第4話 真実
僕は覚悟を決めた。知っている限りの事を刑事に言うことを。それはあまりにも残酷な内容となるだろう。だけど、いつまでも隠して良いはずが無かった。それにいつかは他の4人だって言うだろう。ならば、僕が最初に言うべきかも知れないと思ったからだ。
朝が来て、僕は母親に刑事を呼んで欲しいと頼む。母親は心配そうだったが、僕の願いならばと呼んで来てくれた。
渡瀬はすぐに駆け付けてくれた。そして、僕は昨日の続きを話した。
苛酷な毎日の中で、同級生達は次々と死んでいった。そして、数週間前。教官は訓練の総仕上げとして、僕達にサバイバルゲームを提案したことまでを話す。
「サバイバルゲーム?」
「はい、彼は確かに笑いながらそう言いました」
「それで・・・それはどんな事をやらされたのかね?」
教官が言ったサバイバルゲームは簡単だった。1対1で殺し合うのだ。素手で相手を殺す。生き残った者だけが生存が許される。これまで数年に渡って、毎日、人を殺す訓練を受けた。それは素手から銃に至るまで、相手を殺すための全ての技術が叩き込まれた。生き残った奴は確かにプロの殺し屋と呼べる程度にまでなっているだろう。その10人が殺し合いをするのだ。誰もが緊張した。皆、昨日まで絶対に生き残ろうと硬く団結していた。仲間意識が無くてはここまで耐えられなかったかもしれない。それを破壊しろと教官は言っているのだ。
誰も拒否など出来ない。すれば、即座に殺される。いや、酷い暴行を受けるだろう。数年の間に彼等の体には嫌と言うほどその痛みや恐怖が染み込んでいる。
僕達は10人が生き残った。いや、生き残ってしまったと言うべきか。何度も死ねたら楽になるだろうと思った。同級生の中には自殺をした者も居る。自殺するぐらい勇気があれば、僕もきっと自殺しただろう。だけど、僕は卑しくも生き残ってしまった。
教官から皆にナイフが渡される。これまでは刃が削り取られた物だったが、これは本物だ。
「よし・・・これから、お前等に日本に帰るチャンスをやろう」
日本という言葉に誰もが渇望する喜びを感じた。
「ここで・・・一人を殺せ。それで日本に返してやる」
誰もが戦慄する。目の前に立っている仲間を殺せと教官は言っている。これだけの苦難を乗り越える為に互いに励まし合った仲だ。誰もが肉親以上の親近感を感じている。だが、誰もそれに異論は唱えることは出来ない。言っても無駄だからだ。やれと言われればやるしか無い。それよりも日本に帰ることが目の前に迫っている。喉から何かがこみ上げる。それは絶望か、希望か。どっちにしても地獄だと思った。
ナイフは銃の先に装着される銃剣と呼ばれる物だ。ただ、人間を殺すだけの刃物。ナイフによる格闘は何度も叩き込まれた。体はすでに人を殺すことを覚えている。全員の目が肉食動物のように餓えた。もう、停まらない。殺し合うだけだ。
僕は目の前に立っている男子を見た。彼も僕を狙っている。彼の名前は日向君。彼は元々イジメっ子だ。体格が大きく、家が金持ちらしい。だから、子分を何人も従えて、気に入らない奴などをイジメて楽しんでいたような奴だ。今日に至るまでもそれは変わらない。個人的には殺しても構わないと思っていた。
「ちっ、前田ぁ・・・てめぇ、死んでくれよ。お前の分まで生きてやるからよぉ」
彼はナイフの切っ先をこちらに向けた。勝てるだろうか。体格では彼の方が10センチも背が高い。まるで巨人のようだ。だが、諦めるわけにはいかない。僕は冷静に彼を見据える。彼は不敵に笑っていた。自信があるんだ。人を殺す自信が。僕はやってやる。そう思った時、彼の背後に一人の女子生徒が迫り、そのまま彼に体当たりした。
「あああぁぁあああ?」
日向はその場に倒れ込む。そこに女子生徒が渾身の力でナイフを突き立てた。ナイフは心臓を貫いた。まるで血が噴水のように飛び散り、少女を真っ赤に染めた。
「い、村田さん?」
僕は驚いた。村田さんと呼んだ少女は真っ赤になりながら、立ち上がる。そして、鬼のような形相を解いて、笑った。
「こいつ・・・佐緒里も悦子も脱落させたんだ。いつか、殺してやろうと思っていたんだ」
そう言って、彼女は静かに教官の所へと行く。他でも次々とノルマを達成した奴等が現れた。そして残されたのは僕と鈴森君という男子だ。彼はスポーツ万能な男子だった。今も、逃げ回った結果、残ってしまった感じだ。彼は覚悟を決めたのか、今にも襲い掛かろうとばかりに構えた。
「鈴森君」
僕は彼の名前を呼んだ。だが、彼は何も答えない。僕も覚悟を決めた。運動神経なら彼の方が上だろう。だが、諦めて死ねるほど、僕は強い人間じゃなかった。死にたくない。帰りたい。その一心でナイフを構える。刃は上に向ける。一撃で相手の急所を貫くんだ。それしかなかった。
教官は笑っていた。目の端に捉えたそれだけが気に食わなかった。鈴森は長い手足を有効に使うために距離を取りながらナイフを振るって来た。切っ先が今にも肌に触れそうだ。僕は必死にそれをかわしながら、一歩、また一歩と後退する。だが、すぐに壁に阻まれる。鈴森は勝ったという感じに顔に余裕の笑みを浮かべた。僕はその瞬間、彼の懐に飛び込んだ。彼のナイフが上から振り下ろされる。だが、怯えない。怯えて足を止めたら、その切っ先は確実に僕の急所を切るだろう。思いっ切りの飛び込みは彼の振り下ろした右腕を背中で弾き飛ばし、僕は彼の体に体当たりを食らわせた。手にしたナイフは彼の鳩尾へと深々と突き刺さる。二人は転がるように倒れた。僕は慌てて、起き上がる。そこで見たのは腹から大量の血を流して、嗚咽を上げる鈴森の姿があった。彼は何度も「ママぁ、ママぁ」と呻き、数分後に黙った。僕は教官の前に立つ。
「お前が最後だ。よくやった。良い飛び込みだったぞ。あそこで飛び込まなかったら、切り刻まれて終わりだったな」
珍しく教官に褒められた。だが、それが嬉しいとは微塵も思えなかったが。
生き残った5人は兵士達に目隠しをされた。そして、何処かへと連れて行かれる。それは多分、施設外へと連れ出され、車の荷台に放り込まれた。何時間か、車に揺られ、到着した所で目隠しを外して貰えた。
「海?」
誰かがそう言った。確かにそこは海だった。漁村のような場所に僕らは立っている。
「お前等、そこの船に乗れ」
僕たちはオンボロの木造船に乗った。
「途中までは連れて行ってやる。日本海に出たら、漂流させるから、上手く、救出されろよ」
教官は笑いながらそう言った。僕等を乗せた船は何かに引っ張られるように進み始めた。日本に帰れることが現実味を増した時、僕等は本当に笑顔になった。港を出発して数日間、僕達は水も食料も無い状況で耐えるしか無かった。意識はどんどん朦朧になる。最後は誰一人、声を上げる者は居なかった。死ぬかもしれない。そう意識が失われる瀬戸際で思いながら、僕は目を閉じた。
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