09 白銀と漆黒


 桜はカルナに自分が見た夢の内容と、それが〈らい〉だと想定して考えたことをいくつか合わせて話した。


『なるほど。詩織様から大まかに話は伺っていましたが、桜様が視られた光景、たしかにそのまま解釈するととても奇妙な状況であるようですね』

『私の見たものが本当に〈未来視〉だったらね』


 ただの夢であれば、どれだけ奇怪奇天烈な状況だろうと何もおかしなことはない。


 しん市を抜けたからだろう、ようやく上空での人口密度が落ち着いてきた。

 カルナの使いである赤鳥はなおも北に向かって真っ直ぐに青空を飛んでいく。

 マンションから飛び立って十分ほど経つ。

 詩織によると赤鳥は桜達が通うことになっている学校、からす高校へ案内してくれているらしいが、あとどれだけ飛べば辿り着くのだろう。


 先ほど赤鳥にもう少し速度を上げてくれと頼んでみたのだが、カルナからここら一帯で決められた飛行速度制限なるものがあるらしく、これ以上速く飛ぶことはできないのだと教えられた。

 赤鳥はともかく、桜と詩織はその速度制限を守らなければならない。

 少なくとも今は急ぐ状況ではないので、面倒事を避けるためにも制限速度内で飛ぶことをおすすめしますとカルナ。

 こちらが赤鳥の速度に合わせて飛んでいたと思っていたが、どうにも赤鳥が桜達のためにあえて速度を落として飛んでいたということらしい。


『それで、カルナの方で何か情報はないの? 〈未来視〉が本物だと確定付けられるような何か』

『私達はここ数日、今現在も神都府内での情報収集を特別に強化しています。ですが、桜様が仰るような〈月〉を作り出せる者、組織について今のところ全く見当がつきません。しかし、桜様の近くに居たという謎の女生徒に関してなら少し話せることがございます』


 謎の女生徒。夢の中、動くことのままならない桜の側に立っていた少女。〈月〉と何らかの関わりがあると思われる少女。そして桜はその謎の女生徒との戦闘で敗北したのではないかと推測した。


『気がかりな少女が二人います。両者共にその正体は掴めていませんが、桜様、詩織様と同等の実力者であることは間違いありません』


 礼家である桜と詩織と同程度の力を持ち、かつ外見年齢は桜達とそう変わらない少女。それでいて正体不明。そんな奴が二人もいるというのか。


『桜様、シロガネという名の少女に何か心当たりはありませんか』

『シロガネ? いや、ないわね。全く』


 知り合いの少ない桜はすぐに断言した。


『そのシロガネって奴が気がかりな女の一人?』

『はい。名前通りの、はくぎんの髪と眼を持つ少女です』


 そのシロガネという少女は四月の頭頃から春の大祭が始まるまで、鴉摩高校付近に何度か現れ、鴉摩の生徒達に桜のことを尋ね回っていたのだそうだ。


『何で私を……。それもまだ鴉摩高校に入学していない時に』

『いえ、桜様はすでに四月の始めに鴉摩高校へ入学なされています。詩織様だけが本日転入生という形でクラスに加わる手配となっていました』

『はぁ!?』

『それと、桜様について生徒達に尋ねて回るという行動についてですが、これも別におかしなことではありません』

『……何でよ』

『十五歳という若さで絢咲の礼号を得ていながら世間では全くの無名、情報皆無な桜様。加えてその桜様が霊術養成学校としては決してレベルが高いとは言えない、初級者向けとされている鴉摩高校に入学されたということ。話題にならない方がおかしいです。私達の方である程度情報を抑えはしましたが、口コミまでは止められません。まだ桜様が一度も登校されていないこともあってか、桜様の存在そのものを疑う者もでてきており、あみ市周辺では都市伝説的な噂話が広まっていますね』

『……っ!』


 まだ登校すらしていないというのに頭が痛くなってきた。

 礼家の名前を持つ者が社会集団へ入り込んだ時に生じる面倒事は保育園、小学校を通して経験し理解している。ただ、田舎である北守と大勢の人が暮らす神都ではその波紋の広がり方は比ではないようだった。


 なおのこと学校に通いたくなくなった。

 そもそもなんでレベルの低い霊術師の学校に雛は通わせようというのだろう。それも桜が目覚める前にわざわざ学校に籍を入れるほど熱心に。


 その上、その面倒度合いはさらに引き上がる。その初級者向けであるらしい鴉摩高校にさらに今日、礼家の唯識詩織が加わるのだから。


 少し離れて隣を飛ぶ詩織に目を向ける。

 詩織は口許に手を当て、揺らぎのない静かな顔をしている。カルナの話を真剣に聞いているようだ。

 昨日も思ったが、詩織は桜が誰かと話している時はほとんど会話に入り込んでこない。ちょっとしたことで泣きだしそうになったり、制服を着た桜を見てはしゃいだりする面もあるが、やはり基本的には大人しい子であるのだろう。


 桜の視線に気付いたのか詩織がはっと顔を上げる。

 前を見て、後ろを見て、桜の方を見る。

 桜の視線が自分に向けられていると認識したからか、その頬がぽっと赤らむ。

 そして桜の方をちらちらと目を向けては逸らすという行為を何度か繰り返した後、詩織は照れながら手を振ってきた。

 これから向かう学校での面倒事などつゆ知らずといった感じで。

 乾いた息を吐きつつ桜は詩織に小さく手を振り返した。


(なんかもう一周回ってどうでもよくなってきたな……)


 カルナの話は続いている。

 その都市伝説的に広まった絢咲桜の噂話の真偽を確かめようと、ここ最近まで学校付近にマスコミ関係者などが何人も動いていたとのこと。

 だからそのシロガネという少女の行動自体におかしな事は無い。だがシロガネは鴉摩の生徒達の間で大きく話題となったらしい。

 その理由は、


『彼女のあまりにも整ったその容姿ですね。声を掛けられた生徒達は軒並み彼女に心を奪われたとのこと。生徒達の噂を聞き、私も使いの子を通して彼女を見ましたが……驚きました。桜様も詩織様も大変お美しいですが、あれは別種のものですね。作り物のような出来すぎた美しさと言いますか、メイドドレスに彼女の無表情さも相まってまるで生きた人形のようでした』


 絢咲桜を探る者達の中でひときわ異彩を放つ少女、シロガネ。

 他の者達と違い仕事や興味本位で動いているようにも感じられない。何を目的として桜に接触しようとしているのか。カルナはシロガネの正体を突き止めようとした。

 だがカルナの使いの鳥たちはシロガネから何か本能的に恐怖のようなものを感じ一定の距離までしか近寄ることができず、かつシロガネもその辺の勘が鋭いらしく、使いの鳥たちによる追跡は振り切られてしまったそうだ。


 まだこの時点でのシロガネは不審人物という程度の評価。だが春の大祭で起きたある事件で彼女の評価は大きく変わることになる。


『桜様達が昨夜戦われた亡化の仮面をつけた者達。彼らが神都市の各地で黒い靄を発生させていたことはもうご存知ですね』

『ええ。礼家が三人ほど行方不明になったとか』

『……はい。その行方不明になった礼家の者達もまだ見つかっていない状況……。この件は長引きそうで今から頭が痛いです』


 溜め息のような間の後、はっとして謝りカルナは話を続ける。


『私達しんえいたいはこの黒靄が発生する事件を追っていました。そして春の大祭、六日目。私達は行動に出ました』


 神衛隊と繋がりのあるれいが一人、神都で起きている黒靄の事件のことを知り自ら囮役を買って出たそうだ。

 人払いした場所にその協力者の礼家を一人歩かせる。そして狙い通りその場に大祭が始まって五度目の黒靄が発生した。

 靄の中から大型の魔物と半分魔物と化した者が一斉に湧いて現れ、協力者の礼家を襲う。隠れ潜んでいた神衛隊の者達がそれを迎え撃つ。

 戦闘開始から三分、大型の魔物を一体撃破。戦いの流れが大きく神衛隊側へ傾いたその時、靄の中からメイドドレスを着た女が一人現れた。

 それがはくぎんの少女、シロガネだったという。


『そして私達は彼女一人に全滅させられました』

「え?」


 シロガネが現れると同時に魔物達は続々と姿を消し、そして周囲を包んでいた黒靄までもが消え去った。

 辺り一帯が沈黙に落ちる中、シロガネは何でもないかのようにその場から立ち去ろうとしたらしい。

 当然、靄の中から魔物と入れ替わる形で現れたシロガネを無視することはできない。神衛隊は敵と何らかの関係性を持つ者として彼女を捕らえるべく動いた。

 そしてしんえいたいはシロガネの反撃を受け、全滅に至ったとのことだ。


『全員命に別状はありませんが、現場に居た私達の隊長、戦闘に特化した隊員が八名、協力してくれた礼家のみやも彼女に敗れました』


 そして申し訳なさそうにカルナは言う。


『言い訳にすぎませんが、この一件で主要メンバーを失った私達は、〈人型の魔物アルマ〉達の暴走を食い止めることができず、桜様と詩織様に多大な迷惑をおかけする次第となりました』


 それが先ほど言っていた謝罪したいことなのだろうか。

 別に感謝も謝罪もされるいわれはないのだが。


『シロガネは氷と武器を生成する霊術を使用していました。特に桜様、そのシロガネが生成した武器が銃なのです。隊長と礼家・みやはシロガネの氷の霊術には対抗できていましたが、その銃に敗れたと聞いています。私もその場をこの子の眼を通して見ていたのですが……最後の方は何が起きているのか全く分かりませんでした』


 礼家を一人、さらにどれほど強いのか今の話では分からないが神衛隊の者達を全員一人で戦闘不能にした少女――シロガネ。戦闘に銃を使い、さらに桜と接触を取ろうと動いていた。

 たしかに充分すぎるほどに謎の女生徒候補と言える。


『そのシロガネって女、髪は長かった?』

『いえ、それほど長くは。だいたい桜様と同じくらいの長さですね』

『そう……』

『もしかして桜様が視た女生徒は』

『私が覚えてるかぎりでは髪は背中まであった気がする。ごめん。最初に言っとけばよかった』

『いえ、お気になさらず。いずれにせよ礼家に匹敵する力を持ったシロガネが桜様に近づこうとしていた、その事実は変わりません。おそらくいずれ桜様の前にその姿を現すことでしょう。どうか桜様、そして詩織様も、はくぎんの少女を見かけたらご注意ください』


 隣で飛ぶ詩織が力強く頷いた。その瞳はギラギラと使命感で燃えていた。


『それで、もう一人の気がかりな女ってのはどんな奴? 髪は長い?』

『はい。そのもう一人は、長い黒髪の少女だったと聞いております』


 聞いている。

 どうやらシロガネと違い、カルナが直接その少女を見たわけではないようだ。


『その少女については名前も分かっておらず、シロガネのように桜様を探していたわけでもありません。ただ、桜様と全く縁がないとも言えません。その少女は、桜様が昨夜神宮で最後に戦われたアルマの男と互角に戦っていたとのこと。そして妖精のリリスさん、彼女が亡化の仮面から解放されるきっかけとなったのが、その少女との戦闘だそうです』

『リリスが?』


 それを聞き桜は思い出す。

 リリスが言っていた、黒い魔獣と渡り合っていたという高校生くらいの少女の話を。


 リリスから話を聞いている時は別段気にならなかったが、アベルと直接拳を交えた今では事情が違う。あのアベルと互角に戦った少女――何者なのかとても気になる。

 それもリリスが話していた通りの状況なら、その少女は亡化の仮面で完全に魔物化しているアベルと戦っていたということになる。

 相当の実力者だろう。


 カルナの仲間がその少女を目撃したのはほんの僅かな時間であったため情報は少なく、少女の特徴として上げられるのは背中まで伸びた長い黒髪だけとのこと。

 それとその場を目撃した限りではあるが、少女の使用していた霊術は、漆黒の霊力が溢れるほどに強力な身体強化、それによる高速戦闘のみ。武器などは一切使用していなかったとのことだ。


 アベルと互角に戦った。銃のような武器は使用しなかったそうだが、長い髪の持ち主。

 シロガネと同様、謎の女生徒と関係がなかったとしても気がかりな少女だ。

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