第7話 再来

 不快な気持ちを抱いたまま、自宅に帰った。母は笑顔で迎えてくれる。僕も笑顔を作って、自室へと戻る。

 あの男は一体、何者で、何が言いたかったのか?

 あまりにも謎が多過ぎて、正直、彼の話を聞いた自分がバカだと思った。

 次に会ったら、無視をする。

 僕は必死にそう念じた。

 だが、その気持ちはすぐに徒労へと終わる。翌日の帰りにも徳山は目の前に現れたのだ。

 「やぁ」

 彼は爽やかな笑顔で声をを掛ける。僕は無視をしようと思ったが、彼は強引に僕の腕を取った。その力は並じゃない。痛いと思ったが、彼の顔が真横に近付き、とても、逆らえない気迫のようなものを感じた。

 「今日はちょっと、付き合って貰えるかな?」

 「い、嫌です」

 断ると彼の握る力が強くなる。それは恐怖へと変わる。

 「ぼ、僕に何の用なんですか?」

 「ここでは・・・話せないな・・・12番」

 その番号に僕はギョッとした。そして徳山の目を見た。その目はやはり、あの地獄で見たような目だった。僕はガチガチと歯を鳴らす程に怯えた。

 「さぁ・・・行くぞ」

 彼にそう言われると、身体は自分の意思とは別に彼に連れられて歩き出す。彼は知っている。あの地獄に居た頃のボクを。

 彼に連れて来られたのは近くの潰れた工場だ。門は軽々と開かれる。どうやら、南京錠か何かがしてあったようだが、壊されているみたいだ。彼に連れられて、工場の中へと入る。中はオイルの臭いがしている。

 「あぁ、どうだ。こんな狭くて、暗くて、臭い空間は懐かしいだろう?」

 徳山は笑いながら、僕の後ろ襟を掴み、言う。僕は怯えて、何も言えない。

 「さぁ・・・ここからが本題だ」

 彼はそう言って、そこに置かれた工作機械に近付く。

 「ここは俺が借りたんだ。だから不法侵入じゃないよ?鍵は面倒だから、壊したけどね」

 僕はそんな事はどうでも良かった。

 「それで・・・これは解るかな?」

 徳山は何かを取り出した。それは自動拳銃だ。銃に詳しい人間ならそれがトカレフTT-33を模した物だと言う事はすぐに解るだろう。

 「拳銃なんて、言うけど、構造と設計をしっかりと頭に叩き込んでいれば、町工場程度の金属加工の工作機械でも十分に作れるって知っていたかい?」

 そんな知識など、中学生にあるはずも無い。僕はただ、黙っているだけだ。

 「問題は弾・・・特に火薬なんだよ。雷管と発射薬が無ければ、弾にはならないからねぇ。日本と言う国は拳銃弾も輸入が出来ないからねぇ」

 徳山は困ったように言う。

 「まぁ・・・それでも何とかしちゃうのが・・・世の中って奴だよねぇ。まぁ、実際は拳銃でも自動小銃でも、手に入れる方法は幾らでもあって、こんな風に自分で製造するのはあまり意味のある事じゃないんだ」

 カチャリ

 徳山は拳銃に弾倉を装着する。

 「なぁ・・・君は何で、解放されたと思っている?」

 徳山の問いに僕は困惑するしか無い。正直、何故、解放されたなんて、解らない。それは刑事からも質問されたが、答えなど何一つわからない。

 「解らないよねぇ。あれだけの事件を起こして、簡単に返して貰えたと思わない?」

 「な、何が・・・言いたいんですか?」

 僕は勇気を振り絞って、尋ねた。

 「ほぉ、黙ってばかりだと思ったけど・・・良いねぇ」

 徳山は笑っている。

 カシャリ

 拳銃のスライドが引かれた。いかにも鉄のままと言う感じのその銀色の拳銃を徳山はスラリと伸ばした右腕で僕を狙った。殺される。そう思った。

 「安心しろ。撃たないよ」

 徳山はそう笑った。

 「お前さんにはやって貰いたい仕事があるからな」

 「仕事?」

 「あぁ・・・それが、君達を解放した目的さ」

 徳山は拳銃を降ろして、そう告げた。

 「なぁ・・・。天皇陛下を殺してくれよ」

 何を言っているか。一瞬、理解が出来なかった。

 「はぁ?」

 「ははは。天皇陛下だよ。お前等が崇めてるんだろ?」

 「そ、そんなの無理だよ」

 「無理じゃないよ。富山行幸が今度、あるじゃない」

 徳山は軽い感じに言う。

 「天皇陛下を狙うなんて・・・無理だよ。警察だって、しっかり警備しているはずだし。それに僕が何で、そんな事をやらないと・・・」

 「なるほど・・・自分はもう、自由だとか、言いたいんだね?」

 徳山の顔から笑みが消えた。

 「今、この瞬間でも、君を殺せるんだ。だけど、それはしない。その代りに君の母親に死んで貰うか。それとも父親が良いか?もしくは姉か?姉は良いな。じっくりと弄んで、殺してやろうか?」

 「そ、そんな。け、警察に通報して、あんたを逮捕して貰う」

 僕は必死に叫ぶ。

 「やりたければ、やれよ。だけど・・・お前には解っているだろ?俺だけがこんな事をやっているわけじゃないって事を?」

 僕はゾッとした。彼の言う通りだ。彼等は組織だ。テレビなどの報道からすれば、彼等は国家だ。そんな大きな組織が、たった一人の人間を送り込んでいるわけがない。こいつ以外にも仲間が居る。そいつらが全員、僕の家族を狙っている。

 「僕に何がさせたいんだ?」

 「言っただろう。天皇を殺せって・・・」

 「そんなの・・・無理に決まっている」

 「無理じゃない。日本の天皇ってのは人々には甘いようで、目と鼻の先まで近付く事が出来る。そこで拳銃を抜いて、撃てば良い。お前の訓練された技術なら、確実にやれる。後はお前は捕まれば、良い。どうせ、未成年だ。この国だったら、天皇陛下を殺してもその辺は考慮されるんだろ?10年も入っていれば、出て来れる。それで終わりだ」

 「そ・・・そんな・・・無茶だ」

 「無茶でもやれ。これはお前の為に置いておいてやる。弾は5発だ。しっかりやれよ。それと、お前の事は常に見ているからな。おかしなマネをしたら、お前の家族は最悪の結果を迎えるからな」

 徳山はそう言って、その場から出て行く。僕は彼が工作機械の上に置いていった拳銃を手に取る。ズシリと重いそれは、確かに拳銃だった。それを隠すように鞄に入れて、僕は工場を後にした。

 家に帰ると、僕はすぐに部屋に行き、銃を机の引き出しに突っ込む。恐怖でガチガチと歯が鳴り、膝がガクガクと震える。恐怖だ。今にも殺されるかもしれないと思う恐怖。家族が殺されるかもしれない恐怖。恐怖がボクをがんじがらめにする。

 もう、何も考えたくない。あの時の恐怖が脳裏から蘇る。ようやく忘れ掛けていた悪夢が蘇って来るのだ。どうしたら良い。警察か?いや、監視されているって言っていた。下手に動けば、家族が危ない。どうしたら良いんだ。

 僕はとにかく、黙っている事にした。

 何事も無かったように振る舞う。それしか方法が無かった。机の中の拳銃はとにかく黙っているしか無い。

 僕が沈黙を貫いて、数日間、徳山が目の前に現れる事は無かった。

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