第9話 停滞
僕は恐怖した。奴等は本気だ。いや・・・それは解っていた。
奴等は普通じゃ無い。
平然と人を殺すだけじゃ済まさない。死ぬ一瞬まで地獄を味わせて殺す。そして、死んでからも奴等は世界中にそれを垂れ流す。その映像を見た両親に絶望を与える為に。そして、絶望という地獄を家族に与え、なおかつ、殺す。それが奴等のやり方だ。それがはっきりとされた。
やらなければ、次は自分の番だ。なんて卑劣な奴等だとか、罵る事は自由だ。だが、そんな言葉は奴等に届くわけでもない。もう、逃げ場など無い。やり切るしか無いんだ。奴等から逃げるためにはやり切るしか無い。
僕は引き出しから拳銃を取り出した。ゆっくりと、それをコメカミに当てる。このまま自殺したらどうなる?そして遺書に何故、このようになったかを記しておけば、家族は警察に守って貰えるんじゃないか?それは唯一の望みじゃないかとさえ思った。拳銃を机の上に置いて、僕はノートに丁寧にこれまで事情を記した。これさえ、読んで貰えれば、家族に危険が迫っているのがわかるはずだ。
再び、コメカミに銃口を当てる。ヒヤリと冷たい感触がする。撃鉄を起こした。すでに薬室には初弾が装填された状態だったから、いつでも撃てる。
死ぬ。
多くの同級生が目の前で死んだ。その光景が走馬灯のように駆け回る。ガクガクと手が震える。何故だろう。あれだけ死を目の前にしてきたのに、自分の命が失われると思うと、途端に死が怖くなった。あの地獄に居た頃は、早く死んで楽になりたいとも思ったのに。
息が詰まる。緊張で息が出来ない。僕は息を吐き捨てた。途端に腕の力が抜けてダラリと下りた。
自分を撃てない。
命を失うという事実は、これほどまでに怖い事なのか。僕は命に対して、少し、いい加減だったのかも知れない。あまりの怖さに額には汗が溢れた。
拳銃を引き出しに戻し、僕は考えるのを止めた。どうするか。それはギリギリまで考えることを止める。幾ら考えても、無駄だ。ノートも見つからぬように引き出しの奥に入れた。下手に見付かって、家族が勝手に動き出せば、それこそ、家族の命が危ない。僕はこれからどうすべきか。その全てに対して、僕は停滞した。
翌日、自宅に刑事がやってきた。彼等は大下加奈子の事件で捜査をしているそうだ。僕の所に来た理由も念のため、一緒に拉致されて、戻って来た人にも事情を聴くという事だった。
刑事達は僕を犯人とは思っていないと言っていた。その為か、終始、笑顔で話を聞いてくれた。僕は彼等に当日の行動などを細かく説明する。彼等はそれを手帳に記していた。だが、僕は正直に言って、そんな事を言いたいわけじゃないし、はっきり言えば犯人だって解っている。僕は心の底から、彼等に助けを求めたい。そう渇望した。だが、ここで助けを求めたとして、奴等が聞いていたら、外に出ている父親や、姉はどうなる?奴等がどのような態勢を取っているかはわからない。危険だ。目の前に助けて貰える人達が居るのに、何も出来ないもどかしさ。
小一時間程度で、彼等は帰って行った。僕はその後ろ姿を妬ましくさえ思った。このままでは、僕や家族も大下と同じようになる。せめて、家族だけは・・・自殺という選択肢がやはり、頭をチラつく。
僕は自室で、殺害される恐怖と自殺する恐怖に怯えていた。するとチャイムが鳴る。普通なら、母親が出るのだが、そう言えば、今さっき、買い物に出かけた気がする。僕は仕方が無しにインターフォンに向かった。だが、インターフォンには誰も居ない。僕はおかしいなと思って、玄関の扉を開くと、そこには一通の封筒が落ちていた。そこには新聞などからの切り出し文字で、僕宛となっていた。
嫌な感じがした。
僕は部屋に戻って、封筒の封を切る。中には手紙が入っていた。ワープロ文字が並ぶその手紙を読む。
―親愛なる前田祐樹様。先程の刑事達との会話はとても興味深く、聞かせていただきました。同級生だった大下加奈子様の死は我々も悼むところでありますが、あなた様が、不要な波風を立てずに居られる事は、至極、我々も高く評価している事をご理解くださいませ。―
短い文章だったが、奴等は僕の行動が全て解っているって事を敢えて知らせてきたのだ。嫌な奴等だ。どこに盗聴器がある?いや、見付けてどうする?下手に盗聴器を壊せば、奴等は不審に思う。ダメだ。そんな事は出来ない。
奴等は僕を完全に監視している。何をどうしても、奴等に感づかれる。僕は再び考えるのを止めた。これ以上、考えても何もいい事は浮かばない。僕はじっと、沈黙する事に決めたのだ。ひょっとすれば、知らない内に問題は解決しているかもしれないわけだし。
ただ、日にちだけが過ぎて行く。僕は解っている。どれだけ沈黙をしていても、何も変わらない事など。問題は先延ばしにしても、必ず、〆切が来てしまう。あと1週間だ。徳山からは何も連絡は無い。言わなくても解っているだろう?という事だろうか。だけど、僕は沈黙を貫くつもりだ。何もやらない。それが僕の答えでもある。
大下加奈子の事件は進展せず、家が火事になったのは放火が原因だと判明したぐらいだ。きっと、徳山達だろう。僕はそう思ったが、それを口に出す事は禁句だ。何を切っ掛けに奴等は僕の処分を決めるかわからない。一切に関わらない。それが一番無難な事なのだ。
僕が沈黙したまま、行幸の二日前になった。あれから何も起きない。家族もいつも通りだし、僕の前に徳山が現れることも無かった。だが、明後日にはあの恐ろしい事を決行しなければならない。
永遠に今日が終わらなければ良いと思った。夕食を終えて、僕はただ、ベッドで天井だけを見た。このまま、死んだら・・・。再び、自殺への渇望が蘇る。だが、仮に自殺したとして、奴等が許すとは思えない。死に損はダメだ。
翌朝、いつも通りの朝がやってきて、家族はいつも通り、会社や学校に向かう。そして僕もだ。なにも変わらない。ただし、僕だけは明日の事で頭がいっぱいだった。成功すれば、家族は助かるのか?それが本当なのかどうか。だが、信じるしか無い。
いつも通りの通学路。この光景も今日が最後かと思うと、涙が出そうだった。僕は明日には死か人殺しのどちかを選択する事になる。二度と、この街に戻って来る事は無いだろう。懐かしい光景もこれで見納めだ。
気持ちはまだ、止まったままだ。明日、どうするか。それさえ、何も決めていない。出来れば、直前まで、何も決めたくはない。学校での授業も上の空だ。時折、気の抜けた僕を先生が叱る。それでも、僕の気持ちは授業へと向かない。
明日・・・明日・・・明日・・・
明日と言う言葉さえ、嫌になる。なぜ、自分が・・・こんな目に遭わないといけないのか。あの拉致された日から思い続ける心の杭がさらに深く・・・突き刺さる感じがする。もう、嫌だ。この苦しみから解放して欲しい。
そう思いつつも、僕はこの苦しみをただ、受けるだけで、考える事を止めていた。
もう、何をしても同じなのだ。
僕はフラフラになりながら、家に帰った。珍しく、家に母の姿は無かった。買い物にでも行っているのだろう。僕は疲れたように部屋に行く。階段を登り、扉を開いた。
「やぁ、久しぶり」
そこには徳山が立っていた。僕は驚いて、廊下に尻餅を着く。
「ははは。そんなに驚いたか?ドッキリ大成功だな」
徳山は大笑いをしている。
「な、なんで、僕の家に?」
「なんで?君の家の鍵なんて、最初から持っているに決まっているじゃないか?」
徳山はまるで当然の事のように言った。
「ふ、ふざけるな!」
「ははは。怒るなよ。俺らの力は解っているだろ?俺らの同志は多く、日本に入り込んでいる。まるで日本人のように振る舞っている。そして、こうして、虎視眈々と日本を自由に操る時を待っているんだ。わかるかい?」
「ど・・・どういう事だ?」
「ははは。なに、それはお前には関係ないことだった。それよりも明日の準備は出来たか?それを確認しに来たんだ」
「そ、それを聞いてどうするつもりだ?」
「いや・・・。まさか、やらないとか、警察にチクるとか、考えていないよね?君の行動はしっかりと監視しているし・・・大下みたいに家族ごと、殺すのも構わないんだよねぇ」
「もし・・・全員が拒否したらどうするつもりだ?」
僕は唯一の可能性を口にする。
「ははは。なるほど。全員が拒否したらか・・・君は拒否するつもりか?」
徳山の鋭い眼光が僕の心を見透かそうとしているようだ。
「ぼ、僕は・・・」
僕は口籠る。
「まぁ・・・悩むのは仕方がない。だけど、悩んでいられないと思うけどね?」
徳山は懐からスマホを取り出す。そして、どこかにダイヤルをした。
「これを見ても、悩むかい?」
彼はスマホの画面を僕に見せた。
「な・・・」
僕はその画面に表情を凍らせた。
「ははは。驚いたか?また、ドッキリ成功だな」
彼が見せたスマホには僕の両親と姉が映っていた。全員が手足を縛られ、口も猿轡をされていた。
「まぁ・・・君達が悩んでいるだろうと思ってね。我々も少し、決断がし易いようにしてあげたわけだ。どうだ?上手くいかないと自動的に彼等には死を与える。それも酷い殺し方だ。虐殺だよ。わかるか?女は散々犯して、ネット上に死ぬまでを流してやる。どうだ?お前の姉なんて、世界中から楽しまれるぞ?ははは」
徳山は大笑いをした。その笑い声が僕の怒りを誘った。
「てめぇ!」
僕は殴り掛かるが、徳山は軽々と僕の腹を蹴り上げた。
「おいおい、俺に飛び掛るなよ。こう見えても、俺は強いぜ?」
腹を蹴り上げられ、僕はガハッガハッと息を吐き出しながら、廊下で蹲る。
「まぁ・・・お前もしっかり、考えて行動しな。これは俺らからのプレゼントだ。行幸で陛下に一番近付ける日程を書いておいた。三日間の日程で、無関係な奴でも近付けるチャンスは1回ぐらいしか無い。しっかりやれよ」
徳山は苦しむ俺の上にメモ用紙を置いて、去って行った。僕は・・・誰も居ない家でただ、泣いた。泣くしかなかった。警察に連絡をすれば、すぐに家族は殺されるだろう。それが解っているからだ。
もう・・・やるしか無い。
僕は引き出しから、拳銃を取り出した。冷たいその鉄の地肌は、気持ち悪いぐらいに滑らかに感じた。
怖い
何が怖いというか。これから、地獄しか待っていない明日と言う日が怖い。
明日、この拳銃が火を噴いた時、日本の象徴が失われる。僕の手は再び、血に染まる。どれだけ洗っても落ちない。僕の罪の証だ。そこにまた、一つ、罪が染み込むだけだ。あぁ、また、人を殺して、生き残るんだ。
もう、何もかもがどうでも良くなった。
一瞬、無気力になった。
笑った。
今なら死ねる。
そう思ったから。
拳銃を喉に押し付ける。
死ねる。
頭は真っ白だ。もう・・・何も考えられない。
人差し指を引金に置く。親指で撃鉄を起こした。
あぁ・・・こんな、世界・・・もう、嫌だ。
僕は天井を見つめる。窓から月光が青く、僕を照らす。
指に力が入る。僕は力の限り、目を強く瞑った。もう、こんな嫌な世界を二度と見ないようにするために。
カチン
撃鉄が落ちる音だけが響いた。
僕はダラリと両腕を下げた。拳銃の弾は発射されなかった。それは当然だろう。スライドを引いて、薬室に弾丸を装填する事をしていない。
僕は涙を流した。今なら死ねる。そのはずだったのに・・・。大きなミスをした。もう、自分を殺す事は出来ない。
残るのは・・・天皇陛下の殺害。
それしか残っていない。
本当にやれるのか?そんな疑問が過る。
失敗すれば・・・家族が殺される。せっかく取り戻したはずの家族が。
元凶は解っているのに、何もすることは出来ない。ただ、厄災を広げるしか出来ない自分が、酷く、厄介者に思えてならない。
生きて帰って来なければ良かった。
あの地獄で死ねていたら、こんな苦しみも無かったはずなのに。
僕は絶望の中、一夜を過ごした。
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