国を守り切ったその結果であるということです』

『そのようなことが……』


 街一つ吹き飛ばす戦いがあったとは、なんともまあ派手な真相だ。

 しかし隕石落下が虚言だったとはいえ、それでも籠目原は大昔の国神が〈未来視〉を使い、そして敵対者と戦った場所であるということになる。

 なおのこと桜が視た夢の状況と重なる部分が増えたのかもしれない。


『桜様、詩織様。前をご覧下さい。あみ市が見えてきました。すぐに籠目原も見えてきますよ』


 爽やかに晴れ渡る空の下、そこに背の高いビルがびっしりと建ち並んだ街が見えてきた。

 しん府北側にある世編市は、妖美で趣のある古都として有名な神都市とは対照的な、真新しさに溢れた都会的な街だ。

 清新にして清爽。東京に並ぶ、最新の技術と流行が集う近代都市。

 それが世編市だ。


 そして見えてきた。

 隣の詩織からわっと声が上がる。

 高層ビルが林立するあみの街、その真ん中に堂々と広がる緑のオアシス――かごはらが。


(――!)


 籠目原が視界に映り込んだその時、一瞬、桜の脳裏にうっすらと白黒の幻影ビジョンが過ぎった。

 桜は空を大きく蹴りつける。


「桜様!? どこへ行かれるのですか!?」


 突然方向と速度を変えて跳びだした桜に詩織が慌てた声を出す。


『学校より先に籠目原の方を確認する』

『は、はい。籠目原の確認も大事なことだと思います。ですが……』

『何?』


 桜は苛立たしげに足を緩めて振り返る。


『もうすぐ八時です。籠目原へ向かうとなると、約束の時間に遅れてしまいます』

『約束……?』

『鴉摩高校で雛様が紹介してくれた方と待ち合わせをしています。学校の案内をしてくれるという話だったのですが』

『ああ、そういえばあったわね、そんな話』


 〈未来視〉の件ですっかり忘れていた。


『今はこういう状況だし、その学校案内はまた今度にしてもらえば?』

『ですが、その方に協力してもらえれば学校での探索も上手く進むと思うのです』

『そういうことでしたら』


 カルナが会話に入り込む。


『約束のことは気にせず籠目原へ向かってください。あの子には私から少し遅れると伝えておきますので』


 どうやら雛の知り合いは、カルナの知り合いでもあるらしい。

 もしかするとその待ち合わせをしている人物もカルナと同じ神衛隊の一員なのかもしれない。


 先ほど脳裏に過ぎった幻影を追うように桜は籠目原に目を凝らす。空を連続で蹴りつけて一気に加速。駆け抜ける。

 籠目原上空に着くや勢いそのままに空から急降下。地面直前で身体をくるりと翻し両足で綺麗な着地をきめる。

 そうして籠目原に降り立つと同時に、


『あれ? んんん? 消えてる……?』


 デバイスから素っ頓狂なカルナの声が送られてきた。


『何? どうしたカルナ』

『……すみません。少し調べたいことができまして、いったん通信状態を解除させていただきます。何かご用がございましたら気軽にデバイスで呼びかけてください。失礼します』


 何かトラブルだろうか。

 これまでの会話から推し量るにカルナは相当のマルチタスクをこなしていると思われる。色々と忙しいのだろう。


 桜は籠目原――春の日差しを浴び、みずみずしく広がる鮮緑の大草原を見渡す。

 桜が降り立った場所は籠目原の中心付近で、三百六十度、一面に平坦な草原が広がっている。本当に何も無い、ただただのどかに風で揺れる緑の空間だ。


 へいじつの朝早い時間ではあるが、籠目原にはそこそこ多くの人が訪れている。

 ランニングやスポーツを楽しんでいたり、霊術の練習をしている者が多く見られる。

 遮蔽物のない平地が数キロに渡って続くこの場所は、身体を動かす場としては最適だろう。

 桜がいる場所から少し離れたところには競技霊術の練習をしているジャージ姿の者達が居て、威勢のいい掛け声が聞こえてくる。

 若い男女の声。学生だろうか。


 桜は夢で見た光景をなぞるように仰向けになって寝転がった。

 雲一つない、穏やかさに満ちた青空を視界に収め、そしてゆっくりと目を閉じる。


 白黒に滲んだ草原と〈月〉がまた脳裏に浮かび上がる。そして緩やかに消えていった。


(……まいったなぁ)


 今の現象を〈未来視〉が本物で、神核が警告してきていると捉えるべきか。それとも〈未来視〉の話を聞いたことによる思い込みによって起きたものと捉えるべきか。


「桜様、何か掴むことができましたか?」

「っ!」


 右隣に突如現れた声でびくりと目を開く。そこには桜の側で行儀良くかがみ込んでいる詩織が居た。

 いつの間に。相変わらず気配が薄い。

 というかスカートのガードが微妙に甘い。桜の低視点からだと色の白い太股が良い感じにのぞいて見える。


(いや、詩織もスパッツ穿いてるだろうけど)


 霊術師は空を飛んだりと激しい動きをすることが多い。だから女性霊術師はスカートを穿く場合スパッツ等のインナーを着用するのが基本。でなければ下着丸見えで空を飛ぶようなものだ。


 桜が詩織に渡された制服セットの中にスパッツが入っていた。だから詩織もスパッツを着用しているはず。

 迷いながらも桜はゆっくりと詩織のスカートから目を逸らした。


「……ねえ、詩織。〈月〉、本当に落ちてくると思う?」

「分かりません。今の段階ではまだなんとも」

「そう。今の段階じゃ礼家クラスの力を持った怪しい女が二人居るだけ。それなのにカルナは警察まで動かして全力で調査するってはりきってる」

「ご不満ですか」

「大げさすぎるのよ。ただの夢かもしれないのに」


 自分の見たよく分からない夢を発端に大勢の人間が動いているというこの状況。桜の不満はそこに尽きた。

 今の段階なら事情を知る者が数人動くだけでも充分だと思う。警察まで動く必要があるのだろうか。


「夢であるのならそれで構いません。むしろそうであって欲しいです。ですが万に一つでも可能性があるのなら動かねばなりません。桜様の危機はすなわちこの国の危機そのもの。カルナさんの対応は至極当然のものだと私は思います」

「……あんた達はさ、これから私が妙な夢見る度にこんな大騒ぎするの? 私が〈未来視〉を習得するまで、ずっと」


 は、と小さく詩織は息をつく。

 春風が吹き抜け、周囲の草原が波立って揺れる。

 そして詩織は迷いを滲ませながら答えた。


「いえ、今回だけが特別です。少なくとも妙な夢を一度見ただけで今回のように慌て立って動くことは今後ないと思います」


 今回だけが特別。今後はない。それはつまり。

 桜は体を起き上がらせる。


「あるのか。神核を使えない今の私でも〈未来視〉が本物かどうか確認する方法が」

「はい。今の桜様でも、大まかにではありますが確認する方法がございます」

「なんでそれを今まで黙っていた……!」

「……〈未来視〉の確認方法については、雛様と連絡が取れた後に説明させていただくつもりでした」


 雛と連絡が取れた後?

 どうしていちいち雛に伺いを立てなければならない。〈未来視〉が本物かどうかを確認することは何よりも最優先事項だろうに。


「まず、その大まかな確認を行うには時間がかかります。通常、警告の〈未来視〉による未来は二日か三日先の出来事。ですが今回、桜様は神核を手にしたばかり。桜様も先ほどカルナさんに話されていましたが、〈月〉の現れる夜は今夜である可能性があります」


 本来なら最低二日間の猶予がある。

 それだけの猶予があれば大まかであるらしいが、〈未来視〉が本物かどうか余裕を持って確認することができる。

 だから今回のような騒ぎにはならないということか。


「今日がその日であれば〈未来視〉の確認は一度しか行えません。ですから慎重にその確認を行わなければならないのです」


 一度しか確認が行えない。未来の情報は国神しか得られない貴重な情報。

 慎重になるのも分かる。詩織の言っていることは分かるが。


「それで、その大まかな確認ってのはどうやったらできるの」

「……申し訳ございません。もしその方法をお教えした場合、桜様はすぐにそれを実行なさるのではないですか?」


 だから雛と連絡が取れるまで意図的に隠していた。黙っていたということか。


 その大まかな確認とやらは教わればすぐに実行できるようなものなのだろうか。

 考えるも思いつかない。


 実際、詩織の読み通り、この状況が気にくわない桜はその方法を知ればすぐさまその確認を行うだろう。


 詩織の判断は正しい。そして詩織は私のことを――。


(そういうことか)


 再び仰向けになって寝転がる。


「はーあ」

「桜様?」


 桜は大きな溜め息をついた。

 先ほどカルナに〈未来視〉のことを説明している時、詩織が神核のプラス面の力について話さなかったことが何だったのか、思い至った。

 ただ、どうして隠す必要があったのか分からなかった。

 だが今、それを理解した。

 今と同じ理由だ。


「詩織、あんたは……」


 言いかけて、言葉を止める。

 複数の視線がこちらに向けられている。

 少し離れたところで競技霊術の練習をしていた学生達が、わざわざ足を止めて、こちらをじっと見ているようだ。

 そういえば昨日もそんなことがあったなと桜は思い出す。妖精が姿を消した中、リリスと一緒に行動していた時は分かるのだが、たしかリリスと出会う前にも周囲から視線が向けられることが何度かあった。

 どうしてだ。


 とりあえず、人の目があるところで話す内容ではない。

 桜は立ち上がる。

 あまり気は進まないが、今は学校へ向かうしかなさそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る