第肆頁

 四人には自分の家へ帰って一旦休んでもらうことにし、エンは圭太を連れて、今まで飛ばされてきた者たちを保護しているという風の神殿へ向かった。二人とも、まずは子供たちに話を聞くことくらいしか思いつかなかったからである。神殿への道すがら、エンは圭太に様々なことを説明した。

「風の神殿は、昔は……まだ大神官様たちがおられた頃は、次元の歪みに巻き込まれた者たちを保護して、そこへ連れてくるのが俺の仕事だった。そして風の大神官様が異空間移動魔法でその者たちを元の世界へ帰してたんだ」

「そんなこと……エンさんだけに任せられた仕事だったんですか? 大変そうだ……」

 圭太が思わず驚きのコメントをすると、エンは苦笑いした。

「……この世界の他に真実として別の世界が存在するってことは、あまり知られていいことじゃなかったんだ。特に人を異世界に転送できる空間の魔法を扱える人間がいたこの世界ではな。ましてここは、魔物の脅威に常に晒され続ける世界だ。この状況を厭って転送を懇願してくる人間が大勢出るだろう……それを許せば、世界のバランスが崩れてしまう。……質量保存の法則とか、そういうのはもう習ったか? あれと似たようなモンとか、そういった色々で、許容量を超えた異世界間の物質移動は次元の崩壊を招いてしまう。

 ……まぁ、もともと異世界から来て異世界の存在を知っている俺があの役目を負った方が、より人に異世界の存在を知られなくてすむということだ」

「な、何ですか? ほうそく? ……でも、何となく分かった気はします……次元の崩壊を防ぐために、次元の歪みに巻き込まれたような人々も元の世界に帰す必要があったわけですよね? けど、だったらエンさんってどうしてこの世界にいたままになってるんですか?」

 新たに増えた疑問を、少年は口にした。

「……俺は、こっちの世界の人間だった奴と、居場所を交換したのさ。あっちは戸籍とか面倒なモノがあるから、俺の周りにいた人間の記憶を大幅にいじったりして、俺の名前と出自で生きてる」

 青年は淡々とそう言った。

「そうだったんですか……あれ? でもどうやって知り合ったんです?」

 圭太は、疑問が次々に出てきて、止まりそうになくなってきたのが自分でも分かった。けれどエンは丁寧に答えてくれるので、あえて胸の内にしまうことはせずどんどん遠慮なく聞いていく。

「俺とあいつは……セインは、もう一人の自分同士、のようなものだったらしい。その割に、俺がサイキックであっちが機械狂だったり、性格が真逆だったりするんだがな……。まぁそれで、何がきっかけかは分からないが物心ついた頃にはお互いに頭の中で意思の疎通をしていた」

「うわぁ……! 何だか素敵ですね」

 感嘆の声を上げて目を輝かせている少年に、エンは少し嬉しくなったが、それを隠すように皮肉っぽく言った。

「素敵と言ってくれるか。地球にいた頃、俺の周囲は皆気持ち悪がっていたがな。セインとの意思疎通も、俺の持つ変な力のことも」

 そう言いながら段々と眉間に皺を刻んで行ったエンに、圭太は聞いてはいけないことを聞いてしまった気がした。

「す、すみません」

「あ……いや、別にいいよ。たまには吐き出したいもんなんだ、こういうことは……逆に悪いな」

「い、いえそんなことは……」

 あたふたしている圭太をおかしそうに見ながら、エンは聞いた。

「他に聞きたいことはあるか?」

「え、えと……そういえば市兄はじゃぁどうやって地球へ帰ったんですか?」

「それが俺にも分からないんだ。大神官様たちがいなくなって、帰る手段はまだ見つかっていないのに、いつの間にか消えていた。そう言えばあいつがどうやってこっちに来たのかも俺は知らない……」

「えっ?」

 圭太は首を傾げた。

「時々この世界とあちらの世界には次元の歪みと呼ばれるものが発生するらしい。歪みに落ちた向こうの人は、こっちの世界に飛ばされる。こっちの人はその逆だ。俺はその歪みを感知することが出来る。でもあいつがやって来た時、歪みは出ていなかった。……それにな……あいつと俺が始めて会った時は、俺があいつを保護したとかじゃないぞ」

「えっ?」

「逆に俺が助けられたんだ。魔物に囲まれていた時、ぶっとい木の枝振り回して突っ込んで来やがったんだ、あいつ」

 圭太は心底驚いているらしく、ぽかんと口が開いている。少年のそんな反応にエンは微笑ましさを覚えて、思わず懐かしむようにかつての友人についてを語った。

「とりあえず訳の分からん奴だったよ、お前の従兄は。突然現われて突然消えやがって。始終ぼんやりしているかと思えば俺を諭してきたり、勇敢に魔物に立ち向かって行ったり……いいやつだった」

 そう言うエンの表情が、少し悲しそうに歪んだ。

「あいつの本は、単なる鍵にすぎないんだろうさ。きっと、異世界の存在を信じることの出来る純粋な心を持った人間が、この世界の波長とシンクロして、次元の歪みを引き寄せてしまっていたんだろうさ」

 苦しそうな彼を見て、圭太は言葉をかけることができなかった。


「……着いたぞ。あれが風の神殿だ」

 暫く歩いて、まるで何もなかったかのようにサラリとエンは言った。視界が開けた瞬間、目の前に、西欧の教会のような、荘厳で瀟洒な造りを見せる神殿が現れた。真っ白な壁と、繊細な数々の彫刻。まだ圭太の知る所ではなかったが、ステンドグラスはないようであっても、鋭角的に尖った屋根や尖頭アーチ状の入り口や門は、圭太の世界で言うゴシック式の建築を思わせる造りだった。エンは圭太を促して、技巧を凝らしてはいても派手ではない、その真っ白な門をくぐった。

 ――その、瞬間。

 澄んだ音が響いたかと思えば、次にはその場に若葉色のつむじ風が起こっていた。

「圭太ッ?」

 エンが驚いて少年の名を呼ぶ。つむじ風は少年を中心にどんどん威力を増し、しまいには圭太の姿が見えなくなった。

「圭……ッ!」

 若葉色の風に手を伸ばしたエンは、触れたと思った瞬間弾き飛ばされた。

「……っわぁあぁああああああああっ!」

 つむじ風の中から少年の悲鳴が聞こえる。エンは何が起こっているのか全く把握できなかった。予測不能で理解不能な出来事に、彼はどうしようもない不安を覚え、少年の身を案じた。再び起き上がって、触れることもできなかった荒ぶる風へとまた向かう。性懲りもなく再度触れようと手を伸ばした瞬間、何の前触れもなく突然風は解け、散った。その痕に少年は倒れており……エンは仰天した。

 圭太が若葉色になっていた。

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