12 二人の刑事
翌日の朝、自宅のベッドで目覚めたとき、癸卯諒子は何日にも渡り悪い夢を見ていたような感覚に囚われる。
気分は優れないが、起きられないこともない。
それで目覚まし時計と相談しながらベッドから出るタイミングを計る。
どうやって家に帰ったか記憶がない。
それどころか昨日……というか本日未明の記憶も混乱している。
わたしは彼を食べたのだろうか?
それとも、ただの悪夢だったのだろうか?
諦めて起き上がり、トイレに寄ってからテレビを点けたが、昨日の惨劇の報道はない。
その代わり、午前六時前だというのに玄関のチャイムが鳴る。
ヴィドフォンで確認すると目付きの悪い男が二人立っている。
一目で刑事と知れる。
「癸卯さん、癸卯諒子さん。いらっしゃらないんですか?」
そのうちの一人がドンドンとドアを叩き始める。
だから、近所迷惑だなぁ! と他人事のように思いつつ諒子ドアの鍵を外す。
「すみません。静かにしてくださいませんか!」
通路の向こうから遠巻きにこちらを伺うご近所さんたちの姿が見える。
その人たちに目で軽く挨拶してから、
「どうぞ、お入りください」
と刑事を促す。
「朝早くから申し訳ありません。わたしたちはこういう者です」
五十過ぎと思われる年配の刑事がそう言い、三十前と思われる若い刑事と二人、諒子の目前に警察手帳を並べて翳す。
その行為に諒子が目を白黒させる。
「刑事さんが何のご用で……」
「単刀直入に伺います。昨日、あなたは赤坂のニューハンプシャーホテルにお泊りですね。こちらの方とご一緒に……」
年配の刑事が善甫泰司の顔写真を見せる。
いかにも海外ボランティア派遣隊員のIDカードにありそうな面構えの写真だ。
「善甫泰司さんです」
「はい、存じております。昨晩……というか本日の未明にお会いしました」
諒子が答える。
「それが何か?」
「善甫泰司さんは今朝ほど、おそらく深夜二時過ぎくらいに、お亡くなりになられました。それも、ちょっと信じられないような遺体となり……」
「……?」
「驚かれませんね」
「悪い夢を見たんです」
「その件で事情を伺いたいのですが……」
「悪い夢だったんです」
「正直に申しまして、癸卯さん、あなたが彼を殺害したと疑っておりません。一般女性にそんな力はないでしょうから……。ただ状況を伺いたいのです。いったいどうやれば、あんなふうに人間を破裂させることが出来るのかを?」
すると、しばらく考えてから、
「あなたがたでは無理だと思います」
諒子が答える。
「わたしにとって魅力的ではありませんから……」
「それは、どういう意味ですか?」
「泰司さんは、わたしに自分をくれたんです。おそらく意識の深いところで納得して……。だから、わたしは彼をいただきました。それから自分の一部も咀嚼したんです。それだけなんです、起こったのは……。それが罪というなら罰を受けます。何処へなりとも連れて行ってください」
「先輩、この女、大丈夫ですか?」
「失礼な人ですね。怒りますよ」
「五箇谷(ごかや)くん、キミはちょっと黙っていなさい。申し訳ございません。教育が行き届きませんで……」
「連行されるんですか? わたしは……」
「任意でご同行いただけると助かります」
「わかりました。でも、わたしの中のあれがお腹を空かすと危ないですよ」
「すみません。おっしゃっていることがわかりません」
「そうでしょうね。こちらこそ申し訳なく思います。上手くご説明できなくて……。着替えをしてきますので、しばらくお待ちください。会社へは、えーっと、そちらに伺ってからでも連絡できますね」
「わたくしどもの方からご連絡差し上げることも可能です」
「わかりました。では、少々お待ちを……」
言って諒子が部屋の奥に姿を隠すと、
「實寳(じっぽう)先輩。大丈夫ですか? 逃げられませんか?」
先ほど年配刑事にたしなめられた五箇谷真仁(まひと)刑事が口にする
「キミはここが何階だと思っているのか?」
「十六階です」
「非常口の類には見張りをつけてある。それに、わたしが見た感じでは飛び降りそうにも思えない」
「おれには気持ちが悪かったです」
「確かに、それはそうかもしれないな。精神科医の手配を頼むよ」
「了解しました」
「ほら、また間違う!」
「すみません、承知しました」
言って五箇谷が携帯を取り出す。
しかるべき場所に連絡する。
すると――
「お待たせしました」
ほどなく諒子が玄関口に姿を見せる。
陽気に合わせた初夏の装いだ。
「では……」
靴を履いて玄関を出てドアを閉めて鍵を掛け、廊下に集まった小人数の詮索好きたちに会釈し、癸卯諒子が刑事二人とともにエレベーターに乗る。
一階に着いたときには彼女一人になっている。
そこで待ち受けた別の刑事が首を捻る。
偶然にも、そのとき監視カメラはマンション住人の――おそらくやんちゃな――息子か娘に破壊され、作動不能状態だ。
「まさか、途中下車?」
エレベーターの一階で待ち受けた刑事が狐に抓まれた表情を浮かべ、ひとり呟く。
それから急に思い出したように、
「任意同行には同意なさっていますね」
と何故か唇のまわりに舌を行き来させる諒子に言う。
彼女が首肯くと後ろに控えたもう一人の刑事に諒子の連行……ではなく、任意同行を任せる。
「では、こちらへ……」
刑事に促されて落ち着いた様子でパトカーに乗車する諒子をチラ見し、三番目の刑事はさらに首を傾げてから、急にいなくなってしまった實寳と五箇谷の探索を始める。
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