13 見つけた
最初の炎の
移動中に襲撃される可能性が少しでも減るのならと桜は南参道通りに向かう。
人通りが多く、神宮とそう距離もないこのような場所で騒ぎを起こせば、敵の目的である大祭最後の儀式そのものが中止になる可能性がある。
敵がどこまで儀式にこだわりを持っているかは分からないが、ここで無理に仕掛けてくることはないはずだ。
それでも、絶対に襲撃がないとは言い切れない。
より一層警戒を強めながら進んで行く。
(とはいえ、せっかくリリスと二人っきりになれたんだし、何かリリスと楽しい話がしたいなぁ。変に気を張りすぎるのも良くないし。うん、リラックスは必要よね)
しかし先ほど一通り話がついてからずっとリリスは黙り込んでいる。
(どうしよう、なんか話しかけにくいな)
何か話すきっかけはないものかと辺りを探す。
再び近づきつつある南参道通りがまたやけに騒がしい。そしてそこには赤く発光する巨大な骸骨が地を這うようにぬっと動いているのが見えた。
(おっ、もしかしてあれは……)
南参道通り沿いの屋根上に着く。
南参道通りではまた壮大なパレードが行われていた。
狂騒的な音楽の中、彩色豊かな異形の者達が大行列をなして練り歩いている。
それは桜も知っている春の大祭名物・
三千鬼夜行は変化系の霊術を得意とする妖怪達が総力を挙げて巨大ながしゃどくろ、
丁度桜の側では妖怪狐の組がパフォーマンスを行っていた。
狐達は音楽に合わせて華々しい光と火が飛び回る演舞を繰り広げている。
演舞は二つの尾を持つ者から始まり、後ろへ行くごとに尾が増えていっている。尾が増えていくにつれて演舞の規模が派手になり、最後は九つの尾を持つ者が盛大に締めるという演出になっているようだ。
神都に暮らすリリスなら色々とおもしろい話もたくさん知っているだろうし。
「ねえねえリリス、これってさ、あの有名な三千鬼夜行っていうパレードかな?」
『………………』
「あ、あれ? リリス?」
返事がない。聞こえていないのだろうか。
そりゃリリスにとって今はそれどころではないのだろうけれどと落ち込んでいると、
『桜、少しいいかしら? 話があるの』
リリスが声をかけてきた。
「あ、うん。何?」
『とても大事な話なの。できれば桜もちゃんと答えて欲しい』
リリスの声はとても真剣で、どうにも楽しい話をしようとしているわけではないらしい。
先ほどはぐらかした内に宿す猫についてのことだろうか。
あまり重苦しい話はしたくないのだが、リリスがどうしても聞きたいというのなら話そう。
「ええ、分かったわ。それで、何を聞きたいの?」
そして、リリスはとても妙なことを言い出した。
『桜にとって生きるということはどういうことか、桜の思うことを話して欲しいの』
「え、生きること……? 急に何言い出すのよ」
『桜、答えて』
リリスの声には有無を言わせない気迫があった。
「といわれてもなぁ」
『変に難しく考えなくていい。桜が思うことをそのまま話してくれないかしら』
「……分かったわ」
桜は言われた通り深く考えず思うままに話しはじめる。
「私たちは……というか、生物全般、命あるものみんな気付いたらこの世界に生まれて、そして生きている。それで、死ぬまでは生きるんだから、その間に何かの為にとか、どういうふうに生きようかとか考えたり、考えなかったりする。だからまあ、自由ってことが生きるってことなんじゃないかな。……こんなんでいい?」
『……そうね。じゃあ、桜は……桜はどういうふうに生きようって思ってるの?』
「私……? 私は……」
潮が引くようにさぁっと周囲の音が遠ざかっていく。
「私は、強く生きたいって……そう思ってる」
『強く、生きる』
「うん。この世界を、この命で、私の意志で、真っ直ぐに強く生きるの。絶対に。……だって……」
『だって?』
「だって、私は……覚えているから。私の命は、お母さんが抱きしめてくれた、大切な命だから」
胸の内側からじんわりとあの温もりが沸き上がる。
その温もりはずっと桜の心根を支えてきたものだった。
「だから、だから私は……」
そこで桜ははっと我に返った。
いつの間にか、前に進む足が止まっていた。リリスを見る。
「り、リリス……今の、全部忘れて」
『……ええ。良かった。やっぱり私の勘違いだったみたい』
「勘違い? ……よく分からないけどごめん。なんか一人でよく分からないことばっか喋って。全然リリスの言った答えになってないわね」
『そんなことないわ。桜はちゃんと答えてくれた。ありがとう。急に変なこと聞いてごめんなさいね』
「……いいわ。そのかわり次はリリスの番よ。私に恥ずかしいこと話させたんだから、リリスにもなんか恥ずかしいこと話してもらうからね」
『えっ、私!?』
移動を再開し、桜は出会った時からずっと気になっていたリリスの年齢を聞いた。
リリスはとても答えるのを渋った。
桜は攻めに攻め、そしてリリスに恥ずかしがりながら六歳だと言わせた。それはもうかわいかった。
六歳だと人間ではまだまだ子供だが、リリスは話していて子供という感じはしない。生まれた時からある程度人格がある妖精の六年と、人格が形成されていく人間の六年とでは同じ六年でもまた異なるのだろう。
楽しい会話が続く中、唐突にリリスが『あっ』と声を上げる。
「ん? どうした、リリス」
『そう言えば桜……いいの?』
「何が?」
『探し物よ。桜は何か探し物をしていたんじゃなかったの?』
「……あっ」
『もしかして忘れてた? ごめんなさい。私のせいよね……』
「いやいや、全然、リリスのせいとかじゃないから」
大丈夫よとリリスに平静な様子を見せるが、心の内は焦りに焦っていた。
いつのまにか隠された本殿入り口を探すことが頭の中から抜け落ちてしまっていた。
『国神様の祠にその探し物はなかったのよね?』
「うん……。まあでも元々、最後には神宮へ行く予定だったし、私的にもこのままでいいのよ。うん」
『あっ、そっか。そう言えば桜、神宮に向かいながら探し物をするって言ってたもんね。良かった。目的地は一緒なんだ』
そうは言ったものの、
〈あなたがいなければ私は生きてはいけない。そこにはとても美しいものが見えるでしょう〉
雛が残した暗号をもう一度考えていく。
だがやはり見当がつかない。ここからどうやって入り口のある場所を特定できる。
『桜、なにを考えているの?』
「謎解き、かな。暗号みたいなのがあってさ、それを解けば私の探し物が見つかるはずなんだけど、これが全然分からなくて」
『その暗号も秘密なの? できることなら私にも協力させて欲しい。私、少しでも桜の役に立ちたいの』
リリスに知恵を借りるべきだろうか。
しかし暗号が指し示す場所は神都平日神宮の隠された本殿。もしものことを考えれば、無関係なリリスを巻き込むわけにはいかない。
『……分かったわ。どうしても言えないことなのね。じゃあ大したアドバイスじゃないけれど、一つだけ。桜、その暗号、何か勘違いをしていないかしら』
「勘違い?」
『ええ、勘違い。最初からこうだと決めつけたりしていることはない? もう一度最初から考え直してみて。暗号にもよるけど、勘違いを意識すれば案外簡単に解けたりするかもしれないわ』
決めつけていること。勘違い。最初から。
桜はリリスの助言にひらめきを見た気がした。
目を瞑り、深く思考の渦へと潜る。
そして、
「……分かった。見つけた」
『え? 本当に……? それは、神宮に?』
「ううん、やっぱり神宮じゃなかった。……とにかく、分かった。確証はないけど、あれで間違いないわ」
立ち止まり、後ろを振り返る。
「ありがとうリリス。リリスのおかげよ」
桜は勢いに任せてリリスを抱きしめた。
『そっか……。よく分からないけど、桜が探してたもの、見つけたんだ。……おめでとう』
気付くと抱きしめているリリスの体が震えていた。
急な変化に慌てて桜はリリスを抱く手を離す。
『ねえ……桜。探しものが見つかったってことは、桜は……』
「なに言ってんのよ、リリス」
桜はあの時リリスにかけた言葉を思い出し、そして悔やんだ。
「たしかに私は最初、妖精達を助けることは約束できないって言った。探しものが見つかったら見捨てる……そんな冷たいことも言ったわね。だけどリリス、今はもうこんなにも……」
続けて出ようとした言葉があまりにも直球すぎることに気付き、言葉を止める。
「えっと、とにかく。リリスを見捨てるなんて、そんなことできるわけないでしょ」
『桜……』
「あの時と違って今はもう妖精達を助ける方法が分かってる。そして私の探し物は見つかった。ならこれで心置きなくリリスに協力できるわ。だから約束する。リリスは絶対に私が守る。そしてリリスの仲間も必ず助け出す。だから、安心して」
『うんっ……! ありがとう……桜っ』
「よしよし。大丈夫よ」
桜は再びリリスを抱き寄せた。
右手でリリスを撫でながらふと思う。
リリスの体から生えているこの二対の薄い翅。これはどういうものなのだろうか。体と同じく霊力で出来ているのか。とても気になる。
好奇心を抑えきれず桜は人差し指で翅の先から付け根までそっとなぞった。すると、
『んぅっ』
びくっとリリスの体が揺れて妙に色っぽい声が出た。
「あっ、ごめん。痛かった?」
『……大丈夫よ。痛いと言うより、その……くすぐったいわ。黙って急に触られるのは、ちょっと……困るわ』
「う、うん。ごめん。……でも今のリリスの声、かわいかったなぁ」
『もうっ。桜、さっきまですっごく格好良かったのに。台無しだわ』
移動再開。何度か立ち止まってしまったため想定していたよりも進めていない。
移動速度をまた少し上げる。
最悪、時間が差し迫ってくれば霊術を使って一気に目的地まで飛べばいいが、戦闘が控えているとなるとできる限り霊術の使用は控えておきたい。
ふと隣から視線を感じた。
リリスがこちらを見ているようだ。
目を持たない妖精からの視線。リリスがどういうふうに世界を見ているのかも気になるところだ。
「なぁにリリス、そんなに見つめられると照れるわよ」
『桜には感謝してもし足りないわ。出会ったばかりのこんなちっぽけな妖精にとても優しくしてくれて』
「ちっぽけなんて言うなよ。リリスは優しくて物知りだし、勇気もある。それに声が可愛いくて小さいし、もう存在全てが可愛いし。なにより私にとってリリスは初めて知り合った大切な妖精なんだから。それに、そういうことを言うのは全部終わってからにしてよね」
『うん。全部が無事に終わった後……きっと、大妖精様達から何かお礼があると思うわ』
「お礼なんていらないわよ」
『そんなこと言わないでその時は受け取ってね。それと、もちろん私からも。その、あまり大したことはできないけど、何かお礼をさせて欲しい』
「え、リリスから? それは是非欲しいな」
桜は口許に手を当て、真剣な目をして考える。
「んー……じゃあ、リリスがほっぺにちゅーしてくれるってのは? 昔、本でね、そういうことできるって読んだことあるんだけど、どう?」
妖精の体は霊力でできている。
人間のような感覚器官を持っていない。
それでも妖精は人間とほとんど変わりなく景色を見て、風を感じ、声を聞いて、匂いを嗅ぎ分け、ものを食べて味を感じることができる。
その辺りの仕組みがどういうものなのか桜は知らないが、ともかく妖精は口を、唇を持っていない。
しかし桜がある日読んだその本には、妖精にも人間と同じくキスというコミュニケーションがあり、妖精にとってもそれは特別な愛情表現であるというようなことが書かれていた記憶があるのだ。更に妖精のキスはとても幸せな感触がするとも。
リリスの体は今の時点でも充分なふわふわ感を持っているが、ここからさらに上があるというのか。
実際のところどうなのだろう。妖精はキスをすることができるのだろうか?
だがしかし、リリスからなかなか返答がない。
無言でこちらを見つめている。
「あれ、リリス? リリスさん? やっぱりほっぺにちゅーは無理?」
『……桜って、いまいちどういう子なのか分からないわ。最初に会った時は凄く強くてクールで、とっても格好いい女の子だって思ってたのに。やっぱりおかしいわ。もしかして
「頭がやられてるとは失礼ね……! どこにも異常なんてないわよ。まあ、とっても可愛いリリスと二人っきりだし? ちょっとハイになってるのかも」
『もうっ、またそんなこと言って。桜のバカバカっ』
リリスが桜の胸めがけて体当たりをしてくる。
リリスの体当たりはぽすぽすと軽く柔らかい感触でとても心地良い。
そうしてリリスと遊んでいると、上空から覚えのある匂いが降りてきた。
「桜様っ!」
長い翡翠色の髪を揺らして、白い和服を着込んだ少女、唯識詩織が桜の前に立ち塞がった。
「…………」
桜はすぐに詩織の姿を視界からはずし、その横を素通りする。
「行くわよ、リリス」
「……っ、桜様、待ってください!」
『待って桜っ!』
リリスの呼び声で桜はぴたりと止まる。
『桜、ひどいよ……! 私には優しくしてくれるのに、何で詩織にそんな意地悪するの!?』
リリスの思念には怒気が含まれていた。その声の調子にはどこか悲痛さも含まれていて、桜は思わずたじろぐ。
「いやっ、あのっ、リリス、別にね、意地悪とかしてるわけじゃなくて……。さっきも言ったけど、こいつと私には色々と深い事情があって」
『そんなの嫌っ!』
「嫌って言われても」
『私、詩織にも一緒に来て欲しい。ねえ桜、詩織と仲直りして』
「いや、でも、こいつは……」
『桜、まだ
「……ッ……!」
どうしてそんなこと言うの?
裏切られたような気持ちを覚えながら桜は強く口を結ぶ。
「私一人で充分だって言ったでしょ。リリスは、さっき私が必ず助けるって言ったこと、信じてくれなかったの?」
『違うっ、そうじゃないっ。そうじゃないよ……! 桜のこと信じてる。さっきの桜の言葉、凄く嬉しかった。でも、祠で桜が倒れた時、桜もの凄く苦しそうにしてたから……』
「……っ、だから、あれは……」
『ごめんなさい。私、心配で。桜は私たちのために、無理して戦おうとしてるんじゃないかって』
確かにその通りだ。
あんな倒れ方をしておいて、もう大丈夫の一言で済ませられるわけがない。リリスが不安に思うのも当然だ。
「そんなんじゃない。あれは亡化の仮面に施されてた術印が思った以上に手強くて、だからちょっと疲れたってだけで、今はもう本当になんともないわ」
『……うん、良かった。でも桜、体調に問題がなくても、一人で戦うというのはやっぱり危険だわ。敵について分からないことはまだ多い……。亡化の仮面以外にも何か奥の手があるかもしれない。いざという時のためにも私は詩織に一緒に来てもらいたいの』
あらかじめ戦闘前に封印を強めておけば三分ほどの間なら戦闘で全力を出しても白炎を抑えきることができる。
だから一人で戦うことになんの問題もない。
だがリリスの言う通り敵は未知な部分が多い。そして事前に封印を強めておいても、戦闘中安定し続けるという保証はどこにもない。
リリスの仲間の命が懸かっている。失敗は許されない。
『桜、詩織と仲直りして。お願い……』
もう二度と詩織と関わりたくなかった。
だけど、優先すべきことは決まっている。
「……分かったわよ。リリスがそこまで言うなら、一緒に来てもらうわよ」
「桜様……! ありがとうございます! リリスさん、本当にありがとうございます!」
リリスが桜の前に来る。
『桜、ごめんね。私は桜に助けてもらう立場なのに、偉そうに口出して』
「いいのよ。今のは全部私が悪いから。全面的にリリスが正しいわ。妖精達をより確実に助け出すためにも、こいつの力は必要よ」
詩織を見る。
桜は再び行動を共にすることになった詩織にリリスと一緒に推測したこと、そしてこれからの行動について簡単にまとめて伝える。
すると詩織は小さく呟いた。
「……さすがは雛様」
「なんで雛の名前が出てくんのよ」
「あっ、いえっ、その……」
「まあいいわ。ともかく、必ず残りの亡化の仮面を破壊して、捕らわれた妖精達を全員解放する。ついてくるのならリリスの為に全力を尽くしなさい」
「かしこまりました、桜様」
話がつくとリリスが二人の前に来て止まる。
『桜、詩織。あらためて二人にお願いをさせてください。私は、亡化の仮面に閉じ込められてるみんなを助けたい。だからその為にも、どうか二人の力を貸してください』
桜と詩織は同時に力強く答えた。
「任せなさい!」
「お任せください!」
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