第19話 ハッキング~『作家でたまごごはん』の一番長い日 後編~

「だけど、パスワードに誕生日を使うのは推測されやすいので、いけないんじゃなかったかしら?」


 神楽舞が疑問を挟む。

 マリアもようやく分かったようだ。


「そこが飛騨さんの狙いというか、あの人のやり方は常に二段構えなんです。<プロフェッショナルキラー>という仇名があるくらいです」


「どういうこと?」


「舞さんの誕生日である『19XX0210』を僕が持ってる暗号変換ソフトに入力すると、それをキーボードを経ずにパスワード入力できるんですよ。キーボードのログを記録するウィルスソフトはハッカーは大体、持ってますから、ID、パスワードのみならず、クレジットカードの番号までダダもれです」


「何でメガネ君がそんなソフト持ってるの? それと、結局、IDは何なのよ?」


 マリアが訊いてきた。


「『Mag Air Auk』は並べ替えると、『kaguramai』になるでしょ。で、パスワードは『19XX0210』と思わせておいて、実は違う。ハッカーはこのパスワードを設定した飛騨さんを素人だと馬鹿にして、逆に罠に落ちるんです。僕はリアルの飛騨亜礼とは面識はありませんが、IMT.COMのネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>の『飛礼』とはもう何年も付き合いがあります。僕は飛礼隊の副隊長として、いつも彼のそばにいましたからね」


 懐かしい、本当に懐かしい名前をメガネ君は久々に言葉にした。


 <刀剣ロボットバトルパラダイス>のラスボスである<スケルトン中華ロボ>討伐戦以来、飛礼はネットから姿を消していた。

 メガネ君は生き残りのメンバーと新規メンバーで部隊を再編し、飛礼の帰りを待ちわびていたが、彼は一年間待っても帰って来ることはなかった。


 それが、こんなところで、飛礼のリアルの姿である飛騨亜礼から連絡をもらうことになるとは。

 しかも、阿吽の呼吸で全幅の信頼を持って「メガネ君ならわかるはずだ」と言ってもらえたことに少し感動していた。


「ネット繋がりなの? なるほどなるほど」


 マリアもやっと納得したらしい。


「では、とりあえず、ウィルス駆除に全力を挙げて。<作家でたまごごはん>のサイトは第二サーバー経由で再立ち上げして、ユーザーをそちらに誘導してね」


 マリアはてきぱきと指示をだした。

 先日の事件以来、気落ちしてたからメガネ君も心配していたが、どうやら回復してたらしい。


「さて、それでは、頑張りますか」


 チャラ夫君も気を取り直してパソコンに向き直る。

 <作家でたまごごはん>サイト消滅の危機は去った。

 と、全てのメンバーが思っていた訳ではなかった。




   †




 ウィルスの駆除は翌朝までかかっていたが、朝方には何とか片がつきつつあった。

 マリアは煙草を吸いに<作家でたまごごはん>のビルの屋上に来ていた。


「はい、社長ですか? IDは分かったんですがパスワードはまだです。でも、入手方法は判明したので、すぐわかります。第二サーバーの位置も特定しましたので、いつでもハッキング可能です」


 マリアは煙草を吹かしながら、謎の社長とスマホで会話していた。

 その様子をドアの隙間から見ているふたりがいた。


(やっぱり、マリアさんがスパイだったか)


 メガネは残念そうにつぶやいた。


(そうね。でも、飛騨さんの作戦は大当たりね)


 神楽舞は最初からスパイを炙り出すために<作家でたまごごはん>に来ていた。

 メガネ君に<刀剣ロボットバトルパラダイス>のメッセージで事前メールをしていた。


(残念ながら。飛礼の作戦は常に三段構え以上なので、常人というか、常に彼の作戦を見ていた僕でさえ、一年ぐらいして本当の意図に気づくということがあったりしました。<プロフェッショナルキラー>の二つ名は伊達ではないですね)


 坂本マリアに見せたIDの謎解きも暗号解読も全てダミーであり、第二サーバーの存在も実はダミーである。本当のサーバーは別の所にある。バックアップサーバーも複数存在する。 


 暗号解読ソフトはメガネ君の頭の中にあり、飛礼隊のメンバーはみんな非常時の暗号を記憶していた。

 それは<刀剣ロボットバトルパラダイス>のギルドには、規模が大きくなるに比例して常に他のギルドのスパイが潜入していたので、そういうスパイを炙り出す技術、機密管理スキルが進化していたからだ。

 その中でも、飛礼は本当に底が知れないプレーヤーだった。

 だから僕はあの人に憧れて、背中を追っていたんだよな。


(残念だけど、メガネ君にはマリアさんの監視をお願いするわ)


 神楽舞も申し訳なさそうに言った。


(了解しました。引き続き任務を遂行します)


 メガネ君は自分が好きになるのは悪女ばかりだと思った。

 好きな人が犯罪者や詐欺師、メンヘラばかりで、もう少しまとも普通の女性にも出会いたいと思っていた。

 まあ、自分の幼少期の育ち方が悪かったのかもしれない。


 ネット小説投稿サイト<作家でたまごごはん>の危機はひとまず終息した。

 坂本マリアという火種を残して。

 そして、メガネ君は更なる混乱とネット小説サイトの戦国時代に巻き込まれることになるのだが、それはまた、別の話である。

 

 



 

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