第8話 生贄

 徳山は現れない。

 だけど、僕の心には恐怖しか無かった。

 家族がいつ殺されるかもしれない。

 だけど、人を殺すなんて・・・嫌だ。

 嫌だ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・。

 僕の手にはまだ、同級生達を殺した時の感触が残っている。

 どれだけ忘れようとしても、拭い去る事が出来ない記憶。

 僕は・・・自首しようと思った。そして、警察に助けを求めるんだ。だが、それにはタイミングが必要だ。家族全員が警護されるようにしないといけない。この家の何処に盗聴器が仕掛けられているかわからない。下手に口には出来ない。とにかく、チャンスを待つんだ。

 僕はじっと、耐える事にした。

 天皇陛下の富山行幸は10月24日からの三日間。あと1ヵ月も無い。

 僕は迫る日付に焦る。どのタイミングで皆に全て明かすべきか。今、この瞬間も奴等はここを見張っているかも知れない。

 いつも通り、朝食を食べて、僕は学校へと向かった。警察官の姿を見れば、つい、助けを求めたくなるが、それは家族が殺されるかもしれない恐怖で言葉をゴクリと飲み込むしか無い。

 日数だけが過ぎて行く。そんなある日の夕方、学校帰りの僕の前に一人の男が待っていた。徳山だ。目を合わせないようにする。

 「よう・・・覚悟は出来ているか?」

 だが、彼はそんなのを無視して、声を掛けて来た。周囲に人気は無い。それを知ってなのか、彼はあまりに大っぴらに声を掛ける。

 「な、何のことですか?」

 僕は緊張して、天皇殺害のことを隠そうとした。

 「決まっているだろ?殺しの件だよ。お前がやってくれないなら、他の奴等がやるだけだ。その為の5人だからな。そして、その5人の中で実行した奴だけが無事。出来なければ、終わりだ。お前等が解放される時にもやっただろう?サバイバルゲームだよ。今度は家族の命も賭けるんだけどな」

 徳山は不敵な笑みを浮かべる。僕はそれがどうにも堪忍が出来ない。

 「お前等は、本当に僕や家族を殺すのか?」

 「あぁ・・・君らが俺達の望みを叶えてくれないならね」

 「天皇を殺したら・・・最後にしてくれるか?」

 「あぁ、どうせ、俺達も日本には居られないからねぇ」

 徳山を睨み付けた。彼はおどけたように笑っている。

 「わかった。やるから。家族には手を出さないでくれ」

 僕は諦めたように了承した。

 「ははは。良い返事だよ。じゃあな」

 徳山は満足したように去って行く。それがあまりにも悔しかった。だが、僕は諦めたわけじゃない。まだ、助けを求めるチャンスはあるはずだ。ギリギリまで、待とうと思った。

 行幸まで2週間と迫った日。

 朝のニュースをなんとなく見ていた。すると、殺人事件のニュースが流れた。

 「富山県富山市・・・大下加奈子さんが全身を切り付けられたような姿で殺害されているのが発見されました」

 大下加奈子。それは僕の同級生だった女の子だ。とても活発な子で、何とな最後まで生き残った子だった。そんな子が殺されるなんて・・・。

 僕はすぐに理解した。それが奴等の仕業だと。

 大下さんは何らかの方法で彼等に反抗したんだ。そして、殺された。だけど・・・殺されたのは彼女だけなのか?家族は無事なのか?それはある意味で、僕にとって、希望でもあった。最悪でも自分が殺されるだけで、家族が守れるなら・・・。僕は一度は死んだ身だ。家族の為に死ねるなら、それでも良いと思った。

 二日前。

 大下加奈子は新井と呼ばれる男に、天皇陛下の殺害を求められていた。そんな事が出来るはずが無い。だが、男から手渡されたのはVz61スコーピオン短機関銃だ。これを使えば、一瞬で、弾丸をバラ撒き、天皇、皇后を殺害する事が出来る。そう言われた。だが、そんな恐ろしい事が出来るはずが無い。

 加奈子は恐怖を感じつつ、誰にも言えないまま、時間だけが過ぎていた。このままでは家族に奴等の手が伸びる。それだけ阻止しないといけない。加奈子は意を決して、家を出た。多分、奴等は自宅を見張っているに違いない。電話も盗聴されているはずだ。そして、こうやって、家を飛び出た自分を追跡している。警察に何かを伝えようとすれば、確実に口を塞がれる。それどころか、家族さえも危険になる。幸いにもこの時間なら両親は職場に居る。そこなら、狙われる可能性は低い。その間に警察に全てを告げて、保護して貰おう。それが一番なんだ。

 加奈子は一番近くの交番へと走った。通る道も出来る限り、人が居そうな場所だ。相手がどんな輩であれ、一般人を巻き添えにはしないはずだ。そう信じて、加奈子は平静を装いながら、短機関銃を入れた鞄を持って、急いだ。

 あと少しで交番だ。そう思った時、視界に新井が現れた。

 「ほぉ・・・そんなに急いで・・・どこへ?」

 「か、買い物です」

 「何を?」

 「い、良いじゃないですか。あなた方には関係ないはずです!」

 加奈子は敢えて、大声を上げた。それで周囲の人が気付けば、彼は手出ししないはずだ。

 「ふーん・・・まさか・・・交番に駆け込もうなんて・・・考えた?」

 だが、新井はそれを気にする事なく、加奈子に迫る。加奈子は鞄に右手を突っ込んだ。ここで、新井を殺す。それしか無いと思ったからだ。

 首筋から激しい電撃が体中に走る。加奈子の身体は動かなくなった。

 「俺が一人だと思ったのか?」

 新井は笑っている。加奈子の後ろには一人の男が立っていた。彼は手にしたスタンガンをすぐにポケットに入れて、加奈子を抱き抱える。すると、真横にワゴン車が停車した。その後部座席に加奈子の身体を手荒く放り投げる。

 「さぁ・・・贄の用意が出来た」

 新井は笑いながら車は走り出す。

 意識を失った加奈子は自分の体が裸に剥かれているのに気付く。

 「よう、お目覚めか?」

 ストロボの光が目に飛び込む。眩しい中、慌てて、手足をバタつかせるが、縛られていた。

 「お前の裸はしっかりと記録してやった。すぐにネットに上げてやるからな」

 新井は笑いながら言う。

 「ひ、酷い!」

 加奈子は叫ぶ。

 「ははは。叫んでも無駄だ。今は黒部の山の方だからな。誰にも声は聞こえない」

 「私をどうするつもり?」

 「決まっているだろ?あれだけ、念を押したのに、警察に駆け込もうなんて思うから、君は処分させて貰う」

 その言葉に加奈子は絶望的になる。

 「お、親には・・・手を出さないで・・・」

 その言葉に新井は笑った。

 「バカか?俺は言ったはずだ。お前の家族も殺すって。お前を殺して、絶望的になっている所で、お前の両親も殺してやるよ。ははは。どんな顔をするかな?」

 「や、止めて!止めてよぉ!」

 加奈子は暴れた。その様子を彼等は撮影する。そんな事を続けると、ワゴン車は山奥の山道の途中で止まった。

 「ここです」

 運転手がそう告げると、新井はニヤリと笑った。

 「さぁ・・・これから、楽しい解体ショーの始まりだ」

 新井は鋸を手にした。

 「や・・・やぁ・・・・」

 加奈子の口に猿轡がされる。これは悲鳴を上げさせないためじゃない。舌を噛み切ってしまわないようにするためだ。

 「ううぅうう・・・ぐあああああ」

 加奈子は必死に呻き、抵抗をするも縛られた手足は外れない。そして、鋸の刃が太腿の付け根に当てられる。チクリと痛みが走る。刺さった刃先から血が溢れ出て、白い太腿を滑り落ちる。

 新井は笑いながら、鋸を前後させる。皮膚は裂け、荒々しく切り裂かれた皮膚の奥に肉が見える。それは激痛を伴った。加奈子は声にならぬ叫び声を上げる。血は多量に流れ出す。それでも新井は止めない。ザックザックと音を立て、太腿が切断された。途中で加奈子は失神をしていた。汚物を垂れ流し、悪臭がワゴン車内に籠る。

 「起こせ」

 新井は部下に言う。部下は失神した加奈子を強引に起こす。目が覚めた加奈子は激痛と共に新井が手にする自分の足を見た。

 「ぐぅおおっおおお!」

 泣き叫ぶ加奈子。それを見て、新井はゲラゲラと笑う。そして、左足の太腿に鋸の刃を当てた。最後の腕が切断される頃には加奈子は死んでいた。激痛の中で、彼女は切り刻まれながら死んだ。

 「ははは。最後に首を切って終わりにする。死体はその辺に転がしておけ。見付けて貰わないと困るからな」

 最後に首が切断され、加奈子の死体はバラバラのまま、ワゴン車の外に投げ捨てられた。

 加奈子が失踪して、夜の内にそれは全国ニュースとなった。静かになったものの、拉致さらた児童の一人が失踪しとなれば、マスコミの恰好の餌だった。

 両親は不安のまま、警察の捜査を待つしか無かった。だが、すぐに加奈子の死体は発見された。山道にバラバラの状態で放置されていた。一部は野犬か何かの噛み傷があり、そこに無い一部は持ち去られたのだろうと推測が出来た。

 加奈子の死体はすぐに警察によって回収され、検死に回される。口には何かしらの道具が咥えさせられたような痕跡がある。首筋にはスタンガンによるものとされる軽度の火傷。そして、身体を切断したと思われる刃物は鋭利とは程遠い、ただの鋸であることがわかった。しかも切断時には意識があり、しっかりと生活反応が残されていた。簡単に言えば、生きた状態で彼女は切り刻まれた事が検死で明らかにされた。あまりに惨い殺し方に警察は両親に見せるべきかを悩んだほどだ。だが、両親は意を決して、遺体と対面した。嗚咽を上げ、泣き崩れる両親。その場に居合わせた者は誰もが苦渋の表情をするしか無かった。

 だが、悲劇はこれと終わる事は無かった。加奈子のあられもない姿がネット上に拡散を始めたのだ。それは一切の処理を施されない加奈子の裸の画像だった。そして、加奈子が切り刻まれるシーンまでもが動画として拡散を始めていた。すぐに警察はネット管理者などに削除を求めたが、元が海外のサーバーだったりするので、一度流出した画像や動画はいつまでもネット上を騒がせる事になった。これを見た両親は完全に精神的に病んでしまった。まさに地獄の有様だった。

 この様子はすぐにワイドショーなどでも大きく取り上げられ、週刊誌なども食い付いた。ただし、それでも犯人が捕まることは無かった。一部では彼女が拉致されたとするあの国の関与に言及する意見もあったが、どれも確証には至らなかった。これは警察にも言えた事だった。

 この様子を報道から得ていた僕には、相手が誰か解っていた。家族もこんな映像が流されるなんて思っていなかっただろう。こんな事になるなら・・・。僕の中で引き出しの中に入れたアレの事が沸々と大きくなる。

 やらないと・・・家族が・・・。

 頭の中で・・・悪い事が・・・支配を始めた。

 僕は拳銃を引き出しから取り出す。電気も消した暗闇の中、鉄の地肌を曝け出すそれは鈍く、光っていた。

 「やる・・・やる・・・」

 僕は悪くなっていく。

 だが・・・一瞬、母親の明るい笑みが頭を過る。そうだ。こんな事をすれば、結局、母親を悲しませる。いや、国賊として、家族が日本全体から非難されるに違いない。そんな事は嫌だ。やれない。やってはいけない。僕はそっと引き出しに拳銃をしまった。 

 だが、どうする。奴等は本気だ。きっと大下加奈子は奴等に逆らったから殺されたんだ。両親への復讐はあの酷い映像を世界中に流した事だろうか。ある意味では殺すより惨いとも言える。許せない。だが、それよりも自分や家族が同じ目に遭わないようにしないといけない。どうする。彼等の指示に従うか。最悪、俺が警察に捕まるだけだが、もし、やり損なったらどうなるんだろうか?僕は刑務所に行くから安全だろうけど、家族は危険だった。やはり、やるべきじゃない。これはあまりに分の悪い話だ。何一つ、奴等に従う意味など無い。

 僕は、思考を停止して、眠る事にした。

 翌日、何気に見たニュースで、大下加奈子の両親の家が燃え上がり、二人の焼身遺体が見つかったという報道がされていた。僕はそれをただ、ボーと見ているしか無かった。

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