04 詩織さん


「素敵です桜様!」


 部屋を出るやいなや歓喜の声が飛び込んだ。

 きらきらと目を輝かせて詩織がこちらにやって来る。

 後ろにまとめられていた翡翠の髪が今は下ろされていて、さらりと背中に流れている。

 ポニーテールも良かったが、今の方が詩織らしいと感じた。


「桜様、写真を! 写真を撮らせていただいてもよろしいですか!?」

「やめて」

「桜様はご存知ですか? なんとこの携帯電話は写真を撮ることができるのです!」

「知ってる」

「一枚だけ、どうか一枚だけお願いします!」


 クソッ、テンション高いな。

 駄目だと言っているのに詩織は携帯を構えたまま下ろそうとしない。

 先ほど鏡で自分の制服姿を見たが、絶対にそこまではしゃぐほど素敵ではない。


「ねえ詩織、今そういうことしてる場合なの?」

「それは、その……」


 叱られた子供のようにしゅんとする詩織。

 そんな詩織を見て、きゅっと胸の奥から不思議な感情が湧き上がる。

 今までに感じたことのないもの。

 何だろう、この気持ちは。


「分かった。一枚だけよ」


 気付くとそう答えていて、詩織はぱっと顔を上げた。


「よろしいのですか!?」

「……一枚だけだからね」

「はい!」


 まあ実際のところ雛と連絡が取れるまではフリータイムのようなものだ。

 そこまで急いて行動する必要もないだろう。


 こんな仏頂面の女を撮って何が楽しいのか、詩織は嬉々としてベストアングルを探している。

 早くしてくれ。


 散々迷った末に詩織は真正面からシャッター音を鳴らした。


 らしくないと桜は思う。

 普段の自分ならこういったことはまず許容しないはずなのに。


(…………)


 ご満悦そうに携帯画面を眺めている詩織に桜はずいと近づき、その顔を覗く。

 先ほど詩織に抱いた感情の正体を探る。


 詩織のことはそれなりに好ましく思っている。いるが当然恋愛感情というものではない。出会ってまだ数時間ほど。友達と言えるような間柄でもまだないし、主従関係というのもなったばかりでよく分からない。

 プラスの感情であることには違いないのだが。

 それを言い表す言葉が出てこず、もどかしい。


(……そういえば)


 詩織との決闘の最中、走馬灯のようなものを見たことを桜は思い出す。

 あらゆるものを感じ取れない透明な虚無の世界に引き込まれ、そこから何かが起きて桜の中に深く刻まれた記憶が連続して流れていく。

 そして、その記憶巡りの終わりに詩織が現れた。


 柔らかな陽光があたりを包み込む、光る花びらが舞降る水面上、天花咲きの通り道で二人は静かに視線を結ぶ。


『詩織は……詩織は、約束通り桜様に逢いに来ましたよ』

『うんっ……待ってた。ずっと待ってた……』


 この走馬灯のようなものを経て、詩織のことを信頼していいのだという気持ちが生まれたような、そんな気がする。


「ささ桜様!?」


 わっと詩織がすぐ前に来た桜にようやく気付いて声を上げた。


「あの、桜様、どうしました、か……? そんなに見つめられると、その……」


 視線をさ迷わせながら気恥ずかしそうに詩織は身じろぎする。


「ああ、えっと……。背、詩織の方が高いね」


 詩織のことをどう思っているか考えていたなんてとても言えず、適当にはぐらかす。


「え、ええ。そうですね。少しだけ桜様より高いです」


 ふんわりと笑う詩織。


「…………」

「…………」


 それがどうかしましたかといった感じの間ができてしまい、また言葉を探す。


「いや、こうして同じ制服着て並んでみると差が浮き彫りになるなと思ってさ。同い年なのにこうも差が出るとは、残酷よね」

「そうですか? そこまで違いはないように思いますが」


 詩織は手で桜と自分との背丈を見比べる。

 桜が言う差というのは背だけのことではない。

 胸は言わずもがな、体の線の柔らかさ。まさに女子高生といった感じで羨ましく思う。

 貧相な体つきの自分とは大違いだ。


 そしてあれ? と首を傾げる詩織。


「私、桜様と同じ年齢だと申した覚えはないのですが」


 ん? と同じく首を傾げる桜。


「でもさっき詩織は私と同じ教室で学ぶことになってる、みたいなこと言ってたじゃない。私と詩織、同じクラスなのよね?」

「なるほど。くらす、というのは基本的には同年代の方で構成されるのでしたね。ですが絶対に同年代でなければならないという決まりはないのでしょう?」

「そりゃまあ妖怪の種族によって当然年齢は違ってくるけど、詩織は人間でしょ」

「はい」

「……じゃあ詩織さん、今はおいくつで?」

「二十歳です。今年で二十一になります」


 ぴしりと桜に衝撃が走った。


「は? え? 二十歳?」

「はい、二十歳です」


 しばしの沈黙が室内を覆い、


「えっと、つまりあんた二十歳で高校生するつもり? ありなの? いやまあ事情のある子とかだったらそういうこともあるんだろうけど」

「桜様、私はまさにその事情のある子と言えるでしょう」

「いや、実際そうなんだろうけど、そんな得意顔で言うなよ」


 なかなかどうして図太い子のようだ。

 それとも単に抜けているだけか。


(詩織が二十歳、ねぇ……)


 やはり違和感を感じる。


 再度詩織を観察する。

 胸が大きい。じゃなくて、でもとても大きい。

 胸は大きいが、詩織の外見は二十歳の女性のものには見えない。まさに高校生くらいの見た目だ。

 だがそれは何もおかしなことではない。


 霊術を使えるということは自身の生命エネルギーを自覚し操れるということ。

 そして霊力の質を高めれば高めるほどに自然と普通の人よりも若く、かつ寿命も長くなる。

 若さの維持を目的として霊術を扱えば三十を超えても外見が十代とそう変わらないなんていうことも珍しくない。

 詩織ほどの術者ならその外見で二十歳であることに驚くところは何もない。


 違和感は外見ではなく内面。

 話していて年上という感じがしない。

 携帯やコンビニを知らない世間知らずぶり。常に敬語を使ってはいるが、言葉や表情からあどけなさが適度に漏れ出ている。


(とても私より四年……いや、七年長く生きてるとは思えない)


 ともあれ、詩織が自分でも言うように色々と事情のある子なのだろう。

 〈未来視〉の件に片がついたらその辺りの話も聞くことができるはずだ。

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