13 悪夢の中に……

「癸卯さん、癸卯諒子さん。起きてください!」

 さすがに疲れが出たのか、それとも飽食後の転寝だったか、癸卯諒子はパトカーの中で睡魔に襲われ、眠ってしまう。

 警察署に着いたとき刑事に起こされたが、寝覚めは悪い。

 未だ悪夢の中にいるようだ。

「ここは?」

「S警察署前です」

「ああ、まだ、続いていたんだ?」

 言って諒子がパトカーから降り、棗田(なつめだ)と自己紹介された刑事に押されるように所内に入る。

 取調室まで連行される。

 そのとき通過した刑事部屋では一気に緊張が高まったようで、課長らしいやはり恐い顔の人物が電話に向かい、怒鳴るように指示を出す。

 その光景を、悪夢の彩としては平凡だわ、と諒子が感じる。

 もっとも世の中に意外なことなど、そう多くないのだが……。

 それから入れ替わり立ち代り様々な人物がやってきては、諒子にほぼ同じ質問を繰り返す。

 それに答える諒子の言葉もほぼ同じだ。

「泰司さんは、わたしに自分をくれたんです。おそらく意識の深いところで納得して……。だから、わたしは彼をいただきました。それから自分の一部も咀嚼したんです。起こったのはそれだけです」

 その後、精神科医としては珍しい怖ろしく恰幅の良い男が現れ、聞けば笑いたくなるような間違ったパズルのような質問を繰り返す。

(そろそろ飽きてきたなぁ。頭の中が朦朧とする)

 それらの質問にその都度答えながら、彼女がだんだんとそう思う。

 その頃、諒子には知らされなかったが、在籍していた製薬会社の方にも捜査の手が延ばされる。

 そこでインキュベーターの件が明るみに出る。

 もっとも諒子は隠していたわけではない。

 ただ、その件について質問されなかっただけだ。

 結局、その日の定時前に諒子は警察署と刑事たちの質問から解放される。

 襲われる危険性がある、という理由不明の理由で複数の護衛が付けられ、また女性刑事に直接付き添われ、自宅に帰る、

 その女性刑事は安全確保のため泊り込むと言う。

 だから突然の闖入者により物理的に生活空間が狭まり息が詰まったものの、これも悪夢の続きなのだろうと得心し、諒子は女性刑事、買手屋良子(かいてや・りょうこ)を一晩自宅の部屋に泊めることに同意する。

 字は違うけど、名前は同じなのね、と思いながら……。

「晩御飯をどうしよう?」

 あるいは、

「明日、会社は?」

 などと惑いながら、

「でも、あの事故でもう実験は続けられなくなってしまったし、しょうがないかも……」

 と納得し、有り合わせの材料で軽い夕食を作り食べ、自分は飲まないと職業柄遠慮した買手屋刑事を相手にスコッチを嗜む。

 それで少し気分が晴れる。

 酔いがまわると口も軽くなり、買手屋良子と恋の話で盛り上がる。

 話の成り行きから、彼女には今現在憧れの人がいるらしいとわかる。

「でも、きっと駄目なんです」

 と恋の話では弱気になった買手屋良子が溜息混じりに諒子に告げる。

 自分の身体を見下すように、

「同じ警察官とだったらいいんでしょうけど、わたし、ゴツ過ぎるんです」

 と少しだけ嘆くようにそう続ける。

 それで確かに力強い体格をしているな、とわずかに善甫を思い出しながら諒子が言う。

「ということは、同僚とかじゃないのね?」

「幼馴染なんです」

「あら、それなら問題ないんじゃない? 昔からお互い知ってるわけでしょう?」

「でも自分でいうのもなんですけど、わたし昔はとても華奢で……。それにこの前同窓会で久しぶりに会ったら、ちょっと退かれてしまい……」

「勘違いじゃないの?」

「わかるんです。あの人のことが好きだから……」

「あなた、もしかして未経験?」

「お恥ずかしいけど、その通りです」

「別に恥ずかしくはないけど、じゃ、わたしとしてみる?」

 すると買手屋良子は急にぎょっとし、

「諒子さんって、そういう趣味の人なんですか?」

「ううん。単なる冗談……」

 それで話が打ち切りとなる。

 明けて翌日、癸卯諒子は再び同じ警察署に任意同行される。

 そして数時間後、あれが始まる。

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