08 神衛隊・羽瀬カルナ
鳥は桜達の前で派手やかな赤色の翼を羽ばたかせる。
全長は三十センチほど。しゅっとシャープな体つきをしていて全体的に気品のようなものを感じさせる鳥だ。
鉤爪には何か光るものが握られている。
「カルナさん、桜様ですよ」
赤鳥に詩織は呼びかける。すると詩織に応えるように鳥はキュキュと短く鳴いた。
「あの、カルナさん?」
「なんか謝ってる? みたいだけど」
「え?」
桜が鳴き声の意味を汲み取ったからだろうか、赤鳥は驚いたように一度大きく翼を広げた。そして赤鳥は桜に向けて鳴き声を上げる。
「……手、出してくれってさ」
桜は赤鳥に言われた通り手を開いて前に出す。
赤鳥が手元に近づいて、鉤爪で掴んでいた光り物を置く。詩織も桜と同様に手を開き鳥からそれを受け取った。
陽光に照らされてキラキラと光るそれを手に取って調べる。
大きさは服のボタンくらいのもので薄くて丸い。そして透き通っている。
材質からして霊力水晶だろうか。
水晶の中では何らかの術式がすでに起動しているようで、黄色い光が螺旋状に循環している。
どうやら小型
再び赤鳥が短く鳴き、桜は詩織にそれを意訳する。
「これを大事に持っておいてくれ……かな?」
「凄いです桜様! 桜様はカルナさんの言っていることが分かるのですね!」
あまりにも無邪気な目をして言う詩織に、桜は頭を抱えたくなった。
鳥と意思疎通がはかれない詩織。なら詩織はどうやってカルナと会話したというんだ。
詩織の言うカルナとは何者なのかを確認しようとしたところで、赤鳥が一際大きく鳴き声を上げながら空へと昇った。
「ついてきてって言ってるけど」
「桜様、追いかけましょう。多分学校まで案内してくれるのだと思います」
「多分って……。まあいいけど」
桜と詩織は置いていた鞄を手に取り空へと向かう。
詩織は飛行術を使い、桜は空を蹴って翼を広げ動き出した赤鳥を追う。
空間系霊術の一つ、〈
瞬間的に足下の空間を蹴りつけることでいわゆる空中ジャンプを可能とする霊術だ。
術式の習得難易度はそこそこ高いが、上手く使いこなすことができれば飛行術よりも速く移動ができ、かつ消費霊力も少なく済む。その分、体力を消費することにはなるが。
だから空中移動において基本的に飛行術と併用して使用される霊術だ。
桜は連続で空間を蹴りつけ、前を飛ぶ赤鳥との距離を一気に詰めた。
跳び幅を縮め速度を落とし、赤鳥の側を並走する。
神核の負荷により飛行術が使えなくなったため、桜は空に浮くことができない。一気に空を駆け抜けていくならまだしも、このように相手に合わせて飛ぼうとなるとかなり不格好な形となる。
やはり飛行術が使えないというのは不便だ。
赤鳥は飛空船の通らない高度を取って、真っ直ぐに空を飛ぶ。どうにも神都市のある方角に向かっているようだ。
桜は感知領域を使って赤鳥を調べてみる。赤鳥の体内で微弱な霊力の動きを感じ取った。何らかの霊術を発動させていると思われる。一応妖怪化している鳥のようだが、思念を使って会話ができないところからまだ成長途中といったところか。
『それで詩織、結局この鳥はカルナなの? 別の鳥と勘違いしてるんじゃ』
追いついてきた詩織に桜は思念で問いかける。
上空でどれだけ風が吹きつけても距離が離れていようとも、思念を使えばきっちり会話ができる。
『分かりません。先ほどお話をした鳥さんだと思うのですが』
鳥さんって。
『つまり、詩織はそのカルナってのと知り合いってわけじゃないのか』
『はい。つい先ほど少し話をしただけなので』
詩織はカルナと会話した経緯を説明する。
桜が制服に着替えている時、外から詩織の名前を呼ぶ声が頭の中に響いてきたのだそうだ。
思念の発信先を辿ると、外、バルコニーの手すりに真っ赤な鳥がいた。
その鳥はカルナと名乗り、雛の部下だと言ったそうだ。
(雛の部下、か)
桜は幼少時に一人、雛の部下である者と知り合っている。しかし彼女は鳥ではなく狼の妖怪だった。
『でもそれ自称でしょ。詩織はそいつが言ったことをそのまま信じたの?』
『桜様が国神に、私が桜様の神子になったこと。そして私が雛様に緊急の連絡を入れたことまで知っていました。雛様の部下さんであることは間違いないかと』
『……そうね。そこまでのことを知ってるのなら信用してもいいか』
そしてカルナは詩織に雛への緊急連絡、その要件について尋ねてきたそうだ。
『それで私は……』
詩織の言葉が止まる。
見ると、赤鳥を間に挟んで空を飛ぶ詩織がまたどこかばつの悪そうな表情に変わっていた。
『詩織?』
『その……今更ながら勝手なことをしてしまったと反省しているのですが、カルナさんに、〈未来視〉のことを』
『えっ、話したの?』
『すみません……。桜様に確認を取るべきでした』
『んー……、まあいいんじゃないかな』
桜が国神であることを知っているということは、雛がそれなりに信頼している者と考えていいはずだ。
『それで、カルナは〈未来視〉のことを聞いて何て答えたの?』
『緊急事態としてすぐに動き出してくれるとのことです。警察の方達の力も借りて現状取れる最大限の態勢で挑んでくれるとカルナさんは言っていました』
『警察……?』
『雛様との連絡も、カルナさんの方でできる限り早急に取り合えるようにしてくれると言ってくれました。それと、私たちが鴉摩高校で謎の女生徒を探すことについても賛成してくれて』
『……そう』
警察が動き出したと聞いて、桜の胸の内にもやもやとしたものが広がっていく。
雛と連絡が取れないこの状況で、早くも雛の部下に〈未来視〉のことを伝えられ、すぐに動き出してくれるというのは大きな進展と言えるのだが。
そうこう詩織と話をしているうちに、あの雅やかな街、神都市が見えてきた。
昨夜空に浮かんでいたオレンジの紙灯籠は全て姿を消していて、祭りが終わったことを教えている。
祭りが明け、街は落ち着きを見せているかといえばそんなことはなく、飛行制限がなくなり空には大勢の人が行き交い、そして風格のある大小様々な建物がいくつも空に浮かんでいて、昨日とは違った景色と賑わいを見せていた。これが本来の神都市なのだろう。
しかし神都市の中央、その周辺は賑わいとは完全に離れたところにあった。
昨夜起きた、神都平日神宮が襲撃されるという前代未聞の事件。まだあの騒ぎの収まりはついていないようで、神宮周囲には何十人もの警官が飛び交い、完全封鎖とも言えるような警戒態勢が取られている。
リリスは大丈夫だろうかと考えて思い出す。
それを聞こうとしてカルナを呼び出し、そして良く分からないままこうして移動しているのだった。
神宮付近を避けて進むためか赤鳥が方向を少しずらし始めた。
桜もそれに合わせて方向を変えようとしたところで、足を大きく踏み外した。
空蹴りの失敗。体勢を崩し桜は落ちていく。
「桜様!」
詩織が気付き、桜を受け止めようと手を伸ばす。詩織の手が届く寸前で桜は体勢を立て直し、再び空を跳びはねる。
詩織がすぐに側まで寄ってくる。
「桜様、やはり飛行術が使えない状態で長距離の空中移動はまだ難しいかと。ここから先は私がお運びいたします」
「大丈夫よ。ちょっとミスっただけだから。この負荷がある状態で空中を動くのにも慣れておきたいし。良い練習になるわ」
「ですが桜様の体調もまだ万全と言える状態では」
「だから大丈夫だって」
「そう……ですか」
がっくりとうなだれる詩織。ちくちくとした痛みが胸を走る。
「いや、別に詩織が嫌だとかそういうんじゃないからね。単にそういうのはほら……恥ずかしいのよ」
「恥ずかしい、ですか?」
「体調に関してもほんと大丈夫だから。気遣ってくれてありがと。だからほら、そんなに落ち込まないでよ」
『ふふっ、思っていた以上に仲がよろしいのですね。安心しました』
「!?」
突然、頭の中に聞き慣れない女の声が響いた。
落ち着きのある若い女の声。
「あっ、カルナさんの声です!」
詩織が嬉しそうに声を上げる。
『はい、カルナです。お待たせしてすみません。ちょっとあちこちでごたついてて』
「あれ、でもこれって……」
詩織は制服のポケットから赤鳥に渡されたデバイスを取り出した。
桜も取り出す。どうやら詩織の方でも同じ事が起きているようだ。
詩織がカルナの声だと言った思念は今、前で飛ぶ赤鳥からではなく、デバイスから発信されている。
「やっぱり、あなたはカルナさんではないです?」
赤鳥に問いかける詩織。ふふ、とカルナの笑う声。
『すみません。まだその辺もお話しできてませんでしたね』
こちらの声に対してカルナは即座に思念で言葉を返してきた。まるでこの場に居るかのように。
そうかと桜は気付く。おそらくそれが赤鳥の発動させている霊術の力だ。
『この子は私の使いをしてくれている子です。この子の視覚と聴覚を一時的に共有しています。先ほど詩織様とはこの子を通して思念を使い会話をさせてもらいました』
他者の感覚情報を共有する霊術があることは知っている。たしか取得制限のかかっている霊術だ。
見事なものだと桜は感心する。ここは空の上。術者であるカルナと赤鳥との距離はかなり離れているはずだが、カルナの受け答えからして一切のズレもなく共有ができている。
『そして今、こうしてお二人に私の思念を送っているもの。これは思念特化の
思念を送る距離が遠くなれば遠くなるほど、盗聴される危険性が上がる。思念の波を強く、長く送ることになるからだ。思念専用のデバイスを使ったとしても、周波数を変えているというだけでその危険性は変わらない。
だがカルナの言うとおりこのデバイスは特別製のようで、どういう仕組みか、思念の送受はこのデバイスだけで完結している。
強化された桜の感知領域でも、遠方からこのデバイスに送られてきているはずのカルナの思念波を感じ取れない。
『あと、失礼ながらお二人のデバイスは、位置情報が私に送られてくるようになっています。少なくとも今回の件に片が付くまではデバイスを所持して行動していただくようお願いいたします』
さて遅れながらご挨拶をとカルナは切り出す。
『
「親衛隊?」
『国神を親衛する隊、で神衛隊です。ご存知ありませんか? 記録には残っていませんが、国神を守る影の部隊が存在したというそこそこ有名な伝説があるのですが』
影の部隊としていいのだろうかそれは。
「それでカルナ、あんたは雛の部下、でいいのよね」
『桜様、どこで誰が話を聞いているか分かりません。ですので雛様や国神、神核等の話をされる場合はこのデバイスを使用していただけますか』
桜は手元にあるデバイスに向けて、最小限の思念の波を送る。
『……あんたは雛の部下。つまり雛もその神衛隊ってやつの一員ってわけ?』
『いえ、雛様は……。なんといいますか。すみません。まだその辺りのことを話してもいいものか』
雛に口止めされているのか。
本当にどこまでも秘密主義者だな。まあいい。
『私達のサポートって言ってたけど、でも詩織はあんたのこと、雛から何も聞いてなかったみたいよ。それについて何か言うことはある?』
カルナが雛の部下であるということに対してすでに疑ってはいない。
だからこそ解せないのが、詩織が雛からカルナの存在を知らされていなかったことだ。
『それは……雛様の悪癖といいますか。本来なら桜様と詩織様との顔合わせ、もとい私の存在を認識していただくのは、もう少し先の予定だったのです。ですが詩織様が緊急連絡を使用されたことを受け、私の独断でお二人にコンタクトを取らせていただいた次第です』
カルナの弁明を聞き、詩織はいまいち分かっていないような顔をしている。カルナの濁した言い方に加えて、コンタクトという言葉も分からなかったのかもしれない。
桜は雛の悪癖と聞き、おおよそを察した。
『事情は理解したわ。よろしく、カルナ』
『わ、私も! カルナさん、よろしくお願いします!』
『こちらこそ、よろしくお願い致します』
詩織の思念がデバイスを通して流れてきた。
この特別製デバイスはカルナとだけでなく詩織とも思念を送り合えるように設定されているようだ。
『桜様、詩織様。昨夜の神宮で起きた暴動をお二人が阻止して頂いた件で、感謝と、そして謝罪しなければならないことがございます。ですが今は〈未来視〉への対処が優先事項となりますので、また日を改めて話をさせていただきたく思います』
感謝と、謝罪?
『さて、本題に入りましょうか』
『カルナ、本題の前に一つ、訊きたいことがあるんだけど』
カルナを呼び出した元々の目的はリリスの安否を確認するためだ。
『リリス……。昨夜桜様達と行動を共にした妖精の名前ですね』
やはり雛と同じくカルナも昨日の出来事はある程度把握しているようだ。話が早くて助かる。
『リリスが今どうしてるかとか分かる?』
『はい。リリスさんは今、彼女が仕える大妖精カナリア、そして共に暮らす妖精達と一緒に神宮で保護されています』
「そっか。良かった」
『神宮付近で待機させている子がいますので、よければリリスさんに何か言伝をいたしますが』
カルナの使いの鳥はこの赤い鳥以外にもいるらしい。
『桜様、リリスさんに桜様が無事であることを伝えたいと思うのですが』
『あー……そっか。どうしよう』
真明の森でリリスは桜が死のうとしていることに気付いた。だから桜が無事だと、生きていることを伝えたいと詩織は言っている。
桜は悩む。
『リリスさんは桜様のこと、とても心配していると思います』
『……そうね。カルナ、お願いできる?』
『承りました。後ほどリリスさんと接触し伝えておきます』
リリスとまた会いたいが、あの別れ方ですぐに再会というのは、とてもではないができない。
時間を空けなければ。
とりあえずこの〈未来視〉の件に片をつけて、そして身の回りが落ち着いたら必ずリリスに会いに行こう。
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