第壱頁

「……本にしたいな」


「……何を」


「ここの人たちのことを。こんなに素敵すてきで、一生懸命いっしょうけんめいな……この世界が、大好きなんだ」






†††◇†††






 如月きさらぎ圭太けいたは外の明るさとは対照的な色を宿したうつろな瞳で、机上きじょうの本を見下ろしていた。


それは、茶色いハードカバーで、B5判サイズの、それ程厚くはない一冊の本。



(……市兄いちにい、絶対何かの間違いだよな?)



 昨日、少年と親しかった母方の従兄いとこが自殺した。


 最後に小さな、苦悶くもんの叫び声だけを残して。



"ただ僕は、たくさんの人に物語を伝えたかっただけだった。"



(ただでさえぼーっとしてたあんたに、できた訳がない……)



 ぼんやりとしたつかみ所のないイメージ。


 従兄いとこはただふわりと笑う、言わば優しすぎる平和主義者だった。


 作家だった彼の遺作いさくを……最後の作品となったその本を、少年は手に取った。


 すでに店頭に並ぶものの回収・廃棄はいきは急ピッチで進んでいて、これは所持者であった友人に頼み込んでようやく確保した、貴重きちょうな一冊である。



(この本が原因なんかじゃない。ぼく証明しょうめいしてやる!)



 そして少年はページをめくり始めた。

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