08 礼家


 桜は再び屋根上へと跳び移り、平日神宮に向かってみなみさんどうどおり沿いに建物の上を進んでいく。

 桜の隣には紫の妖精、リリス。後ろには緑髪の少女、詩織がついて来ている。

 桜の右手にはコンビニのレジ袋がかかっていて、その中には未開封のペットボトルのお茶が一本。


『桜は何か探し物をしているのよね? 何を探しているの?』


 移動を開始してから少ししてリリスが訊いてきた。


「何を探してるかってのはちょっと言えないんだけど……そうだ。ねえ、リリスはこの街、しん市に詳しかったりする?」

『詳しいというか、私はここ、神都市に住んでいるわ』

「ああ、なるほど。だからか」

『え? だからって?』

「いや、妖精って基本人と関わろうとしないじゃない。リリスはなんか人と話すのに慣れてるみたいだからさ」

『そうね。妖精はみんなって訳じゃないんだけど、人間を怖いって思ってる子は多いかな。捕まえられて売られちゃうって。けど、私みたいに住む場所の環境によってはけっこう違ってくるわ』

「私が住んでるところにも妖精は居たんだけど、でも近づいたらすぐ逃げんのよ。妖精の友達とかちょっと憧れてたんだけど、でも無理矢理捕まえるのもなんかかわいそうで。だからこうして妖精に触れたり話をしたりするのはリリスが初めてなんだ」

『そうなんだ。じゃあ桜、初めての妖精はどうかしら?』


 リリスはくるりと桜の周りを小さく回る。


「うん……! すっごくかわいい……!」

『えへへ、ありがとう』


 リリスの声は明るい。しかしリリスの体の光は時折しゅんと弱まりを見せた。

 妖精の感情は身体の光の強弱であらわれると本で読んだことがある。おそらくリリスは今無理をして明るく振る舞っているのだろう。

 いつ敵に狙われるかも分からない状況で、捕らわれた仲間達を助けられるかどうかも全てリリスにかかっている。不安で堪らないはずだ。少しでも気持ちを楽にしてあげたいと思うが、残された時間が限られている今、無責任な言葉はかけられない。


「それでねリリス、平日神宮以外で国神と関連のある場所、みたいなのを教えて欲しいんだけど」

『変なことを聞くのね。国神様に関連のある場所と言われても、そんなの神都にはたくさんあるわ。もっと他にないの?』

「じゃあ美しいって思えるような場所。それでかつ人が少ない、というかほとんど居ない、みたいなところってない?」

『穴場ってこと?』

「穴場っていう意味じゃないんだけど……。とにかく人ができるだけ居ない場所がいいの」

『う~ん……今は春のたいさいでどこも人がいっぱいだし、全く誰も居ない場所なんて……』


 少ししてリリスはあっと声を上げた。


『それだったら丁度近くにいい所があるわ。てんとうどうくつ。人が居ないって条件にも一応当てはまるかも』

「天道洞窟ってのはたしか……平日神宮ができるまで国神が住んでたとか言うれいりょくすいしょうの洞窟だっけ」

『ええ、そうよ。今はお祭りだから天道洞窟の中には人がたくさん居ると思うけど、国神様の祠には誰もいないはず』

「国神の祠?」

『当時国神様と謁見するために作られた水晶造りの空間があって、今では国神様の祠と呼ばれているの。国神様の祠には特別な時にしか入れない。だから今、そこには誰も居ないはずだわ。……どう? ちょっときびしいかしら?』

「いや、凄くいいわ。てんとうどうくつ、国神の祠ね。じゃあリリス、そこまで案内してもらえる?」

『もちろん。飛べば十分もかからない距離だけど……さっきから二人とも飛ばないのね。地上から三十メートルを超えて飛ばなければ大丈夫よ?』

「うん。まあ私、神都に来るのは初めてだからさ、一気に飛んで行くよりこうやってこの祭りの雰囲気とか味わいながら探し物について考えを巡らせたいのよ」

『そうなんだ。分かったわ』


 リリスが天道洞窟のある方角、北西へと向きを変える。その方角の先に、一際目立つ黄金色の光を放つ塔のようなものが見えた。

 リリスによるとその塔付近に地下への入り口があるらしい。それが天道洞窟へ向かうにあたって一番近い入り口であるとのことだ。


『あの……』


 人が混み合った建物から建物への移動が続き、ようやく抜け出たところでリリスが小さな声で何かを言いかけた。


「ん? どうした、リリス?」

『桜と詩織さんに、その…………。いえ、やっぱりなんでもないわ』

「なによそれ。気になるじゃない」

『ごめんなさい。でもこんな時にするような話じゃないの』

「あのさリリス、こんな時だからこそじゃないの? ただじっと黙って不安溜め込むよりも、少しでも気が楽になるのならどんな話でもするべきよ。私もリリスと話がしたいしさ。ね?」

『うん……』


 そしてリリスは少しきまりが悪そうに言った。


『あのね、私、れいにすっごく興味があって……。だから、あやさきゆいしきについて話を聞かせてもらえたら……その、うれしいなって』


 桜はなんとも言えない複雑な表情を浮かべた。

 どんな話でもしようとは言ったが、よりにもよって礼家か。


「別に、礼家なんてたいしたことないわよ」

『そんなことないわ! とんでもなく凄いことよ! 礼家は血統じゃなくて完全な実力主義! 霊術師最高位の称号である〈礼号〉を与えられた、いわば特級れいじゅつ! その若さで礼家になることができた二人は本当に本当に凄いと思うわ!』

「り、リリス?」


 リリスの体の光がこれまでになく強まっている。心なしか思念の声にも熱を感じる。


『現にさっきの桜本当に凄かったわ! あの凄まじい炎の塊をぼうへきもなしに無効化しちゃうんだもの! さすが火の絢咲だわ……!』


 礼号は霊術の基本属性・特異属性と、いくつかの系統霊術にそれぞれ名前が置かれている。

 あやさきは基本属性・火の霊術を極めた者へと与えられるれいごうだ。


『でも唯識の詩織さんはともかく、桜みたいな若い女の子に絢咲の礼号が授与されたのなら凄く話題になると思うんだけど、絢咲桜って名前、一度も聞いたことないわ。あっ、疑ってるわけじゃないのよ? あのとんでもない熱量の炎を無効化、さらにはあの巨体を一撃で殴り飛ばした剛力。礼家でなけばできない芸当だわ。力を持っているからこそ表舞台に出ることなく礼号が授与されたことも昔はけっこうあったみたいだし。となると推薦元はすういんかしら? この情報社会に桜のようなとんでもない実力者を隠し通していたなんて。さすがだわ』


 意気揚々とマシンガンのように喋りだしたリリス。

 今リリスが言った名前の知名度について言いたいことと聞きたいことがあったのだが、そんな間もなくリリスは次の話題へと移る。


『それでね、やっぱり訊きたいのはあやさきれんの〈えん〉について。〈えん〉の術式は継承印に記されていたのかどうか教えてほしいの。もちろん継承印の内容は秘奥のものだって理解しているわ。でも〈えん〉の術式が残されているかどうかくらいなら話しても別に問題はないと思うのよ。どうかしら? そもそもとしてあやさきれんが継承を行ったという話自体が間違い? そうだとしても歴代の絢咲の人達が〈花炎〉をどういうふうに捉えていたのかというのも気になるわ。その辺のことも話すことができるのなら是非話を聞かせてほしいの!』


 リリスの体の光が見るからに強まっていく。

 対して桜は、何がリリスをこんなにも興奮させているのか話についていけずにいた。


「えっと、何? 火炎の術式? 火炎をどう捉えてるか……? どういう意味? なんか哲学的な問いかけ?」

『いえ桜、花の炎と書いて〈花炎〉よ。もしかして、桜は〈花炎〉を知らないの?』

「えっ……」


 桜は声を詰まらせた。


「いや、〈えん〉、よね……? 知ってるわよ。というかなんでリリスが私の〈花炎〉を知ってるの?」

『え……? 絢咲において最強の幻の炎・〈えん〉よ。たしかにマニアックと言えばマニアックなのかも知れないけど、昔の本にも普通に書かれてるし、絢咲に興味のある人だったら誰でも知ってると思うんだけどなぁ』

「絢咲最強の炎? ちょっと待って。リリスはさっきから何を言っているの?」

『桜こそどうしたの? 今、〈花炎〉について話しているのよね?』


 先ほどからどうにもリリスと話がかみ合っていない。


「えっと、花と炎で〈えん〉よね。いや私、その花炎って名前の炎を使うからさ」

『え……ええええ!? 桜はあの〈花炎〉を使えるの!?』

「だからあの花炎ってどの花炎のことなのよ」


 釈然としない様子を見せながらもリリスは説明を始める。


『〈えん〉はごうの大乱時に活躍した英雄、あやさきれんが扱ったとされる幻の炎よ」


 業魔の大乱というと六百年前くらいに起きた人類対魔族の世界戦。

 魔族が一番猛威を振るっていた時代だったはず。


「何で幻の炎?」

あやさきれんは礼家でありながら素性が全くわかっていない人物なの。正体不明の度合いはあのあやさきひな以上。基本的に人前に姿を見せることはなく、国に大きな危機が訪れた時にのみ現れ人々を救ったとされているわ。戦闘力は歴代礼家の中でもずば抜けていて、記録上で把握できている限りでも十を超える〈名前持ち〉を単独で倒している。あまりにも強すぎて当時でも存在を疑われていたそうよ。そんな謎多き英雄の活躍と共にいつも語られていたのが、彼の扱う炎――〈花炎〉。花のように美しいその炎はあらゆるものを燃やし、鮮烈に戦場を彩ったと言われているわ」

「あらゆるものを燃やす、炎……」


 胸の内がじわりとざわつく。


『そうよ、凄いでしょ。災害級の超大型を一瞬で焼き尽くした、なんて話も残ってるのよ。あらゆるものを燃やす……そこまで言わしめる炎、一体どんなものだったのかしら。とても気になるわ』

「なるほど……幻の炎・〈えん〉、ね。そんな話、初めて聞いたわ」

『つまり、桜は絢咲の〈花炎〉を知らずに〈花炎〉という名前の術名をつけていたってこと?』

「いや、私が名前つけたわけじゃ……。クソッ、伊佐奈の奴、絶対知ってて〈花炎〉なんて名前つけやがったな……!」

『いさな?』

「ああいや、伊佐奈ってのは――」

「桜様っ」


 後ろからいきなり近づいてきた詩織が桜の手を掴んだ。


「ちょっ」


 次の建物へと飛び移ろうとしたところで手を掴まれた桜はよろめきながら屋根の上で踏みとどまる。


「あんたねぇ……!」

「桜様……! 桜様が今仰った〈花炎〉という炎はしんの……」

「……アレじゃない。アレとは別の、私の炎よ。ったく、こんなことでいちいち呼び止めるな」


 桜は詩織の手を振りほどき、屋根を一つ蹴ってリリスが居る次の建物へと移った。


『どうしたの?』

「なんでもないわ」

『……そう。えっと……じゃあその、桜の〈えん〉のことなんだけど、術名があるくらいだから何か特殊な性質をもった炎だったりするの?』

「まあね」

『本当に!? それはいったいどんな性質なの!?』

「悪いけど、さすがにそこまでは言えないわね」

『えぇー…………まあ、そうよね……』


 がくりと項垂れるようにリリスの体が傾いてスピードが落ちる。期待させた分がっかりさせてしまったようだ。

 一般的に知られているような霊術ならともかく、固有の霊術、その詳細を自分から大っぴらに話す霊術師れいじゆつしはそういない。

 桜の〈花炎〉もまた性質を知られないことで強く力を発揮するものだ。

 しかしこうもがっくりするリリスを見ると別に教えてもいいようなという気持ちが沸き上がってくる。だが後ろでつきまとう緑髪の女には絶対に知られる訳にはいかない。


「あー……リリス? それよりほら、次はこいつの……えっと、ゆいしき、だっけ? それについてなんか話してよ」


 話を変えようと、桜は気になってもいた礼家・〈ゆいしき〉について尋ねた。


『えっと、どういうこと? 〈花炎〉はともかく、ゆいしきを知らないってことはないでしょ?』


 リリスの声には戸惑いの色が混じっていた。


「それって常識なの? 礼号なんていくつもあるじゃない。いちいち覚えてられないわよ」


 すると今度はリリスからひんやりとした視線が向けられるのを感じた。

 何かまずいことを言っただろうか。


れいの名前はこの国で最も影響力のある名前よ。この国で生きる者なら誰もが知っているわ。それを礼家である桜が何で唯識を知らないの?』

「うっ……ごめんなさい……無知でごめんなさい……」


 リリスからの好感度がみるみる減っていくのを感じ、桜は心の底から自身の無知を呪った。


『あっ、いえ! 違うの! 私こそごめんなさい! ああぁ、またやってしまったわ……。私、興味のあることになると周りが見えなくなる悪い癖があって……』

「……あのさリリス、あまり私自身よく分かってないんだけど、私が礼家になった経緯ってのがかなり特殊、みたいなことを昔姉が言ってて。だから私はリリスが考えるような礼家とはだいぶ違って…………いや、そういったことは関係なく、私が礼家を知らないのは、単純に私が礼家に関心を持たなかったから」


 正確に言えば、あえて知ろうとしなかったになるが。


『桜、本当に失礼なこと言ってごめんなさい』

「気にしないで。私が非常識なだけよ」

『でも……』

「いいからリリス、ゆいしきについて教えてくれる?」

『うんっ。ありがとう、桜』


 薄ぼんやりとしていたリリスの体が元の光の強さを取り戻す。

 よかった。気を取り直してくれたみたいだ。


ゆいしき。唯一の唯に、知識の識で唯識。礼号の由来は〈のうりょく〉の能力名から』

「え、異能力?」

『そう。異能力で礼号を得ている唯一の礼家、それが唯識よ』


 異能力とは霊力を一切使わずに、霊術とは全く異なる別個の力で超常的な現象を引き起こす力のこと。

 火を生み出す力のような霊術でも代用できるものから、幽霊を認識する力や伊佐奈の〈異空の眼〉など、霊術では再現できない特殊なものがある。


「でも礼号って、霊術師だけが得られるものじゃなかったっけ」

『唯識は、唯識と呼ばれる異能力を一定以上扱えると認められた者だけが授与される礼号……ではあるのだけれど、唯識はその力の性質上、霊力に大きく影響が現れる。唯識の力を深く扱えるということは、優れた霊術師であるということと同意なのよ』

「へぇー」


 詩織の身体から霊力が一切漏れ出ていないことから、ある程度霊術を扱えるということは分かるのだが、詩織からは実力者が持つ特有の空気が全く感じられずにいた。

 本当に礼家なのかと疑念を抱いていたが、どうにも詩織が持つ力はかなり特殊なものであるらしい。


『唯識という能力名の由来は仏教の唯識という思想からそのままきているわ。仏教における唯識を簡単に説明すると、この世のあらゆる事物、現象は心の働きによるもの……みたいな感じの考え方かしら』

「つまりは心を操ることができる異能力……?」

『そうね……心を操るというより、魂への感覚操作と言ったほうがひとまず分かりやすいかしら』

「魂の感覚? えっと……それは五感を操る精神干渉系の力、みたいな感じに思っていいの?」

『ええ、とりあえずその認識で問題ないと思うわ。付け加えると五感ではなく、唯識で操作する感覚を〈しき〉と呼んでいるわ。〈げんしき〉・〈しき〉・〈しき〉・〈ぜつしき〉・〈しんしき〉・〈しき〉。これらの識を増幅・減少、そしてゼロに――感じ取れないようにする、などの操作ができるわ』

「へぇー、まあでも感覚操作系の霊術とそう違いもなさそうね。のうりょくだから霊力を消費しないって利点はあるだろうけど」

『いいえ桜、唯識の力はただの感覚操作じゃないわ。唯識の力は霊術と明らかに一線を画した異能の力。異能力の中でも異質中の異質……。霊術においての幻術や感覚操作はあくまで肉体、脳に干渉し意識、精神に影響を与える。だけど唯識は違うわ。唯識はたましいを捉えることができる。直接魂へと干渉することができるの。桜、この意味が分かる? 霊術では魂を認識できない。干渉もできない。だけど唯識はそれを可能にする。つまり唯識の力は唯識の力以外では対抗することができないということ。唯識能力者でなければ誰も唯識の力を防ぐことはできないの』

「なるほど、つまりは防ぎようのない感覚操作能力って訳か……。どこまでのことができるのかまだいまいち想像できないけど、それってかなりやばい力なんじゃないの? そんなに凄い力ならいくら私でも知る機会はあったと思うんだけどな」

『……そうね。唯識の力はとてつもないものなのだけれど、でも色々と欠点もあって戦闘向きの力じゃないし、そこまで警戒とかされるものじゃないわね。それとまだ桜に言ってなかったんだけど、六つの識全部を自在に使いこなせるというわけじゃないの。操作できる識は基本一人に一つ』

「なんだ。たった一つなのか。そりゃ警戒も何もないわ」

『たった一つでも凄い力よ。一つの識で色んなことに応用できるんだから』

「へぇー」


 桜は進むスピードを少し緩めて、また先ほどからずっと聞きに徹している後ろの詩織に並んだ。


「で、あんたは何の唯識を使えんの?」

『ダメよ桜。習得した識はおいそれと話せるものじゃないわ』

「……はい桜様。私は、〈げんしき〉と〈しき〉を習得しております」

『凄い! 凄いわ! その若さでしきを二つ習得しているなんて! というかいいの詩織さん? 自分が使える識をそうも容易く話して。ああでも〈げんしき〉、それに加えて〈しき〉まで……! どちらも応用の幅が広い識よねぇ』


 うっとりした声でリリスは言う。


「げんしきってのが目で……意識はそのまま意識、か? でもさリリス、基本一つとは言え、たった二つ使えることがそんなに凄いわけ?」

『ええそうよ。素質があっても一つのしきを習得することは相当難しいと聞くわ。加えて礼号を得られるだけの力ともなると尚更。その若さで識を二つ習得し〈礼号〉を授かっている詩織さんは百年に一人の逸材と言っても過言ではないと思うわ』

「へぇ。あんた結構凄いのね」


 褒められて嬉しいのか詩織の頬がわずかに赤く染まる。


『歴代唯識の中で、識を三つ習得した者は三人だけ。四つ、五つの識を習得した者は記録にないわ。ただね、うふふ。ここでとても面白い話があるのよ』


 うきうきとした調子でリリスは続ける。


『歴代の唯識の中にはね、過去に二人、居たらしいの。六つの識全てを習得し使いこなしたと言われるろくしきの使い手が。その六識使いの二人は六識以外にも、識の奥にあるさらなる識を操ることができたと言われているわ。それで桜、ここからよ。その六識使いの二人はね、ある日何の前触れもなく忽然と姿を消しているの。二人とも二十代半ばとまだ若く、それぞれ家庭も持っていた。地位と名誉を持つ二人が姿を消す理由はどこにも見当たらない。懸命な捜索が行われるも結局二人は見つからなかった。不思議でしょ? 異なる時代で生まれたろくしきの使い手が同じくらいの年齢で突然姿を消した。果たしてこれは偶然なのかしら。一説ではその強大すぎた唯識の力に呑み込まれたのではないかと言われていて……ってごめんなさい! ああ私はまた一人で喋って……それも唯識の詩織さんの前で失踪事件を面白いだなんて』


 饒舌な調子から一転、リリスはあわわと狼狽しはじめる。


「いえリリスさん、気にしないでください。唯識の能力者達の間でも、その話は御伽話のようなものですから。それにしても、リリスさんは大変物知りですね。私ではそうもすらすらと言葉が出てきません」

「ええほんと、よくそれだけの知識がその小さな体に収まってるわね」

『そ、そうかな? ……二人ともありがとう。その、もしかしたらまた失礼なこと言っちゃうかもしれないけど……まだ、お話してもいいかしら』

「ええ、もちろん」

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