5 ヴラド・ツェペシュ

「こんなものなのか!」

 倒壊した耐震性が弱い高層集合住宅群跡を巡り歩きながら、地震災害軽減支援プロジェクトの実行委員長、甘利義和(あまり・よしかず)が思わず声に出して呟く。

 支援が間に合った建造物も多いが、間に合わなかったそれも少なからずあったからだ。

 ここブカレストに、いずれマグニチュード七・五以上の大地震が発生することは数十年前から予想されている。

 それは日本における地震予知とはメカニズム的には異なるが、どちらも予防策に違いはない。

 一般には知られていないが、ルーマニアは日本と同じ地震国だ。

 日本の場合は太平洋プレートとフィリピン海プレートが北アメリカプレート及びユーラシアプレート下に沈み込み、それが原因となり大地震が発生する。

 ルーマニアはユーラシアプレートとアフリカプレートの境界である地中海から遠く離れたユーラシアプレート上に位置する国だ。

 上記両プレートの境界ではアルジェリア地震やギリシャ地震を例として多くの大地震が発生している。

 一般的にプレートが接触する境界面から離れれば離れるほど大地震の頻度は低下するといわれている。

 けれどもルーマニアはその例外で大地震が頻発する。

 大地震の発生場所がブランチア地方(ブカレストの北北東約一五〇キロメートルに位置し、カルパチア山脈の弧が大きく曲がる地域)に集中していたが、その理由は現時点においてなお古いプレートが沈み続けているためだ。

 ルーマニアでは、おおよそ二〇年から三〇年の周期で地震が発生し、その被害は人口約二百万人弱の首都ブカレストに集中することが多い。

 一九七五年には、マグニチュード七・五の地震が発生。

 ブカレストのみに限っても千四百人以上の死傷者が出る。

 被害総額は約二十億ドル。

 その七〇パーセントは建物に耐震性がないことに由来する建造物崩壊による被害だ。

 地震による建物の崩壊を軽減するには、崩壊の恐れがある建築物の耐震補強を行う必要がある。

 そこで同じ地震国である日本の独立行政法人と国土交通省が中心になり、国際協力機構による地震災害軽減支援プロジェクトが開始される。

「だが、すべてを救うことはできなかった」

 まわりの悲惨な光景を見まわし、甘利が唇を噛み締める。

 唯一幸いだったのは、死傷者の数が少なかったことだ。

 甘利たちプロジェクトメンバーの尽力もあるが、地元の有名占い師の地震発生予言が的中するという偶然と、それを信じて行動した人々の行為が、結果的に被害を最小レベルに抑えたのだ。

「そんなものなのかな?」

 と甘利は思う。

 逆をいえば、占いを信じなかった人々が被害に遭ったのだ。

 あるいは遭わないまでも被害に遭う可能性が高かったということになる。

 甘利はごく普通の科学者だったから、もちろん占いは信じていない。

 若い頃は『血液型占いは統計だから正しい』とかいった無知蒙昧な主張を聞く度、無性に腹を立てたものだが、ボランティアも含め世界中を巡るようになってから、日本人ばかりが占いを信じているのではないと知り諦観する。

 自分が産まれる前も、死んだ後も、世界人口に占める占い妄信率は変わらないだろうと……。

 タータータタッタ・タタター!

 携帯が鳴る。

 尻ポケットから引っ張り出す。

「もしもし、甘利ですが?」

「ああ、やっと繋がった!」

 声を聞き、同じ委員会メンバーの善甫泰司(ぜんぽ・たいじ)だとわかる。

 善甫は甘利と違い、耐震ではなく衛生担当者だ。

「どうしたんですか?」

「カルパチア山脈より北部では滅多に起きない地震が、ごく小地域で発生していたことが確認されました」

 地震発生後かなり早い時期に、首都ブカレストでは公衆衛生上の問題がほとんどないことが確認されたので、善甫は流言が飛んだルーマニア北部調査の応援に駆けつけていたのだ。

「ごく一部って、どの辺り?」

「ええ、ヘンな風に表現する気はないのですがその昔、トランシルバニアのヴラド・ツェペシュ公の城があった辺りですよ」

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