第6話 オトナの事情
「春のBAN祭り終了! 飛騨君、お疲れ様。乾杯!」
神楽舞と飛騨亜礼はとある酒場で長い戦いの終了を記念して打ち上げをしていた。
「乾杯! お疲れ様です。舞さん」
飛騨はあいかわらず、黒のサイバーグラスをしていて表情は読み取りにくいが、この日ばかりはさすがに解放感で顔がほころんでいた。
舞もピンクのサイバーグラスをしていたが、お互いにその件については触れないのは暗黙の了解になりつつあった。この世にはとても気になるけど触れてはならないものがあるのだ。
「飛騨君、この前ねえ、『作家でたまごごはん』の規約変更の件で神沢社長の所に行ったら、飛騨君の会社にITコンサルティングの仕事も頼みたいとか言ってたわ。この名刺の携帯番号まで連絡してくれる」
「えーと、神沢優、女社長さんなんだね。了解、連絡しとくよ」
飛騨は舞から渡された名刺を一瞥してからポケットに仕舞い込んだ。
「そういえば、最近、歴史ジャンルで一位に来てる『聖徳太子は騎馬民族だった!?』は面白いわね。飛騨君の『聖徳太子の
表情は分からないけど、飛騨の口元が微妙に歪んだように見えた。
「ああ、あれはいいですね。どこかの歴史ファン系の『まとめサイト』に取り上げられて、ネット出版社『メトロポリス』の歴史小説大賞で読者賞を受賞したみたいですよ」
「そうなの? 道理で最近、ランキング上がってくると思ったら、そういうことなのか」
「『聖徳太子の
飛騨らしい、かなりマニアックな話題である。
こういう話をしている時の飛騨は饒舌である。
根からの古代史ファンなのね。
「そういう話があるのか。『神社はタイムカプセルである』というのも『聖徳太子は騎馬民族だった!?』に書かれていたけど、地元の伝承や神話は結構、重要なのね」
舞もさすがに感心した。
「そうですね。古事記や日本書紀などの古文書は公式見解、勝者である権力者が作り上げたものですし、神社などの地元の伝承を繋ぎあわせていけば、真実の歴史が見えてくると思います。地元に住んでる人はそういう話を神社の縁起に書いたり、言い伝えとして残したりしますから」
何か歴史談義のようになってしまったわね。
何の話をしてたんだっけ?
「そうそう、飛騨君の会社の複垢調査業務って、やっぱり、ネットゲーム会社とかがメインなの?」
トンデモ歴史論の泥沼にはまりそうになっていた舞はやっと本題を思い出した。
「そうですね。確かにネットゲームでチートやアイテムなどを増やす不正はゲームバランスが崩れたり、ゲーム内のコインなどを増やされたりして、ゲーム会社の運営とって死活問題になりやすいですから、結構、仕事の依頼は多いですね。そこに複垢などの問題も絡むので需要は多いですね」
「うちの会社の関連のネットゲーム会社から、そういうチート対策などの運営管理の仕事の依頼があって、それも飛騨君の会社に頼めないかな?」
「大丈夫ですよ。そちらは会社のメイン業務なので他にスタッフもいますし、後日、そちらに伺わせますよ」
「よかった。助かるわ。うちの会社、ネットゲームや異世界転生のファンタジー小説がメインでしょう。ネットゲーム会社の広告が多くて、クライアントが飛騨君の噂を訊いて相談が来たりするのよ」
「なるほどね。どこもそういうことで困ってるようですね。会社の仕事が増えるのでありがたい話です」
「―――飛騨君、この前のレポート読んだわ」
舞は口ごもりながら、一番、気になってる話題を切り出した。
「年間ランキング一位と二位が複垢という件ですね」
飛騨はいつもながらビジネスライクに言った。
「書籍化も決まってるし、出版社の方から削除しないでくれという要請もあるのよ。神沢社長に聞いてみたんだけど、私に判断を任せると言われちゃったわ」
「僕はただ、仕事をするだけです。それをどう判断するかは運営である舞さんにお任せします」
飛騨は真剣でありながら温かみのある言い方をした。
「まったく冷たいわね。みんな。まあ、それももっともな話なんだけどね」
舞は珍しく、弱音を吐いた。
「オトナの事情に配慮して、書籍発売後に『作家でたまごごはん』を卒業するという形にしたらどうですか? 出版社の著者サイトに読者を誘導してからですが。それと『作家でたまごごはん』のランキングをアマチュアの『たまごランキング』と、書籍化作家の『ごはんランキング』に分けるというのはどうですか?」
「なるほど、それはいい考えかもしれないわ。飛騨君、ありがとう」
舞はにっこりと笑った。
「今後のITコンサルタント料金に上乗せさせて頂きます」
「まったく、抜け目がないわね」
「では、また、二ヶ月後に。夏のBAN祭りで」
「そういえば、飛騨君、明日から休暇で田舎に帰省するとか言ってたわね。故郷はどこなの?」
「飛騨です」
「そのままじゃん!」
とはいえ、一か月の予定だった飛騨の休暇は二週間で終わりを告げることになる。
嵐の前の静けさの中、ふたりは夜更けまで飲んだ。
それが幸せな日々だったことを知るのはもう少し後の話である。
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